第3章 メランコリック・ドラゴン
第49話 ロシュール王国領主会議にて①◆
ロシュール王国領空に浮かぶ島々の中で、最も広大な面積を持つライナス大大陸。その大陸にはいくつもの都市が散在しており、中でも最も栄えている都市が、ここ王都アステベルだった。商いが盛んで賑わいを見せる城下町の中央には、国王の居城であるマイセンラート城が構え、数ある
そんな巨大な城の一角、大理石で作られたドーム状の天井が印象的な円筒形の部屋。壁の四方にはロシュール王国の国旗が掲げられ、部屋の中央には巨大な円卓が置かれていた。円卓を囲って置かれている椅子は全部で七つ。そして、その椅子に腰掛けているのは、合わせて六名のみ。
一人は、ロシュール王国国王レーンハルト・バルデ・マイセン。その隣には、国王の第一王子であるラングレート・バルデ・マイセン。
そして、王国の各領土を統治する貴族領主たち――左から順に、
「トムレス
「ケースベルク
「タイレル
……そして最後に、ライルランド男爵領領主――ではなく、今では男爵領と
王国領主全員が集まって月に一度開かれる定例会議。しかし最近は、王族と貴族領主との関係が悪化したせいで、開催される頻度もまちまちとなってしまっていた。
お互い、何らかの思惑を抱えたような目付きで
「では領主諸君、本日は多忙の中、遠路遥々よく王都まで足を運んでくれた。王国全土の民に代わって礼を言う。これからも諸君との繋がりを密にするためにも、こうして一堂に集う機会を増やせるよう配慮したいと思っている。君たちも協力してほしい」
領主たちの前でおべっか交じりにそう語り、深く頭を下げる国王。その様子を見ていた第一王子のラングレートは、見苦しいものを見るように眉をしかめ、目を背けて小さく舌打ちをした。
「世辞はそのくらいにして、本題に入ってもらおうか。国王陛下の仰る通り、我らは多忙なのだ。一刻でも時間が惜しい」
「まったくだ。この前だって、何があって呼び出されたかと思えば、つまらん賊が王国の船を襲ったという話だけ。この調子では、いずれ街のとある商店に空き巣が入っただけでも、我々領主全員が呼び集められてしまうのではないか?」
トムレス子爵とケースベルク伯爵が、あきれたように皮肉を交えて言った。
「う、うむ……では、さっそく本題に入ろう。今回もその海賊が、我々王国の船団を襲ったのだ」
「まだその話か! もう聞き飽きましたぞ」
国王の提示した話題に、ケースベルク伯爵のヤジが飛ぶ。しかし、国王は深刻な顔をしたまま言葉を続けた。
「今回はただの賊ではない。賊の中でも最も手練れな者たちの集まり、あの『
ニーナの名前が挙がった途端、円卓を囲う一同がざわめく。
「しかし陛下、
「護衛船団の
「して、その言伝とは?」
「我が息子であるラングレートが、エルフの娘サラとの縁談を成立させたこと、必ず後悔させてやると……実際、襲撃された輸送船にも、我が息子の結婚式へ向けた準備のために必要な嗜好品や酒類を大量に積んでいた。それを既知の上で襲撃したのだろうな」
国王がそこまで言ったとき、隣に座っていた第一王子ラングレートが、円卓を手で叩いて勢い良く立ち上がり、怒声を上げた。
「だからあの縁談は愚策だと申したのだ父上! 戦後の王国を再び立て直すべく立てる策がまだ
「ラングレート、我が王国を長きに渡り繁栄させるためにも、あの縁談は必要なことだったのだ」
「しかし、事実それが引き金となって、今こうして蛮族共から嫌がらせを受けているのですよ! 物資を奪われ、民はますます
「私の命令は絶対だ。私はお前の将来の分まで見据えて、今こうして行動を起こしてやっておるのだぞ」
「私はもう十分立派に一人で歩けます父上! この国の現状もよく理解している。私に全てを託してもらえるのなら、その卑しい蛮族共も一網打尽にしてやれるというのに!」
「ラングレート! 口が過ぎるぞ。領主たちも集まる前で慎むことを忘れたのか?」
国王から一喝が飛ぶ。ラングレートは、領主たち全員から冷めた目で見られていることに気付き、
「やれやれ、王族間の揉め事に、我ら領主を巻き込まないでもらいたいものだな」
二人の言い争いを傍で見ていたケースベルク伯爵が、あきれたようにため息を吐く。
「しかし、このまま放っておく訳にもいくまい。いずれ我々の領地にも海賊が出現しないとも限らん。最近は
そう意見したのはトムレス子爵。そこへ、機会を狙うように手を挙げる者がいた。
「陛下、その海賊のことについてなのだが――」
「うむ、何かね? ライルランド大公殿」
ライルランドは得意顔で国王を見やると、こう語り始める。
「以前陛下にもお話しした、私の推進する『
ライルランドの進捗報告を聞き、「おぉ」と国王が感激の声を上げる。
「さらには、百発の砲弾を受けても傷一つ付かないという不沈の
「それは誠に心強い限りだ。……しかし、それだけの軍資金を一体どうやって集めたというのかね?」
そう尋ねる国王に向かって、答えたのはタイレル侯爵領領主のオーデシアン・タイレル侯爵だった。
「ホッホッ、それはもう、我が『タイレル商会』の手にかかれば、それくらいの資金を集めることなど容易いことですヨ。ライルランド大公サマのおかげで、我が商会も大変繁盛しておりましてネ。まったく、大公サマには感謝の言葉しかないですヨ」
他の領主たちとは異なり、チョビ髭の下に絶えずニヤケた笑みを浮かべて気取った話し方をするのは、オーデシアン・タイレル侯爵。ぶくぶくと太った体に不似合いなタキシードは、今にも前のボタンが弾け飛んでしまいそうである。
彼は「タイレル商会」と呼ばれる一大商社を取り仕切っており、主に軍事用の武器や兵器を開発・量産し売りさばく武器商人であった。――しかし、これは表向きの話であり、実際は王国で禁じられている奴隷取引による利益がその大半を占めていて、王国の裏社会では「奴隷侯爵」として名を
「いえいえタイレル侯爵殿、こちらはただ指示出ししてばかりだというのに、そちらで全ての手はずを整えてくださり、ありがたい限りです。感謝すべきなのはむしろ私の方ですよ」
「ホッホッホ、これも我が商会の得意分野でしてネ。礼には及びませんヨ」
そう言って、タイレル侯爵は自慢げにふくよかな腹を震わせて高笑いした。
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