第55話 私、ちゃんと船長できてましたか?(※途中から◆)

 ニーナたちが救出されて俺の中へ引き上げられると、船上は乗組員たちの歓喜の声であふれた。


「ニーナ船長が戻って来たぞ!」

「やったな! あの新人もなかなかやるじゃねぇか!」

厄災の炎竜フレイム・オブ・トラジディのケツに一発かますなんて、ブッ飛んだことしやがる嬢ちゃんだぜ!」


 世界最強とうたわれるドラゴンに真っ向から立ち向かい、ニーナの救出作戦を見事成功させたラビを称賛しない者はいなかった。かく言う俺も、反対を押し切ってまで実行してみせたラビの大胆な決断と行動力に驚きを隠せずにいた。


 ラビの考えた作戦は、俺に装備されたマジックアイテムである「神隠しランプ」を使って姿を隠し、黒炎竜がギリギリまで近付く瞬間を狙って一斉砲撃。相手が倒れた隙にニーナたちを救出しようというものだった。一か八かの勝負ではあったが、敵を目の前にして怯むことなく声を張り上げ突撃する彼女の姿は、まさに歴戦の猛者もさと例えても過言ではないほどにいさましかった。


「ニーナさんっ!」

「え? あ、ちょっ――」


 無事救出され、怪我をした脚に治癒魔術をかけていたニーナ。そこへ背後からラビが思いきり抱き付いてくる。


「良かったぁ! 無事でいてくれて本当に良かったです!」

「痛っ! ちょっと! まだ治癒魔術かけてる最中だっての!」


 ニーナは抱き付くラビを引き離そうとするが、嬉しさ極まって、まるで縫いぐるみのように放そうとしない。こういうところはまだ子どもなんだよな……と、俺は二人の微笑ましい様子を傍から眺めていた。


 自分の治癒魔術で脚を完全に治してしまったニーナは、それからラビに向き直って、少し恥ずかしげに俯きながらも、彼女に礼を言った。


「ま、まぁでも、その……さ、サンキュね。助けに来てくれて……」

「えへへっ、どういたしまして。ニーナさんを助ける決断ができたのも、ニーナさんが私に教えてくれた言葉のおかげです」


 そう言って、ラビは子どもっぽく無垢な瞳を細め、はにかんでみせる。


「初めてで、ニーナさんみたいに強くてアウトローな船長になれていたかどうか分からないけれど……私、ちゃんと船長できてましたか?」


 ラビの問い掛けに、ニーナは自分の心の中で何かが弾むのを感じた。自分を助けに来てくれたときのラビの雄姿が脳裏を過る。


 ニーナがふっと笑みをこぼし、ラビの問い掛けに応えようとした、そのとき――


 ズズズズズ……


 それまで瓦礫がれきの下敷きになって沈黙していた黒炎竜が、再び動き出したのである。


『おいラビ! 黒炎竜がまだ生きてる。俺の魔力も残り少ない、早いとこズラかるぞ!』

「はっ、はい師匠! 総員展帆っ! 魔導機関始動、後進強速っ!」


 ラビの命令を聞いて、マストに登っていた掌帆手が帆を広げ、操舵手が速力通信機エンジン・テレグラフのレバーを「後進強速」に合わせた。


「船首追撃砲用意! 準備でき次第、砲撃開始っ!」


 前甲板フォアデッキにある二門に加え、下砲列甲板ロワー・ガンデッキの船首からも二門、計四門の大砲が押し出され、前方のドラゴン目掛けて火を噴く。


 しかし、砲弾は命中したものの、全身を覆う漆黒のうろこに全て弾き返され、追ってくる勢いを止められない。


 すると、黒炎竜がまた大きく息を吸い始めた。口元から煌々こうこうとした赤い光が漏れ出る。


『ヤバい! ブレスが来るぞっ!』


 俺がそう叫んだときには、黒炎竜が巨大な火の玉を吐き出していた。俺は辛うじて天井から伸びている石柱の背後に隠れたが、強力な火の玉は太い柱を粉々に打ち砕き、爆発の勢いで船体がぐらりと大きく傾いた。


「あっ!―――」


 船が傾いたせいでラビの体がふわりと宙に浮き、爆風が背中を押して、彼女は甲板の外へ放り出される。


『おいラビっ!』

「ラビっち危ないっ!」


 すかさずニーナがラビへ手を伸ばすも届かず、俺が念動スキルで受け止めようとするも間に合わず、彼女の姿は甲板から消え失せ、崩れる瓦礫がれきと共に、洞窟の底へ真っ逆さまに落ちていった。


『ラビ―――――――――っ!!』



 遠退いてゆく師匠の声を最後に聞いたところで、ラビの意識は途切れた。


 暗闇の中に飲み込まれてゆくような感覚。かつて両親を亡くしたあのときの記憶が蘇ってくる。


「――ラビ、これからは、お前一人で生きていくんだ。今は辛くても、いずれは誰もが通る道だ。どんな時も強く、そして何より優しくありなさい」

「お父様は来ないの? どうして? 来ないのなら、私もここに残りたい!」

「あぁラビ。私の愛する娘よ……どうか、達者でいてくれ」

「イヤっ! 私もお父様と一緒に行くのっ!」


 暗闇の中に、父親の姿が遠のいてゆく。落ちてゆくラビは父親に触れることすら叶わず、ただどこまでも広がる闇の中で、ひたすらもがき続けることしかできなかった。




「――――はっ!」


 目が覚めて、ようやく闇の牢獄から解放されたラビ。どうやら今まで悪夢を見ていたらしい。全身は汗でぐっしょり濡れていて、体の節々が酷く痛かった。


「あ、あれ?………私、たしか船から落ちて、それで………あっ、師匠っ!」


 そこまで思い出したラビは、ハッとして体を起こし、師匠の名を呼んだ。しかし、目の前に師匠であるクルーエル・ラビ号の姿は無く、周りにあるのは瓦礫がれきの岩ばかり。そして真上には……


「これは、何かしら?……天井にしてはやけに低くてツルツルしてるけど……」


 自分の頭上を覆う平らな天井のようなものを見て、ラビは首を傾げた。


(私、ひょっとして崩れた岩の下敷きになったの? ……まさか、師匠やニーナさんたちも巻き込まれて?)


「そ、そんな……どうしよう………」


 師匠たちのことが心配でソワソワしてしまうラビ。


 するとそこへ――


「………あ、起きたの?」

「ひゃいっ⁉」


 突然頭上から声がして、ラビは飛び上がった。


「あ、あの……ごめんね。起こすつもりはなかったんだけど……」


 その声は、まるで少年のように幼く、おどおどしていて、全くと言ってよいほど覇気はきが無かった。


「あ、ああああの……どなたですか?」


 恐怖に身を縮めながらそう問いかけるラビ。すると誰かも分からぬ少年の声は、おどおどした声でこう答える。


「あ、そっか……ボクの翼が邪魔で、よく見えないよね……今、退くね……」


 すると、それまでラビの頭上を覆っていた天井がズズズと音を立てて動き始めた。上にかぶさっていた瓦礫がれきの崩れる音がして天井が外れ、それまで狭かった視界がひらける。


 目が慣れない間は何も見えなかったのだが、徐々に暗闇に目が慣れていくと――


 そこには、熟練なエルフの乗組員たちでさえ厄災の炎竜フレイム・オブ・トラジディと恐れていた、漆黒の鎧を持つ巨大な黒炎竜が目の前に鎮座していて、真っ赤に光る二つの眼が、ラビの方をじっと見つめていたのである。


「ひゃっ!」


 驚いた拍子にその場で尻もちを付いてしまうラビ。けれど黒炎竜はその場に居座ったままで、彼女を襲う気配はない。


「あ……なんか、ごめんね……君まで巻き込むつもりはなかったんだけど……って、ボクの言葉、君には分からないよね……」


 その声は、どうやら目の前にいる黒炎竜が発しているようで、ラビは驚きながらも、おずおずと答える。


「あ、あの……私、あなたの言葉、分かります」

「えっ、ホントに? ……すごい、ボクの言葉が分かる人間と出会えるなんて………こんなボクにも、たまにはイイことあるものなんだなぁ……」


 黒炎竜は自分の言葉が理解できる人間と出会えたことに感極まっているようで、しばらくの間ブツブツ何か独り言のようにつぶやいていたが、やがてポカンとしているラビに気付き、慌てて話を戻した。


「……あ、ごめんね。言葉の通じる相手と話すのが久々で、ちょっと感動しちゃった……えと、初めての人と会ったら、まずは自己紹介からだよね」


 そう言って、黒炎竜は漆黒の鎧に覆われた体を持ち上げると、ラビの前でペコリと頭を下げ、名乗りを上げた。


「ボクの名前は、グレンサール・デ・ラトゥアス。……あ、とっても長ったらしい名前だから、別に覚えてくれなくていいよ……でも、覚えてくれるのなら嬉しいけど………もし、ボクを名前で呼んでくれるって言うなら、その……普通に、『グレン』って呼んでほしいな。なんて………駄目かな?」

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