第8話 武士の道

 バサラを見送り、武士たけしは「よし」と己に気合いを入れた。

 もしかしたら目覚めたらもとの世界か、と淡い期待を抱いて起きたが景色は変わっていなかった。そんなことはあり得ない、とわかってはいてもまだ期待してしまう。

 武士たけしは伸びをして、軽く息をついた。


(いい加減、おれも受け入れないと)


 バサラは難なく受け入れ、新たな目標を定めてしまった。その目標へ向かって走ろうとする彼に置いていかれたようで、焦りと寂しさはある。

 しかし、焦っても仕方がないのだ。武士たけしはバサラと別れて部屋に戻ると、小型の筆入れと和綴じの紙を手に取った。

 二つともこの部屋に置かれていたもので、光明みつあきのところに行こうと思う自分には必要だと感じている。それらを懐に入れ、武士たけしは部屋を出た。


(確か、光明さんはここによく居るって。……あ、いた)


 幾つかの廊下と渡殿を通り過ぎ、一度侍女に道を訪ねた。彼女は快く、武士たけしの行きたい方角を示してくれる。礼を言い、先を急いだ。

 武士たけしがやって来たのは、館の重要書類が集められた書庫。その管理を任されているという光明は、書庫を背にして何か書き物をしていた。

 目の前に目当ての人物がいる。しかしながら、武士たけしは光明に声をかけるか否か迷った。光明はどう見ても集中しており、声をかけられる雰囲気ではない。


「……何をしている?」

「えっ」


 思わず武士たけしが声を上げると、光明は顔を上げず筆を動かしながらも淡々と言葉を続けた。


「そこで棒立ちになられていても、邪魔なだけだ。用件があるのなら入って来なさい」

「……っ、はい」


 ギシッと床が音をたてる。武士たけしはおずおずと部屋に入ると、机に向かう光明の前に正座した。


「あのっ」

「……信功様から伺ってはいる。だが、きみ自身の言葉で用件を言いなさい」

「はい」

「……」


 あくまで静かな光明の物言いに、武士たけしの緊張感は増す。しかし覚悟を決め、光明に頭を下げた。


「おれに、刀以外で戦う術を教えて下さい」

「刀、以外でか」


 呟く光明の声に、武士たけしは圧を感じて逃げたくなった。しかしここで逃げても何も始まらない、と足を踏ん張り頭を下げ続ける。


「おれは、バサラのように動ける訳じゃありません。血を見るのも誰かを殺すのも、正直怖いです。だけど、そんなおれでも和姫はこの国を救う人物だと言って、呼んでくれた。彼女の思いに応えるためにも、おれなりに戦う術を身に付けたいんです」


 お願いします、と武士たけしは額が床につく程頭を下げた。

 他人に全てを頼るのは、寄りかかるのはあまり良いことではない。それをわかっているからこそ、武士たけしはヒントが欲しかった。甘えだと揶揄されようと、生きるために歩く道が欲しかったのだ。


「……」

「……」

「……武士たけし、と言ったな」

「はい」

わたしは、お前たち二人を信用した訳ではない。敵の間者かんじゃの可能性も捨て切ってはいないが、信功様を助けてくれたことには感謝している」


 だから、と光明は武士たけしに頭を上げさせてから言った。


「見定めさせてもらう。お前たち二人が、真に信じるに値する人物なのか。そして、姫様が判じた通りの人物なのか」

「――はい」

「……まずは、私の仕事を手伝え。戦い方には武器を持つ以外にもあるということを教えてやる」

「……え?」


 ぽかん、と武士たけしは口を開けた。光明は今、何と言ったか。

 いつまで経っても傍に来ない武士たけしが呆けているのを見て、光明は眉間にしわを寄せた。


「何をしている。やるんじゃないのか?」

「や、やります。やらせて下さい!」

「だったら来い。言っておくが、私は厳しいぞ」

「はいっ」


 光明の傍に行った武士たけしの手に、書籍の束がドンッと置かれた。思わずよろめいた武士たけしだが、どうにか踏ん張り転倒を免れる。

 恨めしげに光明を見れば、武士たけしの倍の量の書籍を涼しい顔で運んでいる。武士たけしは目を見張り、歯を食い縛って光明に続いた。


(これくらい、やってのける!)


 午後になり、昼餉ひるげを終えた武士たけしと光明は書庫とは別の場所に向かっていた。

 昼餉の間、ほとんど喋らず黙々と食す光明につられて黙っていた武士たけしは、これから自分たちが何処に行くのかを知らない。


「あの、光明さん」

「ついて来ればわかる。……私の仕事の一つだ」

「はい」


 無口な光明を追い、武士たけしは渡殿を行く。数人の家人や信功の家臣とすれ違い、彼らは光明を見ると一歩下がって頭を下げた。武士たけしは毎回彼らに頭を下げてから進むため、どうしても光明から遅れがちになる。

 それを知ってか、光明は少しだけ歩く速さを抑えてくれた。

 やがて着いたのは、信功の自室前。昨日の今日で流石に覚えていた武士たけしだが、光明が何のためにここへ来たのかはわからない。

 首を傾げる武士たけしを無視し、光明は襖越しに中へ声をかけた。


「信功様、光明です」

「ああ、入ってくれ」


 信功の許可を得て、光明は武士たけしを手招いた。一緒に来いということらしい。

 敷居をまたいで部屋に入った武士たけしは、信功が難しい顔をして書簡を眺めている場面に出会った。机の上には真っ白な紙と筆が置かれ、床には地図が広げられている。


「よく来たな、武士たけし

「あの、お館様。これは……?」

「新たな戦が近付いているんだ。それを知らせるふみが届いてな。光明に相談を持ち掛けていたんだ」

「私の仕事の一つに、我々の戦略を構築するというものもある。……どれだけ犠牲を払わず、勝利に持ち込めるのか。私たちの戦いはな、ここでするんだよ」


 ここ、と言いながら光明は自分の額を指す。つまり、頭脳戦ということだ。


「烏和里のような小国が鉄を狙う国と渡り合うためには、鍛え上げられた兵力と共に作戦が重要な意味を成す。わかるな、武士たけし

「……はい」


 現代日本の男子高校生である武士たけしには、光明の言う意味が良くわかる。授業で習って来た歴史、自分で調べた日本の辿って来た道筋。それら何処を見ても、何かしらの戦は起こり続けて現代に至る。

 時にはあっと驚くような作戦が功を奏し、またある時は裏を掻かれて失敗する。どんな戦いであれ、参謀が重責あることに間違いはない。

 武士たけしは二人の作戦会議を横で聞きながら、必死に考えていた。

 どうすれば、バサラたちを無事に烏和里へ帰すことが出来るかを。

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