第33話 乱闘

武士たけし、こっちだ!」


 バサラの声に導かれ、武士たけしは武富士の城内を走っていた。周囲には幾つもの松明が揺らめき、怒号が飛び交う。何度も聞こえる「曲者」の声は、自分たちを探しているのだとわかった。

 バサラのアイデアで城の蔵に火を放ち、城内の混乱を誘う作戦。うまく混ぜ返すことには成功したが、自分たちがわかりやすく追われることになってしまった。

 しかし、この作戦にはもう一つの狙いがある。


(あっちか)


 武士たけしたちが向かう先には、何人かの武士が走って行っている。彼らが向かう先には彼らが護るべき存在、もしくは曲者が向かうであろうと考える場所があるはずだ。

 もしも城主である武富士玄定がいるのならば、直接和姫を奪い返す。もしも和姫がいるのならば、集まった武士たちをまとめて倒して奪い返す。どちらにしろ、和姫を取り戻すことに繋がる、と二人は考えていた。


「おい、ここに誰か来たか!?」

「……っ、……せん!」

「お前、……だと……のか!」


 計五人。とある部屋の前に集まり、誰かと口論を繰り広げている。武士たけしとバサラは足音を忍ばせ、少しずつ近付いて行く。その際、刀を鞘から抜いておくことも忘れない。

 徐々に近付くと、部屋の内側から聞こえる声が懐かしさすら感じるものであることに気付く。武士たけしは駆け付けたい気持ちをぐっと堪え、歩くスピードを速めない。

 それはバサラも同じであり、刀を握る手に力が籠る。


「痛っ、何をなさるのです!?」

「こいつは抑えてる。部屋の中を調べろ!」

「承知した!」


 二人が我慢して近付いていた時、前方で悲鳴があがった。見れば、和姫を廊下に引きずり出した武士が他の武士に指示を出している。和姫の手首を捻り上げ、男は部屋の中しか見ていない。


「――っ!」

「ま、待て!」


 和姫が悲鳴を上げた瞬間、武士たけしの中で何かが切れた。ぷつんっという音が耳元で聞こえた気がしたが、そんなことはどうでも良い。体中の血液が沸騰したように、体が熱くなる。

 武士たけしはバサラの制止を振り切り、感情の赴くままに駆け出していた。

 足音に気付いた男が何かを口にする前に、武士たけしの叫びが響く。


「おまっ……」

「姫を離せ!」

武士たけし!」

「たけ、し……。きゃっ」


 四人分の声が重なった。

 武士たけしは男の目の前に刀を振り下ろし、怯んだ隙を突いて和姫を自分の腕の中へと引き入れる。左腕で和姫を抱き締めたまま、武士たけしは刀の切っ先を男へ向けた。

 声を聞きつけ、城の様々な場所から足音が近付いて来る。その音を聞き、バサラはチッと小さく舌打ちをした。


(気付かれたか。さっさと逃げるに限るな)


 バサラはそう決めると、武士の傍をすり抜けて部屋の中へと飛び込んだ。そこには四人の男たちがおり、突然やって来た少年に目を白黒させる。


「貴様、何者だ!?」

「お前たちが探している曲者、だよ!」

「は!? 何を……かはっ」


 そう宣言するが早いか、バサラは一番近くにいた男の鳩尾を蹴り飛ばす。障子を突き破って気絶した男がたてた音に、残りの三人が気色ばんだ。


「何をする、貴様!」

「さっさと片す。来いよ、武士たけしの邪魔はさせねえから」

「小癪な!」


 一人の男がバサラに斬りかかり、それを紙一重で躱す。更にもう一人の刀を自分のそれでいなし、切っ先へと滑らせる。相手がバランスを崩した隙を利用し、石突で背中を叩いた。

 バサラの言葉を聞いた武士たけしは、リーダー格の男と立ち会う。わずかに刃を男の首元へ近付けると、男の喉がごくりと鳴った。


「き、貴様は何者だ?」

「名乗る程の者じゃない。強いて言うなら、彼女を助けに来た者だ」

武士たけし……」


 武士たけしの腕に抱き締められ、和姫の頬が染まる。

 胸の奥は大きく跳ね、自分では大人しくさせることが出来ない。目の前の恐怖と緊張を感じながらも安堵と心地よさを感じるという相反した気持ちを抱え、和姫は体を武士たけしに預けた。

 対して、男は武士たけしの挑発とも捉えられる言動に怒りを覚えていた。


「こんな子どもに侵入を許すとは、お館様に申し訳が立たん! 成敗してくれる!」

「おれだって、負けるわけにはいかないんだよ!」


 男が刀を抜くと同時に横へ滑らせると、武士たけしは刀の刃でそれを受け流す。更に武士たけしは男から跳ぶように距離を取って和姫を廊下の端に座らせ、思わずすがりそうになる彼女の手を押し戻した。


「ごめん、和姫。ここで動かないで。絶対、護るから」

「――はい」


 手を離した和姫に微笑みかけ、武士たけしは彼女に背を向ける。その時には、穏やかな彼らしい表情は消えていた。あるのは、はっきりとした怒気と覚悟を秘めた真剣な瞳。経験豊富な男ですら、一瞬気圧される迫力を持つ。

 男はわずかな間であっても子ども相手に怖気付いたことに腹を立て、奥歯を噛み締める。そして、憎々しげに武士たけしを睨み付けた。


「この、小童がっ」

「お前たちには、これ以上傷付けさせない!」

「何をっ」

「はあっ」


 二人の刀がぶつかり合い、火花が散る。ガキンッという金属音が数え切れない程響き、削れた鉄片が飛ぶ。一度互いに距離を取り、どちらともなく刀を叩きつけた。


「おらあっ!」

「がはっ」


 その時、男の後ろで彼の仲間が弾き飛ばされるように飛んだ。廊下を通り過ぎ、庭に転がり出される。その瞬間男の意識がそちらに逸れ、武士たけしはチャンスとばかりに一気に距離を詰めた。


「この、子どもがっ」

「子どもだってあなどるからだろ」


 彼らの戦いの後ろでは、バサラが三人を相手取って善戦していた。

 最初の一人を蹴り飛ばしたことで勢いに乗り、三方向からの攻撃を躱して受け流して弾く。そして同士討ちを狙ってわざと躱すタイミングをずらし、足払いを決める。


「うわあっ」

「しっかりしろ!」

「残念だったな!」


 もんどりうって転んだ仲間を鼓舞した青年の声も空しく、転んだ男はバサラが蹴り飛ばす。彼は庭まで転がり、武士たけしにとっての好機となる。


「だあぁぁぁぁっ」

「なっ」


 男が刀で自身を守る前に、武士たけしは袈裟斬りに刀を振り下ろした。

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