第4章 武佐志との戦

武富士の提案

第23話 夢物語

 武士たけしとバサラが言い合うのを聞き、信功は驚きを隠せずに声を上げる。


「統一、だと!? お前たち、何夢物語を語って……」

「夢物語、ではありません。おれたちのいた世界では、過去にそれを成し遂げた者が何人もいます」

「だとしても、ここはそこでは――」

「そこではないです。だけど、いないのならば先駆者になれば良いんですよ、信功様」


 信功が言葉に詰まるのに被せるように、少年たちは言い募る。彼らの目が輝くのは、最も有名な戦国武将の一人と同じことを企んでいるからか。


「群雄割拠の豊葦原を統一するということは、全ての武将を配下に置くということに他なりません。お館様が一声『戦を止めろ』と言えば良い。――決して簡単な道ではありませんが、目指す価値は充分にあるとおれは思います」

武士たけし、お前はわしにそれだけの器があると思っているのか?」

「少なくともおれは、この烏和里においてお館様が多くの者たちの信を得ていると思っています。だからこそ、光明さんにもこの前言ったんです。『もしもお館様が、全ての国を一つにまとめるとおっしゃったらどうしますか?』と」

「……光明は、何と言った?」


 おそるおそる尋ねる信功に、武士たけしは小さく微笑んだ。

 全国統一をするという目標は今思い付いた。だから、あの問はほんの出来心に過ぎない。


「光明さんは、おれの言葉を聞いて軽く目を見張りましたが、それだけでした。『わたしは、お館様が何を目指そうとついて行くだけだ。そのためにやるべきことがあるのなら、陰で支えていく』って言っておられました」

「光明……」

「ちなみに、克一さんにも同じことを訊きましたよ。バサラが」

「ああ。克一さんも同じでした。『我は、お館様に命を預けた身。どんな荒波の中であろうと、進む方向は同じだ』って」

「克一まで……。お前たち二人、以前からそんなことを考えていたのか?」


 薄く潤んだ目を慌てて手で隠し、震えそうな喉を抑え付けて信功は問う。それに対し、武士たけしとバサラは首を横に振った。


「いいえ。本当に今先程、思い付いたことです」

「オレはこいつが言い出したから『そりゃあ良い』って飛びついただけです」

「だとしても、豊葦原で誰も成し遂げようとすら思ったことが無いぞ……」


 未だ困惑顔の父親の背を押したのは、意外にも娘となる。

 和姫は気を取り直して武士たけしたちの会話を聞いていたが、父の狼狽に苦笑をにじませた。


(これも、わたくしの視た夢の続きでしょうか……)


 いつか視た、二人の少年が自分の目の前に現れる夢。その夢の通りに、和姫は夢を渡って武士たけしとバサラという二人に出会った。

 二人をこちら側に引き寄せることが出来たのは、おそらく和姫だけの力ではない。彼女自身には世界を直接繋げるような力はなく、ただ夢を通じて渡るだけ。


(もしかしたら、言わば『神』のような存在が手を貸してくれたのかもしれません)


 少女が夢見たのは、戦のない世。予知したかのように視た、あの己の死ではない。

 三人に気付かれないように深呼吸し、和姫はほのかにんだ。


「父上、わたくしもその夢物語を本当にしたく存じます」

「和まで、何を」


 戸惑いを深くする父に、和姫は言葉を続ける。


「わたくしは、己が視た未来を、本当のことにしたくありません。だからこそ、お二人を呼び、辛い役目を押し付けました」

「和ひ……」

「それでもお二人は、ご自分のことのように引き受けて下さり、今に至ります。わたくしの我儘を受け入れ、この国のためにと心を砕いて下さいます」


 武士たけしは言った。人を殺したくないと。それでも今、彼は己の大切な者を守るために刃を握った。

 バサラは最初から和姫の願いを受け入れ、刃を取ることをいとわなかった。しかし今、彼は更に考える力を手にしようとしている。

 二人はどんどんと先へ行く。和姫もまた、彼らに負けられないと思わずにはいられない。


「わたくしは、彼らの歩む先を見てみたいのです。それは、父上も同じではありませんか?」

「……」

「共に歩む先、そこにある景色を見たいと思いはしませんか?」

「……そう、だ。誰も見たことが無い先、それを手にしたいと誰もが願う。それとは金かも知れん、力かも知れん、別のものかも知れない。だがわしは、お前たちに夢を見た」


 はっきりと言葉にして、信功は初めて自覚したらしい。苦笑し、肩を竦めてみせた。


「子どもだと思っていたが、存外、わしの方が子どもだったのかもしれぬな」

「父上……」


 娘たちの前で、信功は表情を一変させた。一つの覚悟を決め、それへ向かってひた走ることを心に刻んだ者だけが見せる表情だ。

 ぞくり、と武士たけしとバサラの体に震えが走る。それは悪寒などではなく、紛れもなく期待だ。


「わしは、豊葦原を手に入れる。夢物語と揶揄する声があろうと、お前たちと共にこの国を一つにまとめて見せよう。――ついて来い」

「「「はいっ」」」

「頼むぞ」


 満足げに微笑んだ信功は、既に普段の彼に戻っていた。


「わしはもう一度、光明たちと話し合って来る。お前たちも何かあれば、遠慮なく声をかけてくれ」

「はい、父上」


 信功の背を見送り、三人は誰からともなく息を吐いた。彼らの中で、最初に口を開いたのは和姫だ。


「驚きました。お二人の口からあんな夢を語られるなんて」

「それはオレも。武士たけしが織田信長みたいなこと言い出すなんてな」

「もともと、信長には憧れがあったから」


 たはは、と苦笑いした武士たけしがそっと目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、日本で何度も読んだ戦国時代を題材としたマンガや小説に出て来る織田信長の姿。

 織田信長はいつも自信に溢れ、天下統一へと邁進していた。彼はカリスマであり、武士たけしとは正反対の人だと思っている。

 しかし、彼の本当の姿はわからない。全ては後の時代の妄想であり、タイムマシンもない現代では想像するしかないのだ。信長は最期、本能寺で斃れた。


(だからこそ、信功様には――お館様には、和姫には生きていて欲しい。)


 武士たけしはそのために、彼女らの願いのために刃を振るう。


「――絶対、成し遂げよう」


 彼の言葉に、バサラと和姫が大きく頷いた。

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