第53話 乱戦

 武士たけしとバサラが蒙利の本陣へと突撃した頃、木織田軍の本陣も無事ではなかった。


「申し上げます!」


 駆け込んで来たのは、武士たけしたちが二人だけで十人を相手取っているのを見た武士の一人だった。彼の青い顔が、ことの重大さを示している。

 信功は「申せ」と許しを与え、子どもたちが単独で複数を相手に戦っていることを知る。共に知らせを聞いた光明は、頭を抱えていた。


「あいつらは……」

「心配ではあるが、あの二人ならば乗り切るだろう。はっはっはっ。それにしても、その人数か」

「笑い事ではありませんよ、お館様」

「笑っているというより、わしは呆れているんだがな」


 肩を竦め、信功は遠い目をする。

 二人の少年の成長速度は、信じられない程に凄まじい。この世界の武士が幼い頃から身につけるあれこれを、彼らはたった半年程でものにしてしまった。それが危ういと感じるくらいには、信功は二人を気に入っている。


(あの二人に追い付き、手助け出来る者が我が軍には何人いるだろうか)


 凄まじい成長速度の裏には、二人の信念とも言うべき目標がある。高過ぎる目標だと笑い飛ばせればよかったが、現状を鑑みて笑うことは出来ない。

 信功は己の選択に間違いはなかったと確信する一方、その先にあるものへの責任を感じていた。しかしそれも、天命を覆そうとする己にとって楽しみでもある。


「全く、人の生とは何が起こるかわからんな」

「――っ、お館様!?」

「ああ」


 光明の警告に返すと同時に、信功は扇子を持つ手を翻す。パキンッという音と共に扇子が砕け、斬り掛かってきた蒙利の武士が体勢を崩した。

 男はまさか扇子で防がれるとは思いもよらず、愕然と目を見開く。それが最期の瞬間だと知りもせず。


「ぐあっ」

「ここまで入ったことは褒めてやろう。だが、わしとて簡単には殺されん」


 扇子が落ちたその傍に、信功が斬り捨てた男が崩れ落ちる。刀の血振りをした信功は、軽く息をついて本陣の警戒を強化するよう命じた。

 しかし何を思ったか、信功は椅子に戻らずに外へ向かって歩いて行く。


「お館様、何処へ行かれますか」

「……そろそろ、わしも出よう。仕度を頼む」

「はっ」


 光明の指示で持ち込まれた甲冑に腕を通し、信功は刀を腰に差す。馬を呼び、黒毛のそれにまたがった。




 一方、武士たけしとバサラは驚異的な勢いで蒙利の本陣へと攻め入っていた。仲間の助力を受け、傷を負いながらも前進を止めない。


「おらぁっ!」

「はあっ!」


 気迫と共に繰り出される斬撃が、敵の敵意を吹き飛ばす。歴戦の猛者が多いはずだが、二人の方が勝ちへのこだわりが強いのかもしれない。そんなことを敵将が思う程には、彼らは気合に満ちていた。

 息根を止め、返り血を浴びる。武士たけしは心の中で相手の冥福を祈りながら、手を緩めずにさばいていく。既に甲冑は赤黒く染まり、少し前までの自分では考えられないと苦く思った。


(護りたいものを護る強さ……少しは得られたかな)


 武士たけしの傍で、バサラも見事な刀さばきを見せる。彼の動き方は歴戦の武士さながらであり、身軽さを活かして敵の不意を突く。

 たった二人での蒙利攻略は流石に難しく、彼らが呼び込んだ味方を含めて乱闘が行われている。その中で、武士たけしは立ち止まった途端に咳き込んだ。休みなく動き続けていたツケか、と荒い息を整える。


「――っ、はぁ、はぁ」

「こんなとこで立ち止まったら終わるぞ、武士たけし

「わかってる。まだ、死なない」

「若造が!」

「ぐっ」


 背合わせになったバサラの言葉に応じた途端、蒙利の武将に叩き斬られそうになる。武士たけしは腕力で上回る相手に苦戦を強いられ、身を退き一旦距離を取った。

 しかしそれだけでは逃げ切れず、男は勢いそのままに追って来る。武士たけしは横っ飛びに躱し、体勢を立て直すと力任せな相手の刀を受け止めた。

 自分よりも小柄な武士たけしが抵抗を示したことで、男は目を見開いた。


「何っ!?」

「力勝負じゃ勝てませんけど……戦はそれだけじゃないんです!」

「そういう……こと!」


 ギャアッという断末魔の叫びと共に、男の体が倒れていく。視界が開け、武士たけしは血振りをするバサラに「助かった」と笑いかけた。


「バサラならやってくれると思ってた」

「賭けかよ。でも、お前がやりたいことはわかったからな」


 幼馴染舐めんなよ、とバサラは笑う。


「それに、まだまだ先はあるんだ。ラスボスがな」

「ラスボスって……」


 互いに血まみれで、まだ血を被らなければ目標には届かない。何処かから「お前たち先に行け!」という仲間の声が聞こえた。その声に応えるためにも、必ず大将の首を取らなければ。


「行こう、バサラ」

「おう」


 出て来ないのならば、無理矢理引き出すまで。二人は総数もわからないまま、蒙利の軍勢へと特攻した。




「……騒がしいな」

「申し訳ありません、お館様。すぐに様子を」

「構わん。既に来ている」

「は……」


 蒙利秋照は本陣にいた。

 外が騒々しいが、その理由はわかっている。ただ、己の軍勢が小さな国の軍勢に押されているという事実は、彼にとって不愉快千万な事実ではあったが。

 知らせを持って来た使者に水を飲ませ、再び戦場へと送り返す。そんなことを数え切れない程やって来たが、今回の斥候が持ち帰った知らせは一味違った。


「申し上げます。木織田軍の少年が二人、我が軍の武将たちと渡り合っております!」

「……少年?」

「はっ」

「たった二人、か」

「そ、その通りでございます」

「……ふむ」

「父上?」


 怯え切ってしまった使者に成り代わり、秋照の長子である秋成が父に尋ねる。何か、気になることでもあるのかと。

 すると秋照は、面白いと言って唇を歪めた。


「おそらく、そいつらが我が僕を殺した二人だろう。……礼は丁重にせねばなるまいな?」

「父上、何を……」

「俺が帰るまで、ここをお前に任せる」

「ち、父上!?」


 一度も小隊ですら息子に預けたことのない秋照が、自ら戦場へと向かうと言う。秋成は驚き唖然としたが、父に「行ってはいけません」と口ごたえした。


「あなたこそが、我が蒙利の大将です。父上が差配せずして、この戦に勝てましょうか!?」

「お前は、俺が育てた者たちを見くびり過ぎだ」

「それは……」

「案ずるな。壊れにくい玩具を見付けただけだ。すぐに戻る」


 楽しげに笑い、秋照は鎧兜を身につけた。

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