第41話 淡い期待は
兼平が女であることの衝撃が収まってから、
「あの、文には和姫に会いに来られるとありましたが……?」
「ああ、そうだ。この娘が無理をしていないか案じていたのでね。木織田殿とお話しする用もあったから、様子を見に来たんだ。そして、この
兼平はふっと目を細めると、
少年たちの素直な反応に、兼平は口元に指を添えて小さな声をたてて笑った。
「そんなに構えなくても、取って食いはしないよ。……それで、和姫。文にも書いてくれたが、どうやって異界から人を呼び寄せた? 本来、夢見の力にはそれ程強力なものは無いと思っていたのだが」
「はい。それに関しては、わたくしにもわかりません。ただ……」
「ただ?」
「……お二人の夢に出会った時、感じたのです。このお二人が烏和里には、豊葦原には必要だと」
「ふむ」
口元にあてていた指を細い顎に移動させ、兼平は考え込んだ。
その間、
バサラがそろりと手を動かし、茶碗を手に取る。冷めかけのそれをそっと飲み、茶菓子に手を出そうとした。ちなみに、茶菓子は練り切りである。
バサラの指が練り切りの梅の花に伸びた時、突然兼平が「もしかしたら」と呟いた。バサラはビクッと反応し、そろそろと手を引っ込める。
それに気付いた兼平は、クスッと笑った。
「練り切り、食べてもいいぞ。というか、私も食べるから皆で頂こう。茶も冷めてしまったからね」
「すみません」
「とんでもない。むしろ、遠慮させてしまった私に非がある」
からからと笑い、兼平は茶をすすった。
兼平の行動を皮切りに、三人の子どもたちもそれぞれ茶や菓子に手を出す。現代日本育ちの
四人が人心地つき、兼平が話を戻す。
「さて、先程の話の続きだが。これは私の突飛な考えかもしれない。だが、それ以外に考えが及ばないのだけれどね」
断りを入れ、兼平は三人を順番に見ていく。
「荒唐無稽と笑われるかもしれないが、私は『神』という存在を信じている。夢見の力とて、神から与えられた恵みだと考えているからな。……つまり、和姫に力を与えた神によって力が加えられ、この二人の子どもたちが
「神様が、力を貸して下さったのですか?」
「本来、夢見の力に人を移動させる力など無い。それは、夢見が記された古き文書を紐解いてもわかる。しかしその中に、幾つか人の
とはいえ、この状況を解き明かすことは出来ないがね。そう言って兼平は苦笑し、抹茶を飲み干した。
「二人の子どもを呼び寄せたことを文で知った後、私は蔵をひっくり返して同じようなことが過去になかったかを探した。しかし、そのような記述は一切見付からない。だから……お前たちが故郷に戻ることが出来る、と約束することは出来ないのだ」
「……」
「……」
兼平の言葉に、
しかし、和姫の反応は全く違った。兼平の言葉を聞き、顔色が青くなる。
「――っ。何となく、そうかと思っていました。けれど、もしかしたら、と。兼平様ならば、彼らを帰す術をご存知かと淡く思っていました。ですが……」
――ごめんなさい。
和姫は大粒の涙を流し、床に崩れ落ちるように平伏した。肩が小刻みに震え、しゃくりあげる声が響く。
「和姫……」
「顔を上げてくれよ、和姫っ」
姫君の行動に、
「和姫が気に病むことじゃない」
「そうだぞ、和姫! それに、オレたちも何となくわかってたことだから」
「……わかっていた、のですか?」
バサラの言葉に反応した和姫が、そろそろと顔を上げる。その目は真っ赤なうさぎのようになり、頬も赤い。
和姫に対し、
「わかってたって言うと何か違うけど。そうじゃないかなって察してたというか」
「オレたちがこの世界に来たのは、きっと奇跡的なことなんだと思う。そんな奇跡が行き帰りの道を示してくれる、なんて気の利いたことはないだろうってな」
「だから大丈夫だよ、和姫。おれたちは、この世界で生きていく覚悟はもう出来てるから」
「おう」
「そんな……何でそんなことを」
言葉に詰まる和姫だが、胸に手をあて深呼吸を繰り返す。そして軽く首を横に振ると、小さく微笑んだ。
「いえ、そうですよね。お二人の方が、わたくしよりも己のこととして考えておられますから。……本当に、お二人がここにいて下さってよかった」
「何言ってるんだよ。泣くのは早過ぎるだろ? それに
「勿論。必ず、和姫の視た未来を覆す。だから、泣かないでくれ」
「はい……っ。ありがとう、二人共」
和姫の細い両肩に
三人の仲の良さを見届け、兼平が「さて」と呟き手をパンッと叩いた。
「和姫。あなたの父上から、数日ここに留まる許しを頂いた。その間に、夢見の力を少しでも強くしておこうと思うんだが、どうかな?」
「力を、強く……? 是非、お願い致します。わたくしも、かどわかされただけの無力な姫のままでいて良いはずがありませんもの。この力をもっとうまく扱えるようになって、皆さまを危険から救いたく思います!」
「ならば、善は急げ。明朝から始めよう」
「はい!」
目をキラキラと輝かせる和姫の髪を優しく梳き、兼平は
「君たちも、良ければ来ると良い。お互いのことについて知る機会を増やすのも、大切なことだよ」
「……はい」
「応援してるからな、和姫!」
「ありがとう。
嬉しそうに微笑む和姫に胸の奥をキュッと締め付けられながら、
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