第50話 崖の戦い
「ここが、例の」
「そうだ。蒙利がこの先、己の城の一つを目指すならば、必ずここを通る。
「はい」
「蒙利の領地から、その端に位置する城までで最短となるのはこの道だ。他にもないではないが、武器を持った者や馬が通れるのは、ここしかない。斥候によれば、蒙利はまだここを通っていない」
「……蒙利軍が下を通り過ぎる時を見計らい、弓矢を放つということですね」
「その通り。しかも谷間からこちらを狙うには、視界が悪過ぎる。弓矢は勿論のこと、集めた岩や石を落とすだけでも十分な成果が得られよう」
「上から物が降って来るとなれば、相手の混乱も誘えますね」
「そういうことだ」
光明の作戦を脳裏に描き、
斥候を放っての事前調査といい、地形を利用した作戦といい、光明は本当に頭が切れる。彼の弟子となって学び始めて半年が経とうとしているが、未だにその引き出しの多さに驚かされるばかりなのだ。
(この人が師匠で良かった。敵だと思うと、恐ろし過ぎる)
ぶるりと体を震わせ、
現在、崖の上にいるのは
「ここで奇襲をかけられれば、バサラたちへの負担を減らせる。……おれも、出来ることをしよう」
知らせによれば、蒙利軍は後数時間でこの谷に辿り着く。戦力で負ける木織田が勝つには、正々堂々の戦いだけでは駄目だ。
それから二時間程時間が経った時、崖の上で身を忍ばせていた者たちの間に緊張が走る。馬の蹄、武具の鳴らす音が大挙して押し寄せていることが告げられたのだ。
見張りの者が見れば、確かに蒙利軍がこちらへ迫っているという。大将である秋照の姿はないというが、先兵軍だけでも倒せれば御の字だ。
(戦が、始まる)
草陰に身を潜めながら、
弟子の緊張に気付いてか、光明が珍しく声をかけてきた。
「
「はい」
「姫様から話は聞いている。……何があっても、私から離れるなよ」
「――はい」
「よし」
光明も和姫から聞いていたのか、と
とはいえ、ここは戦場。
(来る)
徐々に聞こえる蹄の音。蒙利軍の足音。その先頭が谷に差し掛かった瞬間、光明が大声で命じた。
「構え!」
光明の命を受け、弓矢を持った者たちが一斉に立ち上がる。崖の上に立ち現れた弓矢に、蒙利の武士たちがざわめく様子が見えた。
その瞬間、
「――撃て!」
――オオッ
号令と共に、矢が大量に放たれる。ヒュンヒュンと数え切れない矢が降り注ぎ、蒙利軍はたちまち混乱に陥った。
「こちらも迎え撃て!」
「くそっ」
「――ギャアッ」
「うわあああぁっ」
指揮する将の声が轟くが、それに正しく対応出来る者は少ない。降り注ぐ矢はあたらずとも視界を悪くし、更に落とされる石の雨を回避出来なくする。
矢に貫かれる者、大きな石の下敷きになる者、逃げ惑う者。阿鼻叫喚と化した谷を見下ろし、
(怖い。おれの放った矢が、誰かの命を削り、落とさせる……。それでも)
それでも、護りたいものがある。護りたい約束がある。先に目指した夢がある。
夢を夢として終わらせないためには、ここで勝たなければならない。それはゲームのように命のリセットが効かない、本当の殺し合いの現場に立つ覚悟だ。
「はっ!」
彼の傍には同様に弓を引く光明がおり、驚異の的中率で敵を倒していく。その瞳に映るものは使命感であり、生きる覚悟だ。
落ちる矢は、落下の速度が加わることで威力を増す。石も同様で、次々と蒙利軍の足軽や武将たちを地に転がしていく。
圧倒的な勝利を目前にしたかに思えたが、
(別のルートを取った? その可能性もあるけど、何か……)
考えながら弓を引くと、命中率は格段に落ちてしまう。何か引っかかりを覚えつつも、
「光明さん、後ろへ行ってきます」
「すぐ戻れ」
「はい」
そろそろ矢筒の中は空になる。
既に蒙利軍は壊滅に近く、
しかし、その考えは甘かったのだと気付くことになる。
「――者ども、今だ!」
――おおっ
聞き覚えのない声が、近くから聞こえた。背の高い草に身を隠しながら進んでいた
「……え?」
彼が見たのは、信じられない光景だった。
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