第49話 願いが込められたお守り

 蒙利が近付いているという報を受け、武士たけしたちは急ぎ編成された軍で東征を開始した。武士たけしとバサラは、未だ突如始まる戦時への変化に慣れない。

 しかし、それを人伝ひとづてに聞いた信功が言った。そのままで良い、と。


「お前たち二人くらいは、この戦だらけの日々が普通ではないのだと知っていてくれ。わしらは、これがいつものことになり過ぎている」


 信功の願いもあり、二人は感覚を忘れるつもりはない。ただ、その『いつものこと』をいつものことではない世界へと変える決意を新たにするだけだ。


「バサラ。武士たけしも一緒か」

「小四郎さん。もう、怪我は良いんですか?」


 武士たけしとバサラが一つ目の休息場で休んでいると、傍に小四郎がやって来た。昼を過ぎた頃合いで、彼の手には半分以上食べられた強飯こわいいのおにぎりが乗っている。

 バサラが尋ねると、小四郎は肩を竦めておにぎりを口に放り込んだ。


「今更だな。いつでも、何人が束になって来ようと叩き斬る余裕はあるぞ」

「元気そうで何よりです」

「お前らもな。この先は険しい道が続く、心してかかれよ」

「はい」

「ありがとうございます」


 二人の返事に頷き、小四郎は五郎太のもとへと去る。眺めていると、二人は何やら話し合っているようだ。

 武士たけしとバサラの周りには、同じように休息を取る武士たちが各々座り込んでいる。木織田軍は二手に分かれ、ここにいるのは信功率いる本軍だ。

 やがて休息の終わりが告げられ、武将たちは慌てて歩き出す。


「バサラ」

「何だよ、武士たけし。緊張してるのか?」


 場を和まそうとニヤリと笑うバサラに、武士たけしは「少しな」と苦笑を返す。

 彼らは一団の前側におり、前方には五郎太と小四郎の操る馬たちが歩いている。信功と光明は、もう少し後ろだ。前方と後方からの奇襲に備え、すぐに動ける者たちを前後に配置している。

 武士たけしとバサラは足軽の位置だが、立場上彼らとは離れて歩いていた。

 烏和里に残り国を守る役割を持つ者たちと戦に向かう者たち、そして兼平のもとから戻ってくるはずの一団がいる。彼らが戻れば、克一が再編成して武将たちを寄越す手筈となっていた。


「バサラは、この戦をどう見てる?」

「どうって、どういうことだ?」

「つまり……和姫の視た未来に繋がるのかってことだよ」


 二人の会話は、周りに極力聞かれないよう小声で行われている。馬の蹄や武士たちの足音が大きく、余程大声を出さなければ彼らの声は聞こえないが。

 武士たけしの問いに対し、バサラは「うーん」と少し考えた。


「たぶん、この戦が該当してると思う。……ってことは、武士たけし

「何だよ?」

「お前、絶対に一人になるなよ? 光明さんか信功様と一緒にいろ。オレは多分、ずっと一緒にいられるのは戦が始まるまでの間だけだ」

「……わかってる。充分気を付けるよ」

「おう」

「その、首から下げてるお守りも外すなよな?」

「……わかってる」


 徐々に小さくなる声は、武士たけしが羞恥を感じているからに他ならない。恥ずかしさの原因は、彼が胸当て越しに触れた小さな勾玉にあった。

 武士たけしは青、バサラは赤。淡く不思議な色をしたそれらの石は、どちらも和姫が贈ってくれたものだ。

 戦に出る前日の夜、挨拶に訪れた武士たけしとバサラの手に、和姫はそれらの勾玉を紐を通した状態で握らせた。

 ひやりとした石の感触に、二人は驚き指を広げる。


「姫、これ……」

「兼平さんに貰ってたやつと同じだよな。確か、勾玉だっけ?」

「はい。兼平様に、以前お願いしていたのです。……お二人が戦へ出られる際、お守りになるようなものは何かないかと」


 頬を赤く染めた和姫が、もじもじと白状する。

 それによれば、先日兼平が越智後へ戻る前に相談して決めていたのだとか。勾玉は兼平から一昨日届けられ、今日まで仕舞っていたらしい。

 和姫は説明を終えると、おずおずと勾玉に通された紐を指差す。


「その紐は組み紐と言いまして……梅に頼み込み、作り方を教わったんです。武士たけしが赤、バサラが青を基調に、勾玉とは反対の色で」

「えっ」

「へえ。ってことは、姫さんの手作りってことか。すっごく嬉しいよ。な、武士たけし?」

「あ……ああ、勿論、だ」


 掴んで掲げた勾玉を下から覗き込むバサラに同意を求められ、武士たけしは慌てて頷いた。青い勾玉と紅い組み紐。和姫の思いがくすぐったい程嬉しくて、武士たけしは緩みそうになる口元を必死に保とうとしていた。

 しかしバサラから見れば、武士たけしの目が緩んでいるのがバレバレだ。ちらりと和姫の方を見れば、彼女も耳まで赤くして俯いている。


(これ、オレが締めないと永遠に終わらない気がするな……)


 いつものことながら苦笑をにじませ、バサラは早速組み紐を自分の首にかけた。わずかに重さがあるが、気になる程ではない。親指程の大きさの勾玉が胸元を彩り、その温かな色が心を穏やかにしてくれる。

 バサラは隣の武士たけしの肩を叩き、顔を上げさせた。


「なあ、お前も首にかけろよ。和姫の好意が無駄になるだろ」

「わ、わかってる」


 バサラにせっつかれ、武士たけしも急いで青い勾玉を首にかけた。淡い色のそれは、直垂の合わせを隠すようにぶら下がる。

 勾玉に籠められた和姫の想いが触れている。そんな錯覚に陥りかけ、武士たけしはぶんぶんと頭を振った。


「ククッ。何妄想してたんだ、武士たけし?」

「してない」


 バサラにからかわれ、武士たけしは憮然と突っぱねる。その言葉遣いそのものが肯定しているのだということには、武士たけしは気付かない。


「――こほん。そんなことより」


 ようやく気持ちを落ち着かせ、武士たけしは和姫の顔を真っ直ぐに見た。

 目が合い、和姫がわずかに目を伏せる。それには何も言わず、武士たけしは彼女に向かって声をかけた。


「ありがとう、和姫。これと一緒に戦って、絶対にバサラと帰って来るから」

「そうそう。絶対だからな? それで、姫さんの願いを叶えるぞ」

「――ありがとう、ございます。信じてお待ちしています。……ご武運を」

「ああ」

「うん」


 武士たけしとバサラは微笑み、覚悟と共に和姫のもとを発ったのである。



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