第12話 奴らをハメる「罠」と化した俺

 一方その頃、上の甲板では、商人とその部下たちが、まだ呑気のんきに酒盛を楽しんでいた。


「いや~、それにしてもお頭、あんなにキレイな少女の奴隷を手に入れられたなんて、ツいてましたね」

「ふん、強制労働や使用人用の薄汚い奴隷など、帝国に行けばいくらでも買える。だが、奴隷取引が禁じられているこのロシュール王国内で唯一奴隷が買えるのは、タイレル侯爵が経営する『タイレル商会』のみ。おおやけに取引ができずアングラ化するから、当然奴隷にも訳ありのやからがそろう。身寄りのない子ども、戦争孤児、希少なエルフ族や獣人族の女――そして、貴族同士のいさかいに巻き込まれて一族を根絶やしにされた、哀れなもな」

「ああ、なるほど……」

「だから訳アリな分、当然高値も付くわけだ。……まぁその分、品質は最高だがね」


 そう言って、商人は持っていたさかずきを一気に空けると、膝を打って立ち上がった。


「さて、そろそろ吾輩わがはいも、あの奴隷の品定めをしてやるとしよう」


 商人は下品な笑みを浮かべながら船長室へとおもむき、扉に手をかける。


「……ん? 開かぬぞ? さてはあの奴隷め、抵抗しておるのか? おのれ小癪こしゃくな真似を……おい! お前らも手伝え!」


 商人は手下数人を呼び集める。そして、男たち数人が体当たりすると、少女が扉の裏に築いたバリケードは、いとも簡単に崩れ落ちてしまった。


「おい、吾輩の奴隷がいないぞ! 窓から下に逃げたのか!」


 開け放たれた窓と、衣装をつなぎ合わせたロープが窓の下へ垂らされているのを見た商人は激怒し、すかさず指にはめていた指輪を使って、魔法の首輪を発動させた。


「ええい、吾輩から逃れられると思うなよ……お前たち、下の甲板を探せ。首輪を起動して今頃奴は苦しんでおるはずだ。そう遠くへは逃げられまい」


 商人の指示で、下の甲板へと降りてゆく手下たち。その様子を傍で見ていた俺は、内心でニヤリとほくそ笑む。


 ――全て計画通りだ。奴らは少女の後を追いかけて、下の甲板へ駆け降りてゆく。自分たちが俺の張った罠へ誘い込まれていることも知らずに……


 酒に酔い、半ば千鳥足ちどりあし上砲列甲板アッパー・ガンデッキへと降りてきた手下たちは、暗闇の中ランタンの明かりを頼りに、少女の姿を探して躍起になっていた。


 やがて手下の一人が、娯楽室から伸びるほこりの付いた白い足跡を見つける。その足跡は、さらに下の甲板へと続いていた


「もう一つ下の甲板へ逃げたな。急げ!」


さらに下へ降り、下砲列甲板ロワー・ガンデッキへ男たちがなだれ込む。


「いたぞ!」


 そしてついに、手下の一人が甲板の奥に倒れて苦しんでいる少女の姿を見つけた。


「まったく手間掛けさせやがって。早くこいつをとっ捕まえて上に運ぶぞ!」


 手下たちが彼女の周りを取り囲む。少女はどうにかその場を逃れようとするも、首輪

にかけられた魔法のせいで動こうにも動けない。


「ふん、奴隷の分際で俺たちから逃げようなんて、生意気なガキだぜ」


 上で待っている商人が首輪の魔法を強くしたのか、逃げようと足掻あがく少女の体に、さらなる苦痛が流れ込む。


「ぐっ……ぁがぁあああああああっっ‼」


 耐え難い苦しみに体をむしばまれ、とうとう少女は悲鳴を上げた。



(――よし、今だ)


 俺はタイミングを見計らい、火魔術の呪文を唱えた。


『“自然の理よ、我が手にゆだね、新たな紅蓮ぐれんの炎を正しき道より見出したまえ――顕現せよ、炎生成ファイア・ジェネレイト”』


 次の瞬間、甲板の前方と後方で二回爆発が起こり、近くにいた手下の数名が吹き飛ばされた。


「なっ、何だっ⁉ 敵襲か?」

「おい大変だ! 上の甲板へ繋がる階段が吹っ飛ばされちまったぞ!」


 木っ端みじんに砕け散った階段を見て声を上げる手下たち。


 実はついさっき、少女に最下甲板オーロップデッキの弾薬庫から取って来させた二つの弾薬筒を、上甲板へ昇る階段二箇所にぞれぞれ仕掛けておいたのだ。火魔術でそれに着火させ、上層へ昇る階段を全て吹き飛ばした。つまり、奴らの退路は完全に断たれたわけだ。これで袋のネズミも同然。


 ……後は、俺の手の内で、奴らを好き放題にもてあそんでやるだけだ。


「ギャアアアアアアッ!」


 突然、暗闇の中に悲鳴がとどろく。下砲列甲板ロワー・ガンデッキえてあった大砲の一門が独りでに動き出し、手下の一人が滑車に脚を潰されて断末魔を上げたのである。


 すると、それを合図として、甲板に置かれていた全ての大砲がゴロゴロと音を立てて動き始め、次々と近くにいた男たちを巻き込んでは滑車の下敷きにしていった。実際は俺が「念動」を使って大砲を動かしているだけなのだが、酔っぱらって右も左も分からない手下たちは、完全にパニックを起こし、暗い甲板の中を逃げ回った。


 さらにこれだけでは終わらない。俺はそんな慌てふためく奴らの足元めがけて、大砲に込める丸い砲弾を転がしてやった。泥酔した男たちは、転がる砲弾に簡単に足を取られてたたらを踏み、バランスを崩して倒れ込んだ。そこへ、重さ何十キロもある大砲を乗せた滑車が伸しかかり、奴らを容赦なくし潰した。


「なっ、何で誰もいないのに大砲が勝手に動いてやがるんだよっ!」

「やっぱりこの船、うわさに聞いた幽霊船に違いねぇ! この船に住み着く亡霊どもが俺たちを呪い殺すつもりなんだ!」

「だ、だから俺は止めた方が良いって言ったんだよ! しっ、死にたくないっ! 死にたくない~~~っ‼ 助けてくれぇ~~~っ‼」


 誰の耳に届くこともないというのに、声を枯らして悲鳴を上げ、泣き喚く手下たち。俺はその男の顔面目掛けて、大砲の滑車を転がしてやった。重量のある滑車は、男の頭を頭蓋骨ごとスイカのように圧し潰した。そのグシャッと弾ける音といったら、それはもう爽快だった。前の世界でこんなことすれば、まごうことなき大量殺人犯として追及されるだろうけれど。


 ……だがこの世界では、力を持つ者だけがのし上がれる弱肉強食の世界。それに、この船は俺自身――俺そのものなのだ。俺の庭に土足で踏み込んだからには、俺なりのやり方で歓迎させてもらう!


「だ、駄目だ! 下に逃げるんだっ!」


 逃げ場を失った手下たちは、さらに下の最下甲板オーロップデッキへと転がり込む。――さて、ここで罠の第二弾を発動させるとするか。


 俺は「念動」を使って、最下甲板オーロップデッキのとある部屋へ通じる扉を開いた。


 すると扉が開いた刹那、奥の暗闇からバサバサと羽音を響かせて、大量のポイズンバットの群れが解き放たれた。


 経験値を稼ぐため、船内にいたコウモリとネズミはあらかた片付けてしまったのだが、何かに使えるかと思って、一つの部屋にコウモリだけまとめて閉じ込めておいたのである。まさかこんなふうに盗賊撃退に使えるなんて思いもしなかったのだが……


 血に飢えたポイズンバットたちは、毒のしたたる鋭い牙を剥き出しにして、逃げてきた手下たちの首元に食い付いた。


「いぎゃぁあああああああっ!」


 ポイズンバットに噛まれた男は床に倒れると、ビクビク体を痙攣けいれんさせ、やがて顔を真っ青にさせたまま動かなくなった。それを見た他の手下たちは恐れおののき、ポイズンバットの猛攻を前に成す術もなく逃げ惑う。同胞が次々と毒牙にかけられ倒れていく中、生き残った手下たちは、最下層である船の底――船倉ホールドへと降り始めた。


 


 俺の最下層へ逃げ込んだ手下たちは、底にまった汚水溜まりの中にずぶりと脚を浸からせる。


「ち、畜生! 何だってこんなに浸水してやがるんだよ! ふざけやがって‼」


 これまで散々な目に遭ってしまい、逆ギレするようにヒステリックな声を上げる手下たち。死の瀬戸際せとぎわまで追い詰められ、てんてこ舞いする奴らの姿は、傍で見ていて実に痛快つうかいだった。


……しかし、ここまで来てしまえばもう最後、奴らの生存する望みは完全についえた―――デッドエンドだ。


『それじゃ、ここらで終わりにしようか――“自然の理よ、我が手にゆだね、新たな稲妻いなずまの光を正しき道より見出したまえ――顕現せよ、雷生成サンダー・ジェネレイト”!』


 以前ウィークスラッグを一掃したときに使った電撃を再び放ち、雷光が汚水溜まりの中を跳ね回る。水に浸かった手下たちは途端に感電して、断末魔が船倉ホールド内に響き渡った。泡を吹いて溺れてゆくあわれな手下たち。下衆げすな悪党どもを自分の手で罠におとしいれ、破滅してゆく様を見ているのは実に気分が良かった。いい気味だ。かつて転生する前の世界で散々俺のことを馬鹿にし、こき使ってきた奴らにも同じことをしてやりたかったよ。


 雷魔術の効果が切れる頃、湯気の立つ水面に、丸焼けになった男たちの死体が全部で五つ浮かんでいた。これで手下は全員始末した。残るはあの商人だけだ。


 俺は視線を下砲列甲板ロワー・ガンデッキへ移す。甲板の隅には、首輪の苦痛から解放され、荒い息を整えている少女の姿があった。


『おい、大丈夫だったか?』

「は、はい……でも、もうこんな苦しみ、二度と味わいたくない……」


 少女はそう言って、再び首輪が発動しないか恐れて身を震わせた。手下たちがここまで降りてくる間も、首輪によって苦しめられ続けていたのだろう。


 手下たちを罠にかけるため、彼女には奴らをおびき寄せる餌になってもらう必要があった。船長室から下へ降ろしたロープを片付けずにそのままにしておいたのも、娯楽室から下の階へ向かう彼女の足跡を消さなかったのも、あえて彼女が逃げた痕跡を残すことで、奴らを罠へ誘い込むための目印にしていたのだ。実際、奴らが思っていたより馬鹿だったおかげで、こんなに上手くいくとも思わなかったのだが。


『その首輪は、一体どうやったら外れるんだ?』

「えっと……主人のはめている指輪を壊せば、この首輪も一緒に外れると思います」

『そうか。なら、お前のクソッタレなご主人におきゅうを据えに行くとするか』


 俺はそう言って、傍に倒れていた手下のふところにあった短剣を「念動」で奪い取り、少女の足元へ放る。


『――やることは、分かってるよな?』

「……は、はいっ!」


 少女は短剣を握りしめ、決起するように強く頷いた。

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