奪還

第27話 幾ら血を被っても

 数日後、信功を始めとした武将たちは烏和里を出発した。途中で氏神に勝利を願い、決戦の場になるであろう平野を目指して進軍するのだ。

 武士たけしとバサラは留守を守るため、和姫と梅に頼んで、姫の寝室の近くに部屋を一時的に移動させた。武富士の大将は戦に赴くはずだが、嫁入りを提示してきたこともある。何があっても姫を守り切るため、出来る限り彼女の傍にいるためだ。


「なあ」

「ん?」


 隣で光明に借りた書を読む武士たけしに、バサラは尋ねる。笑いそうになるのをひた隠して。


「そういや、この前から様子おかしくないか、お前」

「え!? な、何が……」

「いや、そういう挙動不審なところだよ」


 二人で新たな部屋過ごし始め、バサラは武士たけしの不審さに吹き出しそうになるのを何度もこらえてきた。しかし、そろそろ限界だ。

 見た目だけは心配そうに眉を寄せ、バサラが言う。それは、お互いの職務が終わって落ち着いた夕刻のことだった。

 思わず咳き込んだ武士たけしは、どうなんだと首を傾げるバサラを直視出来ず、ふいっと顔を背けた。自分の顔が赤くなっていることを知られたくないがためだったが、残念ながら耳まで赤い。


「あ~……っと。じ、実はさ」

「ああ」

「前に、和姫に縁談が来た時に」

「うん」

「よ、ようやく自分の気持ちに気付いたっていうか」

「……」

「……」


 武士たけしは体育座りをして、膝に顔を埋める。しばらくそのままでいたが、意を決したかのように顔を上げた。その瞳は真剣そのもので、茶化そうとしていたバサラも口をつぐむ。

 大きく深呼吸を二回して、武士たけしは隣の部屋には聞こえないくらいの声量で呟く。隣は梅の控えの間であり、その先には和姫の私室がある。彼女にはまだ、聞かれたくない。


「……おれ、和姫のことが好きなんだ。だから、あの縁談を、何が何でもぶっ壊したかった」

「……」

「あのが泣いてるから、余計に腹が立って。そんな奴に奪われてたまるか、絶対護り通してみせるって、思ってた。無意識だったけど、腑に落ちた。――おれは、彼女に惹かれてるんだ」

「……」

「ば、バサラ?」


 意を決した告白に、バサラの反応はない。

 不安に思った武士たけしは親友の顔を覗き込み、どうしたのかと訊こうとした直後。


「よーやく気付いたか、この鈍感!」

「いっ、いひゃいいひゃいっ!」


 ぎゅーっと両頬を引っ張られ、武士たけしはギブアップを知らせるためにバサラの腕をバシバシと叩いた。そうすることでようやく解放され、ジンジンと痛む頬に手を当てる。


「何するんだよ、バサラ!」

「お前が鈍感過ぎて、オレはびっくりしたんだよ! 全く、何でこんなにぼんやりしてんだこいつって何度言ってやろうかって思ってたんだぞ」

「し、辛辣だな……」

「辛辣にもなるだろ。何で、オレの方が先にお前の気持ちに気付くんだよ」

「ご、ごめん」

「はぁ……。くくっ」

「ふふっ」


 思わず叫び合った二人だが、顔を見合わせ笑い出す。何が可笑しいのかもわからないまま、ひとしきり笑い倒す。

 ようやく落ち着いたのは、互いに笑い涙が出始めた頃だった。


「本当に、色んな意味で驚かせて来るよな。武士たけしは」

「そうか? でも、バサラに話して、改めて覚悟は決まった気がする」

「覚悟? 何のだよ」

「うん」


 尋ねられ、武士たけしは表情を改める。座り方も体育座りから胡坐に変え、真っ直ぐにバサラを見詰めた。

 バサラもまた、姿勢を正す。ここからは冗談などではない、と肌で感じる。


「言えよ。真剣に聞くから」

「ありがとう。……自覚して、覚悟したんだ。おれは、彼女を護るためなら幾ら血を被ったって良い。汚れた手であの娘に触れることが許されないとしても、あの娘が大切なものを失って悲しむ顔をさせるくらいなら、おれがそんなことさせない」

「……そっか。なら、オレはその上を行ってやる」

「えっ?」


 虚を突かれ、目を丸くする武士たけし。バサラはそんな彼にずいっと顔を近付け、至近距離で指を差す。武士たけしの鼻に人差し指を押し付け、ニヤッと笑った。


「オレは、武士たけしと和姫の両方を護り通してみせるよ。何があったって、お前たちを護り切る。そうすれば、無敵だろ?」

「――っ、かっこつけるじゃん」

「良いだろ? そうすれば、姫の願いを叶えられるしな」

「ああ」


 バサラの言葉に、武士たけしは大きく頷く。

 二人がこの世界に召喚された理由は、和姫が視た未来を変えるためだ。烏和里が侵略され、和姫自身や信功たちが死ぬ未来を。

 武士たけしは右手で拳を作ると、離れたバサラに向かって突き出す。何のつもりかと戸惑う表情を見せるバサラに、武士たけしは「願掛けみたいな、指切りみたいなもんだよ」と彼にも拳を突き出すよう頼む。


「――必ず、やり遂げよう。そのための天下統一……いや、豊葦原統一だからな」

「そういや、天下ってのは都とかその辺りのことだけだっけ。やり遂げるぞ、俺たちで。絶対に」

「おう」


 コンッと拳同士が当たる。それが、武士たけしとバサラの約束の形だ。

 笑い合い、二人の話は別のことへとずれていく。たわいもない、今日一日のことを報告し合うだけのものだ。


「――成程。これは、少し面白いことになってくれそうだ」


 だからこそ、まさか床下で会話を聞いている者がいるなど思いもしない。

 音もなく、誰かに気付かれることもなく館を出たは、そっと東へ向かって駆け出した。




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