第32話 わざと
夜を迎え、辺りは静まり返る。現代日本のように街灯があるわけではなく、自動車も通らない。完全なる闇が、
「バサラ、大丈夫かな……」
夕刻に敵陣を偵察しに行き侍たちの会話を盗み聞いたが、和姫らしき人質の話題はなかった。更に彼らの会話から、近くの城に年頃の娘が留め置かれていると聞こえた。
「きっと、それが和姫だ」
「ああ、行こうぜ。確か、山の方って言ってたな」
「山……。あれ、かな」
二人は密やかに山へと分け入り、見張りの目を掻い潜りながら城を目指す。そして日が完全に暮れる頃、城の入口を臨むことの出来る岩陰へと影を潜めた。
現在、生い茂った木々のお蔭で月明かりはない。バサラは城への侵入経路を探るため、一人で城の偵察へと出ているのだ。
(見張りは、ある程度時間を空けて何度も現れる。時計があれば良かったけど、大体二時間に一度くらいかな)
月の光がほんのわずか、木々の隙間から覗く瞬間がある。体感でしか時間を計ることが出来ないのはもどかしいが、
岩陰に隠れながら、思考を巡らせる。バサラが偵察に行ってから、長くその場に留まるのは体が辛い。
その時、背後でガサリと落ち葉を踏み締める足音が響いた。
(――敵!?)
しかし、その心配は杞憂に終わった。
「
「……なんだ、バサラか。お帰り」
「ただいま」
小太刀を鼻先に向けられても、バサラは怯まずに微笑んだ。そして
「すまん。手間取った」
「それは良いけど、流石に心配したよ。……それで、どうだった?」
「ああ。正直、忍び込むのは難しいと思った」
バサラによれば、山城には出入り口となる門が一つ。しかし門には当然ながら見張りが張り付き、周囲も数人の武士が見回っている。
大きな石を使った石垣の上には本丸が建てられ、城の周囲には土塁が張り巡らされている。高い土塀もあるため、簡単には中を覗き見ることが出来ない造りだ。
堅牢な城であったとしても、
「だけど、忍び込む方法はあるだろ?」
「ああ。あの大きな木を使おう」
バサラが指差したのは、急斜面に立つ一本の大木だ。その枝ぶりは見事で、枝の一部が城の中に差し掛かっている。
「あの枝から、中へと入り込む。幸い、電気が流れる柵とかは設置されていないから、中に入る時に音をたてないようにするだけだ」
「……元の世界の忍者マンガみたいだな」
「だろ? しかも、オレたちにとっては不可能じゃない」
「不可能だとしても、おれはやるけどな」
「ふっ。違いない」
――ガサッ
小さな物音を聞きつけ、見張りの男が視線を巡らせる。しかしすぐに持ち場に戻ったのは、音がよくその辺りにいる鼠のものだと勘違いしたからだろう。
その実、土塀の上で発せられた物音である。
バサラが先に登り、下で待機する
物音をたててしまったのは
二人は気付かれるかと戦々恐々としたが、何もなくほっと息をつく。そして今度こそ、そろそろと木を登って土塀の上へと下り立った。
バサラは極力物音を抑えて滑るように下りることが出来たが、
「行くぞ」
「ああ」
「おそらく、本丸の何処かだと思うけど……」
「慎重に、だけど手早く行こう」
二人は小声で言い合うと、夜闇に紛れるようにして城へと向かう。
烏和里の館よりも広い敷地内を隠れながら移動することは困難を極め、二人の背中には冷汗がにじむ。何度か見張りの武士に見付かりそうになりながら建物を目指したが、和姫の手掛かりは何もない。
何も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。武器庫らしき蔵の傍に来た時、
「バサラ」
「どうかしたか?」
「このままじゃ、埒が明かない。夜が明ける前に、和姫のところまで行かないと」
「わかってる。……じゃあ、一つ賭けてみるか?」
「賭け?」
何を言い出すのか、と
「やるのか?」
「
「……上等。やろうぜ、バサラ」
「おし」
頷き合った二人は、二手に別れた。
バサラが取り出したのは、火付け石。そして手近なところに落ちていた枝を拾うと、素早く火を付けた。その枝を、蔵へと投げる。
火は土蔵の壁に当たり、傍にあった木に飛んで火を付けた。
火は燃え上がり、近くにいた見張りが驚き声を上げる。
「火、火が放たれた。曲者だ!」
一挙に騒がしくなり、数人が城へと駆けて行く。
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