第16話 手合わせ

 夏が少しずつ過ぎていく中で、武士たけしとバサラは少しずつ成長していた。

 武士たけしは光明のもとで学び、バサラは克一のもとで戦う術を学んだ。そして、互いが学んだことを夜は武士たけしがバサラに教え、朝になってバサラが武士たけしに手ほどきした。そうやって補い合い、秋が来る頃には相手の考えが手に取るようにわかるまでになっていた。


武士たけし

「おはようございます、克一さん。珍しいですね、おれに何か用ですか?」


 その日、光明のところへ行こうとしていた武士たけしの前に克一が現れた。

 朝もまだ早い時刻、普段ならば克一はバサラたち若い武士たちの鍛錬をしている頃だろう。それが何故、と武士たけしの顔に困惑が浮かぶ。

 その表情を見て、克一は苦笑して彼の肩を叩く。


「実はな、バサラがお前さんの腕を見て欲しいと言ってきたんだ。自分との鍛錬で形は問題ない、後は実践なんだ……とな」

「バサラが?」

「ああ。随分と期待されているようだ。……どうだ? 光明殿のところへ行く前に、手合わせ願いたいのだが」

「今からですか!?」


 思わぬ申し出に、武士たけしは素っ頓狂な声を上げた。その声に驚いたのか、庭の木から小鳥が数羽飛び立つ。

 武士たけしの戸惑いなどなんのその、克一はニコニコと微笑んで彼を見守る。答えはどうだ、と催促されているようだ。


「……」

「ちなみに、光明殿には許しを得てあるぞ。しかもあやつ自身もお前さんの腕前を見てみたいと言ってな、先に向かっている」

「……どの道、逃げ場ないじゃないですか」

「はっはっは! その通りだな。……で、どうする?」


 項垂れ頭を抱える武士たけしに、克一はもう一度問う。それに対する少年の解答など、とうに決まっていた。


「勿論、行きます。おれは軍師になる前に、大事な友だちを守れる力が欲しいんですから」

「決まりだな。おいで」

「はい」


 克一は満足げに頷くと、武士たけしを先導して渡殿を下りた。

 二人が向かったのは、館の門を出て少し歩いたところにある鍛錬場だ。森に囲まれた空き地に、何人もの男たちの怒号が響く。その汗くさい中に、バサラの姿があった。

 克一が武士たけしより先にバサラを見付け、大きく手を振る。


「バサラ、連れて来たぞ!」

「克一さん」


 バサラは既に鍛錬を始めていたらしく、軽く汗をかいていた。それを手の甲で拭い、克一の後ろについて来た武士たけしに笑いかける。


「よく来たな、武士たけし!」

「まさか呼ばれるなんて、想定外だったよ」

「でも、嫌じゃないだろ?」

「……まあ」

「だと思ったぜ」

「うわっ。突然肩組むな!」


 本当のことを言えば、武士たけしは自分の実力がどれほどのものなのか測りかねていた。それを克一が測ってくれるというこの好機を、無駄にしたくない思いが強い。

 渋々の体で認めた武士たけしの肩を抱くように組み、文句を言われてもバサラは笑っている。彼にとっても、親友が同じ場所にいるというのは嬉しいことだった。


「――うっせえな」

「小四郎さん……」

「あなたが」


 ぎゃーぎゃーと騒がしくしていたことが気に障ったのか、近くで素振りをしていた小四郎が眉を潜めて武士たけしとバサラを睨みつけていた。不機嫌な顔でため息をつくと、木刀を肩に担いで真っ直ぐに武士たけしの前へと歩み寄って来る。


「何度か見かけたことはあるが、お前が武士たけしか」

「おれも、こうやってお目にかかったことはありませんでしたね。小四郎さん」

「僕と出会った時、バサラが言ったんだよ。『確かにオレとは向いている方向が違うかも知れません。だけどきっと、何処かで道は交わります』とね。それがどういうことかいまいちわかっていなかったんだけど、今理解した」


 小四郎は持っていた木刀の切っ先を武士たけしに向け、強気に微笑む。


「僕が、きみの実力を測ろう。ある程度実践に沿っていた方が、将軍も判断がしやすいでしょう?」

「小四郎、我が相手をする。お前は……」

「将軍。戦で大怪我をした後、立ち合いは禁ずるとお館様に命じられていませんでしたか?」

「……何故覚えている、小四郎」

「さあ。兎も角、僕が立ち会いたいんです。それで良いですか?」

「仕方ない。……武士たけし

「はい。――わっ」

「それを使え。聞いていた通り、立ち合いは小四郎にしてもらう」

「わかりました」


 小四郎に言い負かされた克一は、苦笑顔で持っていた木刀を武士たけしに投げてよこす。それを受け取った武士たけしは、思いの外重いそれに少し驚きつつも正面に構えた。

 武士たけしと小四郎がにらみ合っていた時、克一の隣に移動してきた男がいた。実は武士たけしがこの場に来る前からいたのだが、若い武士に手合わせをねだられそれに応じていたのだ。


「お前から見て、武士たけしはどう見える?」

「どう、とはどういう意味かな。光明」

「……戦場で戦うことが出来るか、ということだ」


 克一の傍にやって来たのは、涼しい顔をした光明だった。一仕合してきたはずの彼だが、汗一つかいていない。

 光明は腕を組んだまま、くいっとあごでこちらに気付いていない武士たけしを差す。彼の問いに対し、克一は「そうさな」と顎を撫でた。


「バサラと毎朝共に木刀を振っているということ以外、我は知らんでな。今からその力を見ることが出来るというで、楽しみにしておるところだ」

「そうか。……私としても、弟子の成長には興味があります」

「弟子、な」


 涼しい顔で武士たけしのことを「弟子」と呼んだ光明だが、それは数か月前にはあり得ないことだ。そのことに驚いた克一だったが、光明が無意識であることをわざわざ口に出す必要はない、と口をつぐむ。


(こいつがこんな顔をするようになるとはな)


 光明の子ども時代を知る克一にとって、彼が別の誰かの世話をするなど考えたこともなかった。そんな軌跡を運んで来た少年は、今木刀を構えて相手の出方を窺っている。


武士たけし、いつも通りだ……!」


 大人二人から少し離れた場所で、切り株に座ったバサラは祈るような気持ちで手合わせを見守っていた。

 びゅうっと大風おおかぜが吹き、木々が揺れる。その葉が数枚踊り落ち、バサラの目の前で二人の少年が同時に動いた。

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