第5話 初めての魔法

 俺はスキル「念動」を使って帆を固定するロープを外そうと試してみたが、これが全然上手くいかない。


 そもそも、さっき念動を使って棚から本を取り出そうとした時もそうだったが、このスキルは物体を浮かせたり移動させたりすることはできるものの、ロープを解いたり一冊本を抜き出したりするような器用さを必要とする作業には向いていないらしい。


 ――それに、船を動かす際のプロセスとして、俺はもう一つ大事な作業を考慮に入れ忘れていた。


 それは「いかりを上げる」ことだ。帆を張るより前に、抜錨ばつびょうしなければ意味がない。錨を巻き上げる装置のことは「キャプスタン」と呼ぶらしく、見取り図を確認したところ、メインマストの柱部分に巻き上げ機キャプスタンが組み込まれていた。円形の台に幾つもの穴が開いているが、この穴に棒を差し込み、複数人で回すことで錨を引き上げることができるようだ。


 この巻き上げ機キャプスタンも、念動で動かせないか試してみたものの、流石にLv1ではビクともしない。


(ちくしょう……やっぱ乗組員が欲しいぜ………)


 今の俺でこの船を動かすのは無理のようだ。自分の体を動かすために他人の力を借りなきゃいけないとか、介護される老人かよ俺は……


 ウンザリして思わずため息が出る。錨を上げなくてはここから動けない。帆を張らなければ魔導船を動かすための魔力も集められない。そして今、この船には乗組員が皆無……完全に詰んでるじゃねーか。


「あ~あ……これじゃ、いくら空飛ぶ魔導船とはいえ宝の持ち腐れじゃん。もうやってられねぇわ」


 こんなことなら、いっそ前の世界で引きこもりニートになっていた方が幸せだったかもしれない。クソ真面目に就活してブラック企業に就職して、毎晩徹夜で働き通して、周りからのパワハラに耐え続けて、挙句の果てにメンタルボロボロになって野垂れ死んだどこかの馬鹿よりはよっぽどマシな人生だろう?


 ――ま、その馬鹿が俺なんだけどね。


 今さら考えても仕方のないことを思いながら、俺はもう一度最下甲板オーロップデッキにある図書室へと視線を戻す。


 ここを動けないとはいえ、幸い暇を潰すためのものなら図書室にいくらでもあった。漫画ばかり読んでいた俺にとって、活字本を読むのは久々だったけれど、スキル「閲読えつどく」を使えば、内容がスラスラと頭の中に入ってきて、疲れることはなかった。


 図書室には本当に様々なジャンルの本が置かれていた。中でも多かったのが歴史本で、これはこの世界の情勢を知ることに大いに役立った。


 この世界は、フラジウムが発する磁場の影響により、それまで一つだった大地が崩壊し、いくつもの島に分裂して宙に浮かんでいるという。その一つ一つの島は「大陸」と呼ばれ、大きさによって小大陸・中大陸・大大陸に分けられており、主に大大陸を中心として巨大な国家が幾つも築かれたそうだ。各国の歴史や世界情勢についても詳しく書かれているから、読み進めていけば、この世界の成り立ちをしっかりマスターすることができるだろう。


 その他にも、魔術書や魔術教本などもたくさん置かれていた。火・水・風・雷・土の五元素を基本とした魔法の基礎教本ばかりだったが、いきなり難しい魔術書を読むよりも、基礎から積み上げていった方が習得も早いだろう。「能力向上系魔法基礎Ⅰ」、「光魔術入門基礎Ⅱ」、「水魔術応用Ⅰ」、「防御魔法基礎Ⅲ」……まるで高校の教科書みたいだ。中を見てみると、詠唱する呪文の文言や詠唱する際の注意点、各属性魔法の相性についてなどが詳細に記されていた。


 試しに、俺は「水魔術入門基礎Ⅰ」に記載されていた「水生成ハイドロ・ジェネレイト」の呪文を唱えてみた。


『“自然の理よ、なんじの法則を我が手にゆだね、新たなる生命の泉を正しき道より見出したまえ――顕現けんげんせよ、水生成ハイドロ・ジェネレイト”!』


 詠唱した途端、甲板デッキの床に小さな魔法陣が現れ、陣の真上に、シャボン玉ほどの小さな水の塊が浮かび上がった。


「おぉ!」


 思わず叫んでしまう。スゲェ……これが魔法か。などと考えているうちに、魔法陣が消え、生成された小さな水の塊は、地面にピシャリと落ちて弾けてしまった。魔法によっては効果に一定の制限時間があるらしい。つーか俺、船だから言葉話せないし、てっきり使えないものかと持っていたのだが……


【スキル「水魔術基礎:Lv1」が解放されました】


「まぁ、他にも何か試してみるか」


 俺は同じ魔法を数回試した後、今度は火魔術の「炎生成ファイア・ジェネレイト」を試してみた。木造の帆船で、炎は致命的な弱点となり得ることから、火の扱いはくれぐれも慎重にならなくてはいけない。魔法を暴走させて火事でも起こしてしまえば、あっという間に全焼なんてこともあり得るかもしれない。


 しかし、もし失敗したとしても、さっき試した「水生成ハイドロ・ジェネレイト」を使えば消火できるだろう。だから水魔術を最初に試したというのもあるのだが……


『“自然の理よ、汝の法則をこの手に借り、新たな紅蓮ぐれんの炎を我が手に見出したまえ――顕現せよ、炎生成ファイア・ジェネレイト”!』


 すると、今度は浮かび上がった魔法陣から、火の玉ほどの炎が生成され、勢いよく燃え上がった。


【スキル「火魔術基礎:Lv1」が解放されました】


 ――と、そのとき、魔法を試していた甲板上を、何か小さな影が横切っていくのが見えた。


『ん? 何だ?』


 その小さな影は、後甲板アフターデッキの上を走り抜けて、扉が開いたままの船長室へと入っていった。視点移動させて後を追いかけると、影は部屋の奥に置かれた道具箱の隅へと逃げ込む。俺はスキル「念動」を使って、道具箱を引きずって退かしてみた。


 隅に縮こまっていたのは、ネズミらしき小さな動物だった。隠れたはずの道具箱を退かされて、ひどく驚いているようだ。


『「鑑定」スキルで、コイツの情報も見ることができるのか?』


 俺は、見つけた小動物に鑑定スキルを使ってみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【種族】:テールラット

【HP】:20/20

【MP】:0/0

【攻撃】:11 【防御】:9 【体力】:14

【知性】:5  【器用】:9 【精神】:8 

【保持スキル】警戒:Lv3、噛み付き:Lv1、夜目:Lv2

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『やっぱりネズミだな。一体どこから入り込んできたんだ? ステータス見た限りじゃ弱そうだし、可愛らしい見た目からして害を及ぼすような奴にも見えないが……』


 しかし、図書室にあった「図解 魔導帆船大全 ~完全版~」によると、船内に居座るテールラットはいつも腹を空かせており、よく船体をかじって穴を上けてしまうという。前言撤回、可愛い顔して滅茶苦茶厄介な奴だった。こんなのに俺の体を食われてたまるか! 下手に野放しにして船底に穴でもあけられれば、浸水の原因にもなるだろうし……


『……なら、試しに害獣駆除でもやってみるか』

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