第44話 勾玉が見せたもの

 和姫が見せられたのは、幾つもの光景。何者かと木織田の戦、その幾つもの場面である。

 断片的に立ち現れるそれら手を伸ばすが、どれも指の間をすり抜けた。

 これは現実ではないと知りながらも、和姫の心は乱れる。それを勾玉を握る指に力を籠めることで制しながら、ゆっくりと見たものをありのまま口にした。


「まず見えたのは、木織田本陣でした。父上と光明様がおられて、何かを話し合っている。そしてすぐに景色が変わり、武士たけしとバサラが……戦場で刀や弓矢を振るっている様子も見ました。次いで視界が真っ赤に染まり、気付いた時には兼平様が目の前におられました」

「目の前が真っ赤に……」

「本陣ってことは、戦をしてるんだな。相手は誰とかわかったのか?」

「いえ」


 バサラの問いに、和姫は首を横に振る。


「見えたのは……それだけです。皆さまが戦っている相手のことなどは、何も」

「そっか。相手はわかれば、そっち方面の見張りを強化するとか出来るんだろうけど。今は、東西どっちも警戒すべきってところか?」

「東西どっちも、ではないかな。東側に関しては、私たち越智後が睨みを利かせる。武佐志はしばらく落ち着かないだろうが、それに乗じて乗っ取っても良いわけだからね。それ以外の国となると、怪我をすることを承知で越智後には向かって来るような愚か者は少ないよ」

「……兼平さん、しれっと武佐志を手中に収めると明言しましたね」

「ふふ、そうだったかな?」


 束の間戦国武将としての顔を覗かせた兼平だが、すぐにそちらの表情を消した。くすくすと悪戯めいた笑みを浮かべる彼女は、全くしっぽを掴ませない。

 武士たけしは兼平からそれ以上話を引き出すことを諦め、和姫へと視線を移す。


(何だろう。違和感みたいなものを感じる? ……気のせい、かな)


 和姫は何かを言わずにいるのではないか、という勘が武士たけしの中に働いた。しかしそこに具体性はなく、和姫を問い詰めるわけにもいかない。

 武士たけしは「必要なら言うだろう」と結論付け、険しい顔をして俯いている和姫の手を取った。細く白い手は冷たい。

 ぎゅっと両手を包み込まれ、和姫はハッと顔を上げた。目の前には、心配そうに自分を見詰める武士たけしの顔がある。じわりと手が温かくなるのを感じながら、和姫の胸は大きく高鳴っていた。


「あの、武士たけし!?」

「辛いものを視たんだな、和姫。ここにそれはない。いるのは、この四人だけだ」

「……きゃっ」

「大丈夫。神様が見せてくれたってんなら、おれたちにどうにかしろって言ってるってことだろ? おれとバサラと、みんなで迎え撃てっていうことなんだろうな」

「あのっ、たけ……」

「必ず、姫の願いを叶える。死なせやしない。――絶対に」

「……武士たけし、姫さんキャパオーバーだぞー」

「キャパ?」


 バサラの棒読みの言葉を聞き、武士たけしは首を傾げた。そしてふと、なにかやわらかくて小さいものを抱き締めていることに気付く。嫌な予感がして、そっと、ゆっくりと時間をかけて下を見る。

 武士たけしの腕の中にいたのは、耳まで真っ赤に染めた和姫だった。

 和姫自身も恥ずかしさから顔を上げることが出来ず、ぷるぷると震えるしかない。


「――――っ!!?? あ、えと……ごめんっ!」

「いえ、あの……大丈夫、です」


 勢いに任せて和姫を解放した武士たけしだが、心臓の音が全く鳴り止まない。ドッドッドッという音が耳元でする気がして、思わず両耳を手で塞いだ。


「おれは……何をっ」

「うん。落ち着け、武士たけし。話が進まないから、そのことに関しては部屋に帰ってゆっくり話そうな。幾らでも聞いてやるから」

「あ、ああ」


 生暖かいバサラの視線は気になったが、確かに今この瞬間に己の混乱を話題にするべきではない。武士たけしは無理矢理思考をハプニングから離し、咳払いを一つした。

 まだ手に和姫に触れていた熱が残っていたが、それは考えないようにする。


「こほん。……失礼しました」

「いや、君たちは本当に面白いな。木織田殿も、こんな面白い子どもたちを隠し持っていたとはね。もっと早く会いに来ればよかったな」

「面白いで片付けられてしまう兼平さんも相当だと思いますがね」


 バサラの冷静な指摘を笑顔で躱し、兼平は「さて」と話を元に戻した。


「和姫が見たものは、確かに神の思し召し……進んだ先にある未来なのだろう。そしておそらく、視界を塞いだものは血だ」

「神様は、まだ未来は変わっていないとでも言うのでしょうか? 武富士を破り、ようやく落ち着いて来たって思っていたのに?」

「落ち着け。とはいえ、そう考えるのが妥当だ」


 兼平は変わらず流れ落ちる滝を見上げ、フッと息をつく。


「お前たちは、和姫が避けたい今後を変えるために呼び出された。しかし、その時はまだ来ていない、ということだろう。案ぜずとも、選択の時は必ず来る」

「……その時の選択で、夢を曲げられるかどうかが決まるということですか?」

「その通り。まあ、和姫の夢に現れた戦の相手とやらは、お前たちには心当たりがあるんじゃないか?」


 兼平に問い返され、三人は顔を見合わせる。


「豊葦原において、東の強国は越智後と武富士」

「武富士は、今やお家騒動真っただ中だ。こっちに軍勢を派遣する余力なんてないだろうよ」

「一方で、西はその土地の大半を蒙利が支配しています。蒙利がじかに手を出していない国も、事実上は蒙利に従っていると言っても過言ではありません」

「ちなみに、私は木織田殿と争う気は毛頭ない。信功殿に聞いたが、お前たちは木織田に豊葦原を統一させようとしているらしいが……西を手にした暁には、越智後は烏和里の側につくぞ」


 それは、越智後と烏和里の同盟を意味する。

 となれば、と武士たけしとバサラは同時に口を開いた。


「「戦の相手は蒙利か!」」

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