第112話 海賊たちの秘密の会合②◆

 ヨハンが酒場の外に出ると、空の上を黒い影がゆらりゆらりと右往左往しているのが見えた。


 そのシルエットはまるで巨大な鳥のように見えたのだが、よく見ると木の骨組みに布を貼り付けただけの巨大なたこで、その凧には一人の男が乗っていたのである。


「助けてくれ〜〜っ! こいつ俺の言うこと全然聞いてくれないんだよぉ〜〜っ! お前ら退いてくれ―――っ!」


 「……おい、あの凧、墜落するぞ」と見物人たちがざわめく中、男の乗った凧は風にあおられ、そのまま店の反対側へと流されていき……


 ガラガラガッシャーン‼︎


 墜落したのか、店の裏からものすごい音が返ってきた。


「……やれやれ、世話の焼けるヤツめ」


 ヨハンはため息を吐いて首を振ると、今度は店の裏手へ回る。


 カラカラカラカラ……


 店裏の路地に出ると、ゴミバケツのふたがヨハンの足元に転がってきた。路地を進んでいった先には、例の巨大な凧に乗っていた男が、店のゴミ捨て場に凧ごと突っ込んでおり、大量のゴミの山の中に体を埋めてしまっていた。


「相変わらず目立つ登場の仕方だな。まだ空を飛ぶ夢を諦めきれないのか?」


 ヨハンがあきれた表情でそう尋ねる。すると、その凧男はヨロけながら立ち上がり、ヨハンに向かって人差し指を振りながら答えた。


「……いやいや、そうではない。そうではないのだよ」


 男は細身の体で背が高く、襟や肩に無数の鳥の羽を張り付けた奇抜な燕尾服えんびふくに身を包んでいて、まるで昔の西洋のかつらみたいな髪型と、尖った鷲鼻わしばなが特徴的な堀の深い顔をしていた。彼はゴミ袋の山からどうにか抜け出して燕尾服の汚れを払い、それから地面に落ちていた山高帽を拾ってチョンと頭に載せると、それからこう言葉を続けた。


「私は空を飛びたいんじゃない。鳥になりたいのだ。いつか鳥と一つになって、大空を自由に飛びたいという夢がある! そのために、わざわざここへ来るのにも、この『ダイイング・ガル』6号を使って………ああっ! なんてことだ!」


 鷲鼻の男は、ゴミ捨て場に突っ込んでスクラップと化してしまった鳥型の凧を見て声を上げる。


「あぁ!……私の愛しい『ダイイング・ガル瀕死のカモメ』6号がぁ! なんというあられもない姿になってしまったのだ! くっ……お前のことは生涯忘れない……共に空を飛べたことを、私は誇りに思うぞ……うぅ……」


 折れた骨組みをかき集めながら、彼は涙にむせび、悲嘆に暮れていた――のだが……


「いや……しかし、よくよく考えれてみれば、君が私の言うことを聞かなかったからこうなったのだ。主人の言うことを聞かずに落ちてしまうような鳥など、鳥として失格! そこで大人しく反省してるといい!」


 男は途端にケロッと態度を変えて、抱きしめていた凧の残骸をその場に放り出してしまった。


 そうして男はパンパンと手を叩いてヨハンの方へ向き直ると、パアッと表情を明るくさせ、さも嬉しそうに両腕を伸ばして彼の方へ近付いてゆく。


「おぉ、これはこれは! 偉大なる八選羅針会のリーダーともあろうお方と、再びこうして相見あいまみえることができたとは感激だな! 早速、再会のハグを……」

「いいや結構だ。生ゴミの臭いが移る」

「まぁまぁそう言わずに、ほら――」


 男は抱き付くようにヨハンの首元へ手を回すと、パチンと指を鳴らした。そして手を離すと、いつの間にか彼の手元には小さな白い鳥が乗っていて、翼をパタパタさせていたのである。


「ピィピィピィ。ほら、君の肩に鳥が止まっていてね。よほど君が好きらしい。久々に出会えた友情の証だ。これは君に進呈しんていしよう」

「……どうせオモチャなんだろう?」

「ハッハッハッ! ―――正解、さすがは目が鋭い」


 ヨハンの問いかけに、彼は声を上げて笑ったかと思うと、肩をすくめて素っ気なくそう返し、手に乗っていたゼンマイ仕掛けの鳥の玩具をポイとその場に投げ捨てた。


「それにしても、会えて嬉しいよ。元気にしていたかね? 青髭ブルービアード

「君こそ、元気そうで何よりだ、『黄金の鷹ゴールデン・イーグル』」


 久々に再会を果たした二人は、そう言って互いの手を固く握り合った。



 黄金の鷹ゴールデン・イーグル――こと、八選羅針会の一員である『ドリームフライト』号船長アスキン・バードマンは、凧騒動を終えて、ようやく酒場のカウンター席に腰を落ち着けた。


「いらっしゃいませ〜! 探検家船舶組合ボート・コンパニオン公認の酒場、『スラッシー』へようこそ!」


 お店で注文を聞いて回っていたルミーネが、パチッ★とウインクして出迎える。ついさっきまで彼女の目元に掛けられていた眼鏡は外され、クールモードからニコニコ接客モードへ切り替わっていた。


「おや、これはこれは! 今日もお美しいですね。お元気でしたか、マドモアゼル?」


 アスキンは彼女の前で仰々ぎょうぎょうしく頭を下げ、頭の山高帽を取って見せる。すると、いつの間にか頭上にはゼンマイ仕掛けの鳥の玩具が乗っていて、翼をパタパタはためかせていた。


「ふふっ、相変わらず出し物がお上手ですね」

「それはもう、私が海賊になる前からこれで生計を立ててきた身ですから。この子もあなたに会えて嬉しそうだ。ピィピィピィ、この鳥を美しいあなたにも差し上げましょう!」

「それは結構です。生ゴミの臭いが移るので」


 アスキンからの贈り物を満面の笑みで断ってみせたルミーネは、そのまま注文のために他の客のいるテーブルへ行ってしまった。


「ハハッ、彼女も変わってないねぇ。天使のような笑顔で問答無用に突き放してくるのは……本当に骨身ほねみに応えるよ。ハハハ……」


 そう言ってガクリと項垂うなだれるアスキン。同時に彼の頭上に乗っていたゼンマイ仕掛けの鳥の玩具も、まるで瀕死のカモメダイイング・ガルよろしくカウンターテーブルの上を転がり、横になったままパタパタと翼を打っていた。


「――さてさて、前置きもこの辺にして、と………八選羅針会のリーダーが直々にこの私を呼び出すくらいだ。何かよっぽどのことがあったのだろう。違うかね?」


 ルミーネに突き放されて傷付いていたのも束の間、アスキンは再びケロリと表情を変えて、隣に座るヨハンにそう尋ねた。


「……王国側が、『デスライクード』号を完成させた情報は耳に入ってるか?」

「あぁもちろんだとも。最新鋭艦が処女航海した同じ日に、タイレル侯爵が死亡したって話もね」


 アスキンはそう言って、被っていた山高帽をカウンターに置く。


「まったく、近頃になって、王国のお偉い方がやることはどれも物騒過ぎるよ。彼らとは距離を置いて関わらないでおくに限るね」

「……それが、そうも言ってられない状況でな。その最新鋭艦の艦長が、俺たちとも馴染みのある面をしていたのさ」


 ヨハンの言葉に「何だって?」と眉をひそめるアスキン。


「そいつのあだ名は――『黒き一匹狼ブラック・マーベリック』」

「コケッ⁉︎」


 アスキンは驚くあまり、喉の奥からニワトリの鳴き声みたいな奇声を上げた。


「ヴィクター⁉︎ 何でアイツが王国に肩入れしてるんだ?」

「詳しいことは知らんが、おそらくヤツは羅針会を破門されたことで俺たちを恨んでいる。おおかた、王国に付け込んで俺たち海賊を一掃しようって腹なんだろう」


 「まさか、アイツがねぇ……」と驚いているアスキンの傍で、ヨハンは話を続ける。


「ヴィクターは俺が羅針会から追放した。ヤツが俺たちに恨みを持とうが、どこで暴れようが、『知ったことじゃない』と言えばそれまでだろう。……だが愚かなことに、あいつは戦時中に俺の生涯の友であったシェイムズに戦いを挑み、敗北した恨みを無関係なシェイムズの娘にまで向けようとしている。……ヤツの身勝手な行動は本当に目に余る。王国の情勢に関わらない方が良いとはいえ、これは俺たち羅針会の元メンバーが関与してる問題でもあるんだ。黙って見過ごす訳にはいかない」


 ヨハンの言葉に、アスキンはしばらく考え込むように腕を組んでいたが、やがて仕方ないとでも言いたげにため息を吐く。


「……まぁ、我ら八選羅針会のリーダーがそう言うのならば仕方があるまい。王国に喧嘩を売るような真似など、できればしたくはないのだが――」

「……いや、羅針会のリーダーとしてとか、そういうことじゃない」


 するとヨハンは首を横に振り、アスキンの言葉に訂正を入れる。


「長年同業者海賊を続けている同じ仲間のよしみとして、お前に頼みたいんだ」

「コケッ!」


 そう言われたアスキンは、またしてもニワトリのような鳴き声を上げ、ポッと顔を赤くした。


「なな、なんと……私に羅針会リーダーとしてでなく、友として頼もうというのか! それは……そんなことを言われては、断ろうにも断れないではないか‼︎」


 そして、彼はバン! とテーブルを打って立ち上がり、声を上げた。


「よし分かった! この私、『黄金の鷹ゴールデン・イーグル』ことアスキン・バードマンが、親友である君の頼みを、しっかり聞き届けよう!」


 アスキンはそう言って、自慢げに胸を張って見せていたのだが――


 少しして、思い出したようにヨハンに尋ねた。


「………で、その頼みというのは、何かね?」

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