第22話 新たな戦へ

 信功によって和姫の部屋に集められたのは、武士たけしとバサラ、和姫の三人。既に光明と克一には話してあると前置きし、信功は重い口を開いた。


「実は、先程東へ行かせていた者から知らせを受け取った。……武佐志の武富士が杉神との戦を止め、こちらへ兵を向かわせようと画策しているらしい」

「武富士って、光明さんに聞いた?」

「光明から聞いていたか、バサラ。その通り、武佐志の国を牛耳る男のことだ。越智後との戦に注力していれば良いものを、こちらに目を向けて来た」


 渋面でバサラに応じた信功は、懐から折り畳まれた書状を取り出して三人が見えるように床に広げた。それを覗き込み、武士たけしは流れるような文字を判読する。

 この世界に来てから、所謂崩し字を読めなければ書物すらも読むことが出来ないことを知った。その時から和姫や光明の手ほどきを受け、崩し字を読むための練習を欠かさず行なっている成果が出ている。


「……『武佐志と越智後が和睦し、越智後は自国内のまつりごとに戻った様子。反対に、武佐志は鉄を求めて我が国へと侵攻することを考えている。』ということは、いつこちらに武佐志の軍が攻めて来てもおかしくないということですか?」

「その通り。――亜季だけでなく、武佐志も相手取らなければならないとはな」


 ため息をついた信功は、それでも一つの国を統べる君主として表情を改める。


「武佐志と烏和里は、ある程度遠い。いつ向こうが兵を挙げるかは定かではないが、我らも迎え撃つ支度はしておくべきだろう。そこで、お前たち二人にも戦場へと行ってもらうことになる」

「はい」

「わかってますよ、信功様」

「頼もしくなったな」


 武士たけしとバサラが頷くと、信功は満足げに頷いた。二人の成長を近くで見てきた彼にとって、異世界から来たとはいえ、二人との関係は息子に近い感覚がある。

 そんな三人の話し合いを見つめ、和姫は少しだけ寂しそうな目で微笑んでいた。


「また改めて話すが、武士たけしには光明の補助を。バサラには小四郎の元で指示を仰いで欲しい」

「「はい」」


 小四郎は前回の戦にて相手の将一人の首をはね、一つ位を上げていた。いわば小隊長のようなものであるが、この世界では『小将しょうしょう』とも言う。彼の上には変わらず五郎太がつくが、小四郎の下にも複数の武士や足軽が所属していた。

 バサラは克一直属であると共に、戦においては小四郎直属だ。

 武士たけしもまた、光明のもとで学んできたことを示す格好の機会となる。

 少年たちの意気込みを含んだ返事に「頼むぞ」と応じると、信功はそれまで何も喋らなかった一人娘へと視線を転じた。


「父上、わたくしにも何か用があったのではないですか?」

「ああ、いや……。思いがけないことが起きたでな、お前の顔が見たくなった。何とも不甲斐ない父親だ」

「そんなことはありません。わたくしは、とても嬉しいです」


 父の言葉に微笑んだ和姫は、それにと少年たちに視線を移した。


「彼らがいます。きっと、大丈夫です」

「お前が言うと、本当に大丈夫な気がしてくるな。本当に……北によく似ている」

「母上、に?」


 動揺したのか、和姫の瞳が揺れる。それを見て、信功は「しまった」という顔をした。しか、口から出た言葉を取り返すことが出来るはずもない。

 諦めた信功は、肩を竦めて足を組み直した。


「そうだ。母に、お前はよく似ている。北は奥ゆかしく知識を持つ才女だったが、和以上に体が弱かったからな」

「ええ、そう聞いています」

「だが、わしをたしなめる時の目力はえげつなかった。圧というものは存在するのだ、と骨の髄で感じたわ」


 話を聞く限り、信功の北の方は存命ではない。そんな家族の話を聞いていて良いのか、と武士たけしとバサラは困惑しつつ顔を見合わせる。何処かのタイミングで席を立つべきだとわかってはいたが、二人して動けないでいた。

 その事態に先に気付いたのは和姫だ。


「あっ、ごめんなさい。身内の話を聞かせてしまっていましたね」

「お、おお。そういえばそうだったな。すまない、お前たちの前だということを失念していた」

「いえっ、気にしないで下さい」

「そうですよ。オレたちの方こそ、聞いてしまって良かったんですか? その、奥方の話を」


 バサラが言いにくそうに話すと、目を瞬かせた信功と和姫が顔を見合わせた。ふっと口元を緩めた信功は、二人の方に体を向ける。

 少し寂しげに目を伏せ、それから信功は気にするなと二人の肩を叩く。


「それに関しては、お前たちは気にしなくて良いぞ。何、北を亡くしたのは、もう十年以上前のことだ。あいつは和を残して先に逝ってしまった」

「わたくしがほんの赤子の頃のことです。ですからわたくしにとって、家族は父だけなのですよ」

「――だから、か」


 唐突に、武士たけしは理解した。何故最初に出会った時、和姫が自分と父と国のことしか言わなかったのか。彼女の母は、彼女が物心つく前にこの世を去っていたのだ。

 武士たけしが気付いたことに、和姫も気付いた。そっと唇が弧を描き、目を和ませる。


「そう、だから、です。でも、悲観してはいません。父は本当に良い父で、克一殿や光明殿、梅も皆本当に良くしてくれます。……勿体ない程、に」

「わしも助けられてばかりだ。だからこそ、願わずにはいられない。……どうにかして、戦のない世の中に出来ないものかと」


 うれう信功の言葉に、思わず武士たけしは声を上げた。立ち上がり、叫ぶ。


「――出来ます」

武士たけし? どうした?」


 驚き目を丸くするバサラを振り返り、武士たけしは息継ぎすらも惜しいという勢いでまくしたてる。


「おれたちがここにいるのは何のためだ? この国を、烏和里を滅ぼさないためだろう? なら、その方法はこの国から戦をなくせば良いってことだ。つまり――」

「成程な。オレたちで豊葦原を統一しちまおうっていうことか!」


 まるで、日本史上の織田信長のように。

 武士たけしとバサラが以心伝心する中、信功と和姫は目を丸くしていた。

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