婆娑羅を夢見る武士の戦記・真~性格真逆の幼馴染二人組が、戦国に似た異世界で天下統一目指します!?~

長月そら葉

第1章 荒くれ者たちの世界へ

呼び声

第1話 始まりの夢

 ここ最近、眠る度に見える景色がある。

 朧げに見えるのは、土煙。たまに多くの人々の息遣いと、金属が打ち合う音。そして嗅ぎ慣れない、むせ返るような血のにおい。

 苦しくなって意識が現実へと引き戻される直前、いつも一人の少女がこちらへ手を伸ばす。

 彼女は何か言っているのか、口火が動く。しかしはそれを音として聞くことが出来ず、唇の動きを読むことも出来ず、そのまま目覚めてしまうのだ。

 目覚めた後、寝汗をかいている。そして、いつも夢の内容は忘れてしまう。




 閉館時間の午後五時まで、残り三時間。

 期末テストの近付いた土曜日。東郷とうごう武士たけしは、幼馴染で同級生の武藤むとうバサラと共に試験勉強に来ていたはずだった。

 しかし今、武士たけしは目の前で寝ている幼馴染を小声で起こすのに必死だ。


「バサラ、起きて」

「む~……あと五分」

「そう言って、寝てから十分は経ってるよ。今日中に試験範囲終わらせるんだろう?」

「……あと二分」

「二分って」


 駄々をこねて机に突っ伏すバサラに呆れ、武士たけしは軽く息をついた。

 武士たけしとバサラは、生まれた時から家が隣の幼馴染。小さな頃から家族同然に過ごしてきて、小中高校と学校も同じだ。

 武士たけしは特に歴史の知識が多く、博物館や図書館に足しげく通うほど勤勉だ。しかし気弱なために、自分の意見をはっきりと伝えることが苦手である。

 対するバサラは勉強はそれ程得意ではないが、運動神経が良い。加えて容姿端麗なため、武士たけしよりも若干背が低いものの性別問わずモテる。肩まで長く伸ばした髪をゴムで束ねた、しっぽのようにしている。

 武士たけしにとって、バサラはその明るさと豪胆さを頼りに思うと同時に、非常なまでに羨ましかった。

 しかし、それと期末試験の勉強は別問題だ。

 武士たけしはどうにかこうにバサラを揺すり起こすと、閉館の一時間前には到達すべき範囲まで一通りの勉強を終わらせた。


「お……終わった……」

「お疲れ、バサラ。いつもこれくらいやる気を出してくれたら、おれも楽なんだけど?」

「言うなよ。普段勉強が苦手ってことくらい、武士たけしならわかってるだろ?」

「そうだけどね」


 死にそうな声を出して机に伏したバサラを労い、武士たけしは彼を促して教科書やノートを片付ける。それから、閑散とし始めた図書館内をぐるりと見回した。


「ねえ、バサラ。ここで寝てて良いから、おれの荷物も見といてくれないか?」

「良いけど……。まぁた、戦国時代か?」

「そういうこと」


 行って来いよ。バサラの言葉に背中を押され、武士たけしは彼をその場に残して本棚の方へと向かう。目指すのは、武士かけしが最も興味惹かれている時代、戦国時代に関する本が並べられているエリアだ。


(ここに来ると、いつもわくわくする)


 幼い頃から何度も訪れて来た地域の図書館。しかし専門書が並ぶ本棚をつぶさに見るようになったのは、武士たけしが高校生になってからだ。ドラマや小説、マンガの影響もあり、武士たけしは戦国時代の織田信長に強い憧れを抱くようになっていた。

 ゲームやマンガ、小説等でも注目される織田信長は、戦国の覇者としても名高い。本能寺の変で倒れなければ、もしかしたら今の日本の形は違っていたかも、というタラレバ話がある程だ。

 織田信長をきっかけに、武士たけしは高校の教科書や資料集だけでは飽き足らず、図書館で専門書を読み込むことが増えた。読むことで知識が身に月、それをバサラによく説明している。バサラはそれをいつも眠そうに、ただちゃんと聞いてくれるのだ。


「バサラはあんまり興味なさそうだけど。……あ、これ読んだことないな」


 いつも眠そうに自分の話を聞くバサラを思い出し、武士たけしは小さく笑った。そして目にした専門家による戦国史の概要本を手に取り、それを借りるために受付へ足を向けようとくるりと体を反転させる。

 その時、傍にいた誰かとぶつかった。


「わっ、すみません!」

「こっちこそ。ってか、そんなに急ぐことかよ」

「バサラか。驚かさないでくれ」

「急に振り向いたのはそっちだろ」


 悪びれずにやっと笑ったバサラは、先程まで武士たけしが眺めていた本棚の前へと移動する。彼の視線が本のタイトルをなぞっていることに気付き、武士たけしは小声ながらも弾んだ声色で話しかけた。


「興味出たの?」

「あれだけ毎日戦国時代のことを聞いてたらな。……武士たけし、オレでも読めそうなのとか、オススメは?」

「ん~、じゃあこれとか」


 武士たけしが手に取ったのは、歴史を苦手とする学生でも理解し易いことをうたい文句としたテキストだった。マンガは飽きる程貸しているし、基礎的な知識はバサラも持っている。これくらいならば、理解して楽しめると踏んだのだ。

 手渡された本をパラパラとめくり、バサラは頷く。


「これなら、イラストも多いし読みやすそう。オレも借りてく」

「本当か!? ありがとう、バサラ」

「ま、いつも勉強に付き合わせてるしな」


 嬉々として背中を押す武士たけしに面食らいながらも、バサラも照れ笑いを浮かべた。二人して受付で一週間の貸し出し許可を得ると、閉館時間まで残り十分を切っていた。


「やべっ。そろそろ帰ろうぜ、武士たけし

「うん。明日は学校だし、早く帰ろう」

「腹減った」


 武士たけしとバサラはそれぞれ自転車に乗り、共に家に帰る。とはいえ、お隣さんの二人の帰る方向は全く同じだ。


「じゃあ、また明日な。武士たけし

「うん、また明日。遅刻するなよ?」

「大丈夫。お前が起こしに来てくれるだろ?」

「毎度毎度、朝からお前の家に上がり込むおれの身にもなれ。おばさんも慣れちゃったじゃないか」


 調子の良いバサラに呆れつつ、武士たけしはバサラと別れて自宅へと入っていった。武士たけしの姿がドアの向こうに消えた時、丁度バサラも「ただいま」と家の中へ消えていく。


 ⚔


 その日の夜、武士たけしはベッドに横になりながら今日借りて来た本を読んでいた。

 本の著者は著名な日本史学者で、わかりやすい文体が読者に人気だ。彼の長年の研究に基づいた詳細な論文を数冊読んだことがある武士にとって、新たな研究成果について書かれた本を読むのはとても楽しい。


「……バサラも、面白いと思ってくれてれば良いけど」


 勉強が苦手な幼馴染を思い出し、武士たけしはくすりと微笑む。


 同じ頃、バサラもベッドの上で借りて来た本を読んでいた。普段ならば途中で放り出すのだが、何となく今回は読み進められている。


武士たけしが薦めてくれたやつだからか、読みやすいな)


 自分でも頭が良いとは口が裂けても言えないバサラは、勉強について武士たけしの世話になりっぱなしだ。だからこそ、少しでも同じものに興味を持つことが出来た時は同じ方向を見てみたい。


「もしもオレたちが戦国時代に生まれてたら、どんな風に過ごしてたんだろうな」


 タラレバはない。それでも、想像すると楽しくなる。きっとバサラは武士として力を振るい、武士たけしは黒田官兵衛のような軍師として戦を差配するだろう。

 バサラは新書の四分の一程の文量を読んでから、部屋の電気を消した。


 ほぼ同時に眠りについた武士たけしとバサラは、奇妙なことに全く同じ夢を見ることになる。しかも、見たこともない少女が夢枕に立つというものだ。

 いや、二人共何度も夢の中で逢っている。毎回忘れてしまうからこそ、違和感と共に対峙した。

 美しい黒髪をなびかせた和装の少女は、懸命に二人の少年たちに呼び掛ける。


 ――どうか、我が国を助けて下さい!


 彼女の言葉の意味を問う前に、二人の意識は夢の向こう側へと消えていった。


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