第43話 水没
激しい水に打たれ続ける和姫を見守りながら、
「
「出来るかよ……。和姫があんなに頑張ってるのに、おれには何も出来ないのかって考えるしか出来ないのは、辛いんだ」
拳を握り締め、
それを聞いたバサラは、目を見開いて「意外」と呟いた。
「和姫と代わってやりたいとか、止めさせたいとか言うかと思った」
「勿論、思わないではないよ。体が弱いことは知ってるし、あんな無理はしないで欲しい。……だけど、和姫が決めたことだから。おれがとやかく言えるものじゃない」
「なんか、大人になったな、お前」
「そうかな?」
しみじみとバサラに言われ、
「そうだよ。人の心配ばっかして、自分を後回しにする癖は変わってないけど。今は相手を尊重して自分の心配を押し付けてないだろ?」
「……何か、お前も成長したよな。バサラがそんなかっこいいこと言うなんて思わなかった」
「だろ? これでも、修羅場を掻い潜って来たからな」
ニヤッと笑ったバサラは、自分より五センチ程背の低い
そして滝の音を聞きながら、
(おれの手にあるのは、物理的に戦うための力だけ。和姫がいるところとは、全然違う場所に居るんだ。……あの娘の助けになることは出来ない。見守ることしか)
それでも、と
「……し。
じっと考えに耽っていた
「
「――えっ」
「始まったようだな」
「始まった?」
兼平の言葉に疑問を投げかけるが、彼女は顎で「見ていろ」と暗に示すことしかしない。
滝に打たれ水飛沫の中に身を沈めていた和姫の姿が、淡い桃色に発光して見える。見間違いかと瞬きを繰り返した
「……? 見間違いじゃなけりゃ、和姫光ってないか?」
「おれにもそう見える。え、何で……?」
「ここは、神の座する滝だ。和姫の心に応え、神が舞い下りたんだよ」
「神、綺麗だな……」
バサラのふんわりとした感想に、
和姫の姿が滝の中にあってもはっきりと見え、水を弾いているようにも思える。彼女は徐々に水面に浮かび上がり、流れ落ちる水はその体を避けて行く。ゆっくりと和姫の体は上昇を続け、滝の始まりまで達しかける。ぼんやりと瞼の開いた瞳に感情の色はなく、虚空を見詰めていた。
そして、突如として光は消える。
「和姫――っ!?」
「
真っ逆さまに落下する和姫を助けようと、
バサラは水面すれすれまで駆け寄り、
「オレも」
「やめなさい。案ぜずとも良い。ここに焚火をしているから、大人しく待っていろ」
「何を根拠に……」
自らも水に入ろうとするバサラの肩を、兼平が引く。
自分の手を払い除けたバサラに対し、兼平は「見ろ」と言いたげに顎をしゃくった。素直にその指し示された方向を見たバサラは、目を見張ることにある。
バサラが見たのは、滝壺から和姫を抱き上げてきた
「……ば、さら」
「
バサラに背中を押され、
「兼平さん、姫をお願いします。このままでは、確実に風邪をこじらせてしまいます」
「わかった。着替えはあるから、頼まれよう。……きみは?」
「おれは……」
「とりあえず服脱げ馬鹿! お前も風邪ひいたら、和姫が悲しむぞ!」
「わ、わかってる」
「なら、頼むぞ。バサラ」
「はい」
兼平が和姫を抱き上げて何処かに連れて行く。それを見送ったバサラに
思わずくしゃみをした
「お前、何やって……うおっ」
「それ着てろ。オレは水に浸かってないから平気」
「助かる」
バサラの直垂を羽織り、
大きなため息をつき、バサラはちらりと武士を横目で見た。
「しっかし、びっくりしたな。和姫は浮くし落ちるし、お前まで飛び込むし」
「飛び込んだ時は、ほとんど何も考えてなかったよ。助けなきゃっていう一心だった。バサラには心配かけたけどな」
「そんなことだろうと思ったよ。ほら、ちゃんと火にあたれよ」
「あんまり近付いたら火傷するだろうが」
そんなこんなでじゃれ合っていると、二人の後ろから「お待たせしました」という聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、乾いた白の衣に袖を通した和姫が兼平と共に微笑んでいる。
「和姫、寒くはないのか?」
「滝に打たれている時、不思議と寒さを感じないのです。ですから、大丈夫ですよ」
「そっか、よかった」
「……わたくしよりも、
「――っ、いや。姫が無事ならそれで良い」
「……ありがとうございます」
ふいっと顔を反対側に逸らしてしまった
二人の様子を見守りながら、バサラは内心笑いたくて仕方がない。
そんな三人を後ろから見ていた兼平は、肩を竦めて微笑む。それから焚火を挟み、三人の前に腰を下ろした。
「落ち着いたことだし、和姫」
「はい」
「勾玉の中に何か見たか? あれば、それを教えてくれ。きっと、これからのお前たちに関わる何かだろうからな」
「……はい」
深く頷き、和姫は手の中の勾玉を握り締める。そして、滝の中で視たものを語り始めた。
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