第24話 挙兵
信功が人生を賭けた目標を提示した頃、豊葦原の東側でも動きがあった。
誰の名付けか、当人たちをも覚えてはいない。しかし越智後の虎と称される杉神と並び、武佐志の武富士は竜と言わしめられている。
その片方、武富士を率いる
「ああっ、いつまで続けりゃあ良いんだこの戦は!」
「……お館様、声が少々大き過ぎます」
「五月蠅いぞ、
「自ら『お遊び』だと言う方を労おうとは思えませんが」
玄定の側近である鷹村は、ため息と共に酒を注ぐ。
ここは、玄定の私室。鎧兜を脱ぎ、軽くなった体の凝りを確かめる。玄定はゴキゴキと鳴る関節を伸ばし、胡坐をかいた。
彼の目の前には、鷹村が広げたこの戦で戦績をおさめた者たちの名が書き連ねられた紙が広げられている。それを何となく見ていた玄定は、再び杯をあおって喉を潤した。無類の酒好きの彼には、国内の至る所から旨いと評判の酒が持ち込まれる。今日のそれも、その一つだった。
「鷹村、杉神との戦で最も戦績を上げた者は誰だ?」
「最も敵将の首を刎ねた者、そういう意味ではこの者でしょう」
「ならば、その者は次の戦で大将の一人に任じようか」
鷹村が指し示した武将の名を確かめもせず、玄定はそう宣言した。
「承知致しました」
玄定の命はいつも適当でありながらも、適切である。鷹村は何も言わずにそれを承知し、下がろうとした。
しかし、普段はそれで終わるはずの会話が終わらない。玄定に呼び止められ、鷹村は珍しいこともあるものだと振り返った。
「何かありましたか?」
「何か、というわけではない。ただ、お前と話がしたいと思っただけだ」
「……なるほど? 次の戦についての話でございましょうか?」
「まあ、そうだな。手っ取り早く越智後との戦の結着を付けてしまえないものか、と考えたが埒が明かない。ならば、戦のための鉄を大量に得てしまえばすぐだと思い付いたのだ」
話題などない。そう前置きした玄定だが、充分に話すことはあったらしい。
鷹村は彼が幼い頃から傍で見て来た為、そのあたりの機微には聡いのだ。そしてこういう時、玄定は最も近しい存在である鷹村を呼ぶ。北の方でないのは、彼なりの気遣いかも知れない。
ちらり、と鷹村は地図を見た。地図とはいえ、武佐志とその周辺しか描かれてはいないが。
鷹村は地図には示されていない更に西の地を思い描き、口にする。
「豊葦原において、鉄を豊富に持つところと言えば――」
「烏和里、だな。しっかし、何でこんな小さな国を誰も我が物にしなかったんだ? オレは越智後との先祖代々の戦が忙しくて目を向けることなどなかったが、西には亜季がいるだろうが」
西国の亜季といえば、戦好きとして名高い。豊葦原の中央から割って西側に位置する国、その半分以上は亜季の国を統べる蒙利の影響下にある。先代からの戦好きと頭の回転の良さが起因しているのだろう。
そんな亜季が直ぐ傍にあるのに、と玄定は疑問を呈した。
「それは、私も不思議に思っておりました」
鷹村は主に同意し、そして声を潜める。
「なんでも、木織田には未来を視る姫君がいるとか。その姫君の力でもって、彼の地は戦に負けないのだという噂がありますね」
「木織田の娘か? そんな荒唐無稽な力など、夢物語に過ぎないだろう」
「まあ、力については根も葉もない噂かもしれません。ただ、姫君がいるのは本当ですよ」
「姫君、な」
ふむ、と玄定は何かを考える素振りを見せた。顎を撫で、瞑目することしばし。
ニヤリ、と玄定が歯を見せて笑った。
「鷹村、オレは良いことを思い付いたぞ。吉日を選び、出陣する支度を整えよ」
「承知致しました。……して、その良いこととは?」
「ふふ。鷹村、筆と紙をここに。文を書く」
「はっ」
鷹村から紙と筆、墨を受け取った玄定は筆を執る。癖があり力強い文字で、彼は木織田へある提案をするために文字を書いていた。
主の思い付きが何か気になり、鷹村は彼の手元を凝視する。そして、ようやく「なるほど」と首肯した。
「流石、玄定様でございます」
「まあな。……これで、木織田の選択は二つに絞られた。オレの提案を受けるか、突っぱねて戦うかだ」
花押を記し、筆を置く。
玄定の宛名は木織田の当主。その内容は、おそらく木織田を心底驚かせることだろう。しかしそれも、戦を始める前からの支度だ。
この世界には、日本の戦国時代にはない職業があった。飛脚に似たそれは、文を任せれば宛先へと届けてくれる。
墨が乾くのを待ち、鷹村に託した。
同じ頃、越智後では神経質そうな男が一人、以前受け取った文を読み返していた。
「……」
男の名は、
そんな兼平が凝視するのは、自国の南方に位置する小国・烏和里からの文。実は越智後と烏和里は同盟関係にあり、烏和里の鉄と越智後の米を同等に交易する間柄だ。
文には近況の報告と共に、木織田の一人娘に関する一文が添えられていた。
「……『娘が夢を渡り、男の子を二人呼び寄せた。』か」
眉間にしわを寄せ、兼平は天を仰ぐ。
武富士との伝統のような一戦は、しばらく起こらないだろう。こちらもそろそろ決着を付けなければならないが、それよりも先にすべきことが出来た。
(一度、弟子の様子を見に行くべきか)
文を畳んで仕舞い、兼平は庭に出るために立ち上がった。
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