第54話 カッコ付けてたくせに、超ダサくね?◆

「はぁ~~~~~っ⁉ ちょっと~~~~っ! こんなとこにドラゴン居るとか聞いてないんですけどぉ~~~~~っ!!」


 ニーナ率いる調査隊は、突如として現れた黒炎竜を前に、ひたすら逃げ惑っていた。ラビたちの待機する船まで必死に走るのだが、離れ過ぎてしまったせいで軽くドラゴンに追い付かれてしまう。


「食らえっ! ”旋風貫通矢ウインドバスター・アロー”っ!」


 ニーナが風魔術を込めた魔法の矢を放つも、強固な黒い鎧の前にはびくともせず、簡単に弾き飛ばされてしまう。


「駄目だ船長! ヤツに俺たちの魔術なんざ通じねぇ!」

「早く逃げましょう船長!」

「くっ……あぁもうサイアクっ!」


(でもどうして……ずっと「気配感知」で常に周囲をサーチしていたのに、どうしてこいつは引っ掛からなかったの?)


 ニーナは逃げながら疑問に思った。最初、彼女は洞窟へ入ったときから、妙な違和感を感じていた。ここは危険な場所だと、エルフの長年の勘がそうささやいていた。そこで、彼女はスキル「気配感知」を使って常に周囲を警戒していたのだ。


 しかし、警戒した割に敵らしき反応は無い。先ほど感じた違和感は気のせいだったのか? 


 気にはなるものの、周りに転がる沈没船から何かしら獲物を得たいという海賊としての欲求を抑えられなかった彼女は、浅はかにも自分の第六感が放つ警告を無視して、洞窟に下りてしまったのだ。


 この先に、「気配遮断」スキルを持つ最強ドラゴンが潜んでいるとも知らずに……


「いや、さすがにこれは予想外だったわ……こうなったら――ごめん! クリーパーちゃんヘルプっ!」


 ニーナは指にはめていたマジックアイテム「召喚指輪サモンリング」を使ってクリーパードラゴンを呼び出した。緑のうろこを持つ風属性のドラゴンが放たれる光と共に召喚され、襲い掛かる巨大ドラゴンに向かって突撃してゆく。


「必殺! 『斬刃旋風カマイタチ・スラッシュ』!」


 クリーパードラゴンの口から放たれた咆哮ほうこうが見えない刃となり、黒炎竜に直撃。


 キィン!


 ――しかし直撃した瞬間、耳障りな音とともに見えない刃は弾き返され、四方に飛散。クリーパードラゴン自らも返ってきた刃を翼に受けてしまい、悲痛な鳴き声を上げた。


「ウソでしょ……」


 ニーナは驚愕のあまり目を見開く。戦力差があり過ぎて、これではもはや戦いにもならない。クリーパードラゴンは傷を負いながらも黒炎竜に立ち向かおうとしたが、鞭のようにしならせた尻尾に打たれて吹き飛ばされ、沈没船の一隻にぶち当たって、崩れ落ちる残骸の中に埋もれてしまう。


 クリーパードラゴンが動けなくなったことを確認して、再びニーナたちを追い始める黒炎竜。逃げ遅れた海賊団の数人が、その巨大な脚に踏み潰され、崩壊する瓦礫がれきの下敷きになってしまう。背後から仲間の悲鳴が上がる中、ニーナはひたすら走り続ける。


 すると、黒炎竜の行動に異変が起こった。巨大な図体を反らして頭を持ち上げると、口を大きく開いて息を吸い込み始める。


「―――っ! みんな隠れてっ!」


 黒炎竜の喉奥が赤く光った次の瞬間、巨大な火の弾が口から吐き出され、近くにあった残骸に命中し、大爆発を起こした。ニーナは爆風に飲まれて吹き飛ばされ、地面に転がる。


「痛っ!」


 慌てて体を起こそうとするが、爆発して飛び散った破片の一つが、ニーナの右脚に深く突き刺さってしまっていた。


「くっ、早く治癒を――」


 怪我した脚に治癒魔術をかけようとして、ニーナは自分の倒れている地面が、巨大な影にすっぽり囲われてしまっていることに気付く。


 顔を上げると、そこにはニーナをじっと睨み付ける、赤々と燃えた二つの眼があった。


「ひっ―――」


 この瞬間、ニーナは自分の死を直感した。これまで、海賊稼業を続けている中で何度もこのような危機一髪な場面に遭遇しつつ、その度に鋭い危機回避能力と持ち前の強運で切り抜けてきたニーナ。しかし、『褐色の女神ブラウン・グッドネス』と呼ばれた伝説の海賊も、もはやこれまでのようだ。完全に焼きが回ったと、ニーナは思った。


 "自分の命は自分で守る"―――


 船を降りるとき、ラビに向けて放った自分の言葉が脳裏を過ぎり、思わず自嘲じちょうの笑みを浮かべてしまうニーナ。


(あの子の前で散々カッコ付けてたくせに、超ダサくね? 私……)


「はぁ~あ……こんなジメった洞窟の中で最期とか、ないわ~」


 黒炎竜が大きく片腕を振り上げ、死神の鎌のように鋭い爪先を煌めかせる。迫る死への恐怖に、ニーナが思わず顔を伏せてしまった、そのとき――


 ドンドンドンドンッ!!


 背後から破裂音が連続してとどろき、同時に腕を振り下ろそうとしていた黒炎竜が咆哮を上げて体を仰け反らせ、残骸の中に崩れ落ちた。


「ほ、砲撃っ⁉ 一体どこから――」


 ニーナが振り返ると、それまで何もなかった自分の背後に、突如として黒い船影が浮かび上がった。


 まるで幻のように現れたその船――クルーエル・ラビ号は、ニーナの真後ろへ滑り込み、右舷にある全砲門を開いて一斉砲撃を繰り出していたのだ。


「ラビっち⁉」


 ニーナは、船腹の板渡り甲板デッキにラビの姿を見つける。彼女は甲板の手すりの上に脚を掛け、索具を握って大きく前に体を乗り出していた。そして、今にもずり落ちそうなニーナの三角帽子トリコーンを片手で押さえながら、大声で叫ぶ。


「ニーナさんたちを発見っ! 急いで救出用の縄ばしごを下ろして! 砲手は次弾装填! 遅れをとるな! ぶちかますぞ野郎共っ!」

「「「「オオ――――――ッ!!」」」」


 まるで少女とは思えない気迫に満ちた掛け声を前に、乗組員たちも奮い立って声を上げる。これまで見てきたラビとはまるで別人のようで、ニーナは目を丸くしてしまう。


「あっ、ニーナさん! 今はしごを下ろしますから、つかまってくださ~~~い!」


 倒れているニーナを見つけたラビが、大きく手を振る。


「あの小娘、俺たちを助けに来てくれたのか⁉」

「やってくれるじゃねぇかあの新入り! 行きましょうぜ船長!」


 生き残った調査隊の仲間たちが、怪我を負ったニーナの肩を持って立ち上がらせる。勇ましく立ち向かうラビの姿を見たニーナは、思わずフッと笑みをこぼし、肩を落としながら言った。


「あはっ……あの子ったら、ガチで良いとこ見せに来てんじゃん。こりゃしてやられたな~」

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