第20話 淡い想い

 その日、バサラは和姫の護衛という名目で城下へと下りていた。彼女が買い物をしたいということで、姫付きの梅と共に付き添いをしているのだ。

 何故小四郎などではなくバサラが指名されたのかと言えば、和姫の目的に理由があった。


「あの、バサラ」

「何だ? 和姫」


 前日夕刻のこと。鍛錬の後歩いていたバサラをつかまえ、和姫は頬を赤くして何かを言い淀んだ。

 それを辛抱強く待ち、バサラはようやく姫の言葉を引き出した。


「あのっ」

「うん」

「……っ。武士たけしに布を選んで下さったお礼をしたいのだけど、食べ物とか、何が好きですか!?」

「……。ククッ。あー、やっぱりか」


 万事理解した。そういう顔でバサラが笑い出すと、和姫は顔を赤く染めたままで首を傾げた。


「やっぱり?」

「姫さんも奥手だもんな。というか、気付いてない」

「?」


 バサラが何を言っているのかわからない。不思議そうな顔で自分を見詰める和姫に、バサラはしばらく腹を抱えて笑った後にようやく笑いを収めた。

 そして、ふむと腕を組む。


(そういや、あいつ。この世界に来てから何を好んで食べてたっけな)


 武士たけしは元の世界にいた時から、食べ物の好き嫌いがほとんどない。そしてこれといった大好物があるわけでもないから、よっぽどのゲテモノでない限りは嫌がることなく食べる。

 そんな親友のことを考え、バサラは和姫に何と答え良いるか考えた。そして、良いアイデアが浮かぶ。


「姫さんは、どんな食べ物が好きなんだ?」

「わたくし、ですか? あの、そうではなくて……」

「オレも武士たけしも、こっちに来て日が浅いからさ、こっちの世界でのおいしい食べ物が何かとか知らないんだよ。だから、姫さんが教えてやって欲しいんだ」

「わたくしが、教える……」


 思わぬ提案に、和姫は戸惑いを浮かべる。しかしすぐに思案顔になると、ポンッと手を叩いた。


「でしたら明日、買い物に付き合って頂けませんか?」

「オレが?」

「はい。是非、バサラに来てもらいたいのです。城下を案内もしますし、一緒に……への贈り物を見繕って頂けませんか?」


 誰への贈り物か、和姫は濁した。精一杯の勇気を振り絞っての考えなのか、和姫は恥ずかしさとは違う意味で顔を赤くする。

 彼女の懸命さは、充分バサラに伝わった。だからこそ、彼は「良いよ」と微笑む。


「一緒に行こう。オレが護衛ってことにすれば、武士に会ったとしても怪しまれないだろ。梅さんも行けるのなら、一緒に来てもらった方が心強い」

「ありがとう、バサラ! 梅にはわたくしから頼んでおきます」


 嬉々とした満面の笑みを浮かべ喜ぶ和姫を見て、バサラは苦笑した。

 和姫は普段館に引き籠っているため、異性との交流は極端に少ない。話をするとしても、木織田の武将や武士たち、もしくは家人が大半だろう。

 彼女は普段の病弱な印象が強く、大人しいと思われがちだ。しかしその実、このように行動力と思いやりの心を持つ優しく明るい少女なのである。更に表面的なことだが、顔も可愛い。


(これは、ライバルが多いんじゃないか? 武士たけし、頑張れよ)


 今ここにはいない親友に無言のエールを送ったバサラは、こうした経緯があって今城下で和姫と共に歩いている。

 深窓の令嬢もとい姫君らしく、被衣かづきを頭から被った姿で歩く和姫。彼女は幾つかの店をバサラに紹介した後、お気に入りの茶屋へと彼を連れて行った。


「ここは団子も美味しいのですが、夏は水まんじゅうが一番です!」

「姫……お嬢様、少しはしゃぎ過ぎです」

「あっ、ごめんなさい」


 梅に控えめに叱られ、和姫はしゅんと肩を落とす。その様子を見ていた客の男性たちが、楽しそうに店員の女性へ声をかけた。

 年嵩の女性は若者たちの話を聞くのが楽しいのか、にこにこと応対する。


「あそこの女の子、可愛いな。この店の常連?」

「あらあら、気付いてしまったの? あの子はなかなか難しいわよ」

「そうなのか?」

「でも、いけそうじゃね? あ、でも隣の若侍が邪魔か」

「じゃあさ……」


 そんな会話が近距離で聞こえ、バサラは内心ため息をついた。隣を見れば、梅と共に店員と話す楽しげな和姫の姿がある。


(天然、か)


 世をはかなむ巫女のような姿を見せたと思えば、今のように無邪気な少女にも変わる。そんな和姫に惹かれる男は多いかもしれない。

 しかし、バサラには通じないが。


「お嬢」

「何でしょう、バサラ? バサラも水まんじゅうを食べますか?」

「ああ。武士たけしにも持って帰ってやってくれよ。それが今日の目的だろ?」

「勿論です。……バサラ?」

「ちょっと席外します。梅さん、お願いします」

「ええ」


 梅も気付いていたのだろうか。彼女はバサラの言葉に神妙に頷いた。

 バサラは席を立つと、軽い足取りで店から遠ざかる。その足の向く先には、先程まで店で騒いでいた青年たちの姿があった。

 青年たちの傍には、彼らより頭一つ分大きな巨漢が二人いる。一人は細身で、もう一人は腹が大きくせり出していた。

 バサラは家屋の裏に身を隠し、彼らの会話を盗み聞く。


「先生たち、お願いします」

「また軽々と呼びおって……。お前の御父上への恩が無ければ、そのほうの声に等耳を傾けぬというのに」

「まあまあ、良いではないか。若侍だというのだろう? 若い芽は先に摘んでおく方が後が楽だ」

「そうも言うがな」

「さっすが、畑中家のご次男。では、お願い致し―――」

「――あんたら、うちの姫さんに何か用か?」

「あっ、お前は」

「い、いつからいたんだ!?」


 複数いた青年たちは、突然現れたバサラに驚いた様子だ。彼らと共にいた巨漢たちも目を丸くしていたが、青年たちよりも気を取り直すのは早い。


「おうおうおう。お前が噂の若侍か?」

「貧弱じゃねえか。こんなんでか弱いお嬢さんを守れるのかぁ?」

「……」


 若干むっとした表情をしたバサラに、巨漢二人は声を上げて笑った。いつの間にか周囲に彼ら以外に人はいなくなり、一種荒野のような雰囲気すら漂う。

 ひとしきり笑った男たちは、動かないバサラの様子を見て何かを勘違いしたらしい。頷き合い、突然拳を振り上げた。


「お前に恨みはないが、坊ちゃんの頼みでな」

「悪く思うなよ!」


 ――ゴッ


 男の拳はバサラの頬を直撃し、細身の彼はひとたまりもなく吹き飛ばされた――ということはない。


「……先に手を出したのはそっちだからな」


 片手で拳を受け止め、バサラはニヤリと笑う。そしてぎょっとした男の懐に飛び込むと同時に、鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。拳では力の差で敵わないだろうが、足技ならばスピードに上乗せされた力が手助けしてくれる。

 案の定男は数メートル飛ばされ、尻もちをついた。運悪く彼の後ろにいた細身の男も巻き添えを喰らい、呻き声を上げる。


「一丁上がり」

「な……何者だお前!?」

「何者って。あのお嬢の護衛だけど?」


 ふるふると震えて自分を指差す青年にあっけらかんと応じ、バサラはその場を去った。すぐ戻らなければ、と既に頭は切り替わっている。

 茶屋に戻れば、和姫が梅と共に待っていた。彼女らは既に食べ終わっている。


「お待たせ」

「何処に行っていたのですか、バサラ? お茶がぬるくなってしまいましたよ」

「すまない、お嬢さん。――いただきます」


 手を合わせ、それから夏の暑さでぬるくなった茶を喫する。軽く動いた体にはその温度が丁度良く、バサラはつるんと涼しげな水まんじゅうに舌鼓を打った。


「美味い。これ、きっと武士たけしも気に入るよ」

「本当ですか!? よかったぁ」


 隣で微笑む和姫を見て、バサラも柔らかく微笑む。

 バサラにとって、武士たけしも和姫も大切な友だちだ。二人を傷付けようとする輩は許せないし、許すつもりもない。そして、親友にはそれ以上に。


(……これ以上は考えないと決めただろ)


 くすっと笑い、バサラは心の奥に蓋をした。それ以上にやりたいことがこの世界にはあるのだから。

 そして土産を持った和姫を追い、帰るべき館へと戻るのだった。



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