第37話 首を取れ
その日の昼前、武富士の城に突入していた五郎太たちが戻って来た。
傷だらけ血だらけの彼らは今、一旦退いて来た者たちと共に一時の休憩を取っている。簡素な砦の奥で、血を拭き取り
戦の常として怪我人もいれば、討ち死にした者も多い。それが当たり前とはいえ、やはり今朝まで話をしていた者がいないという現実は厳しいものだ。
「小四郎さん」
「何だ、バサラか。よく帰ったな、お帰り」
「それは、小四郎さんもでしょう? 傷だらけじゃないですか」
数え切れない程の武士たちがひしめく中、小四郎は矢傷を受けた左腕をさすっていた。そこへ、彼を探しに来たバサラが出会ったのである。
腕だけでなく、体中に傷があった。かさぶたにもなっていないそれらを見詰めるバサラに、小四郎は苦笑をにじませる。
「お前、
「オレは……」
言葉を詰まらせ、バサラは押し黙る。しかし小四郎が何も言わずに糒を噛んでいるのを見て、もう一度口を開いた。
「オレは、死ぬ覚悟はありません。ただ、生きて帰る覚悟はあります」
「同じことだ。死ぬ覚悟も、生きる覚悟も。どちらも、護りたいもののために戦う覚悟という意味ではな」
「小四郎さん……」
「しけた顔するな。小休止を終えたら、最後の仕上げだ。その勝利は、おれの手で掴み取ってやるさ」
「オレも、負けません」
「その意気だ」
こつん、と拳をあてる。それだけのことだが、二人にとっては充分なこと。互いの覚悟を認め合い、鼓舞し合う。何度かぶつかり、鍛錬を共にしてきた彼らには、兄弟子弟弟子という以上の結びつきが生まれていたのかもしれない。
「――皆、そのまま聞け」
それからしばらくして、座り込む武士たちの前に光明が現れた。彼の隣には信功がおり、
ざわざわと騒がしかった砦の中が静まり返り、全員の視線を光明が一身に集めた。彼はそれを圧力に感じることなく、いつも通り淡々と話す。
「敵は今、混乱のただ中にいる。子どもたちのお蔭で姫様は救い出された。最早、手加減は要らぬ。殿の夢を果たさんがため、皆一丸となって武富士を倒すのだ」
普段よりもわずかに熱を帯びた光明の声音に、武将たちは気色ばむ。遠慮がちな「おお」や「うむ」等という気合の唸り声が上がる中、光明は信功に場所を譲った。
信功は部下たちを見回し、咳払いを一つする。そして表情を改め、ここ一番の厳しい声で皆を鼓舞した。
「ここで、決着をつける。武富士玄定の首を取り、我らが
――おおっ!
男たちの野太い声が響き渡り、陣営内が一気に活気付く。
(凄い。おれは、この人たちのようになれるのか……?)
軍師を目指す。その言葉に嘘はない。しかし目の前で目標である光明の軍師としての顔を見た
「
「バサラ……」
信功の短い演説の後、武将たちはそれぞれ自宅に入る。斥候によれば、武富士軍は未だ態勢を立て直すことが出来ていないという。今が好機とばかりに、日の光が天頂へ至らない早い時刻、信功は進軍を再開しようとしている。
そんなわずかな時間に、バサラが
バサラは既に仕度を整え、足軽よりも少し重厚な装備を身に着けている。聞けば、和姫を助け出した功績によって武勲を立てたと褒められたらしい。
「よかったな、バサラ」
「ああ。これで、天下統一へと一歩近付いたわけだ。オレがこうだから、お前にも何かあるかもしれないぞ?」
「どうだろうな。おれは後援だから」
「ま、表立ったことがなくても、オレと和姫がお前の活躍を覚えてるから。忘れんなよ? お前とオレで、豊葦原を統一するんだからな」
「それで充分だよ、バサラ。勿論だよ」
苦笑する
「
「光明さんが掴んだ情報によると、武富士の軍師が姿を消したらしい。指揮系統が混乱しているから、普通の戦よりも戦況が読めない。油断せずに行ってくれ」
「わかった」
表情を改め、バサラは
親友の背を見送ると、
「お館様、光明さん。遅れました」
光明は
「
「どう、とは……」
「一挙に武富士の本陣を攻める。それは変わらない。しかしわずかとはいえ、武富士側に残り徹底抗戦の構えを見せる者たちも多い。奴らを倒し、もしくは躱して大将の首を取るために、お前ならばどう布陣させる?」
「おれ、なら……」
熟考し、
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