第155話 これぞ異世界版ワープ航法!

乗船印ボーディングサイン(U):自船の乗組員のみ使用可。使用することで相手の体に印を刻み、主人に隷属させることができる。また、この印を刻んだ相手の天職スキルをレベル保持した状態で解放させることができる。使


『これだっ!』


 俺はピンとひらめく。これまで使用可能人数二人だったのが、いつの間にか三人へ変わっていた。どうやら敵戦艦を何隻も撃沈していくうちにレベルアップしていたらしい。つまり、もう一人にもこのユニークスキルが使えるということだ。


 ――なら、使う相手は一人しか居ない。


『ポーラ! 折り入って頼みがある!』

「何でしょうか、ご主人様?」

『説明してる暇がない、悪いがお前のスキルを俺も使わせてもらうぞ!』


 俺はポーラに向かって「乗船印ボーディングサイン」を唱えた。すると、ポーラの着ているメイド服の胸元が光り、入れ墨のような黒い印が刻まれる。


「これは……まさか隷属の呪文ですか?」

「そうだが、別にお前を良いように操ったりなんかしない。ただ少しスキルを貸してほしいんだ」

「……いきなり胸に隷属の印を刻まれて、不快でしかないのですが」


 眉間にシワを寄せ、あからさまに嫌悪するような表情を見せるポーラ。


「大丈夫ですよポーラさん! 私も同じ印を刻まれていますが、これも師匠への忠誠の証みたいなものですから!」


 そう言ってラビも自分の胸元を開いて、胸の上に刻まれた印をポーラに見せる。


「………まさか、お嬢様にも隷属の呪文をかけたのですか?」

『あ、えっと……まぁそうなんだが、別に俺はやましいことなんて何も――』


 怖い目付きで睨んでくるポーラに、俺は必死に弁明しようとするも……


「お嬢様にこんな卑猥な呪文を使うなんて、許せません。船底ホールドの結晶石を外へ放り出す刑に処します」

『いや何だよその刑罰はっ⁉ てか船底ホールドにあるフラジウム結晶は俺の動力源心臓部なんだぞ! 放り出せば確実に俺だけじゃなく乗ってる奴らもみんな死ぬんだぞ!』


 船に転生した自分にとって最も恐ろしいことをサラッと言ってくるポーラにビビってしまう俺。あぁ怖……このシロクマメイド長を怒らすと本当に何をされるか分からない。


「――ですが、今は非常事態です。緊急ということを加味して、今回は不問とします。……それに、どうやらご主人様にこの現状を打開する策があるようです。それ故に、このような呪文を私にかけられたのでしょう」


 けれどポーラは、俺に秘策があることを見抜いたらしく、嫌々ではあるが俺への隷属を認める気になったらしい。ならば今こそ、その秘策を使う時だ!


【スキル「瞬間転移:Lv9」が解放されました】


『よし、早速使ってみるぞ! 航行に使う以外の魔力を全て魔導機関へ注入! 総員、対ショックに備えろ!』


 俺の合図に、ラビとポーラは舵の両側にしがみ付く。


『”転移”っ!!』


 俺はフラジウム結晶に全ての魔力が伝達されたことを確認し、転移の呪文を唱えた。


 すると、先ほど無敵艦隊アルマーダが出現する際に見た巨大な赤い魔方陣が、俺の船首側に出現する。途端に、俺の体はまるで魔方陣の中へ吸い込まれるように急加速し――


 ヒュゴッ!!―――――


 風の音と共に、その場から船ごと姿を消した。



「敵艦、消滅しましたっ!」


 砲撃を続けていたデスライクード号の甲板から声が上がり、面食らってしまう乗組員たち。武器を手に敵船への乗り込みを今か今かと待ち望んでいた兵士たちも、突然の出来事に唖然としていた。


「なにっ! 消えただと⁉ 撃破してしまったのか?」


 突然の敵艦消滅に驚くライルランド。まるで先ほどの激しい戦闘が嘘であったかのように、デスライクード号の辺りには静寂が漂っていた。


「……なるほど、我々の艦隊がそうしていたのを見て、相手側も瞬間転移航行のやり方を覚えたようですね。まったく利口な連中です」


 消える直前、瞬間転移する際に現れる赤い魔方陣の術式を見逃がさなかったヴィクターは、冷静な目を崩さぬまま言う。


「馬鹿な! 本来人型の生物にのみ使用可能な転移魔術を大型の戦艦へ転用可能になるよう術式を拡張するマジックアイテムを作り上げるのに、どれだけの研究費と年月を要したと思う! それを奴らは、たった数時間の間に実現して装備させてしまったというのか⁉ 在り得んだろう⁉」

「しかし事実、奴らは我々の前から姿を消しました。目が節穴でないのなら、あなたも見たはずですがね?」


 ヴィクターから嫌味のように言われてしまい、「ぐぬぬ……」と口をつぐんでしまうライルランド。自分がこれまで全身全霊を捧げてきた無敵艦隊アルマーダ計画の主軸となる瞬間転移航行が、こうも簡単に真似されてしまったこと。そして何より、無敵と評された五百を超える艦隊が、たった一隻の海賊船を相手に翻弄され多大な被害を被ってしまったことに、ライルランドは怒りを隠せないようだった。


「……クソっ! たかが海賊の小娘一人にここまでコケにされて、一王国軍人として貴様も恥ずかしいとは思わんのか?」


 怒りを滲ませた声色で尋ねるライルランド。


 しかし、ヴィクターは笑う。


「くくくっ……大公閣下、恐れながら、私はその小娘の父親にも一度散々コケにされている身でしてねぇ。それで今に至る訳ですが、未だにその屈辱が忘れられないのですよ。だから……」


 ヴィクターは皮膚に爪が食い込むほど拳を握りしめ、狂気の光を宿した隻眼をギラリと光らせた。


「だからこそ、私は彼女に……一族最後の生き残りであるラビリスタ君に、全てをお返ししたいと思うのです。これまで私の受けてきた屈辱、大切なものを失った喪失感、何もできない自分への無力さ、その全てを彼女に味わせたい……そうして絶望に歪む彼女の顔を見るのが私の何よりの喜びなのです! そのためなら、私は何処まででもラビリスタ君を追い詰め、仲間を殺し、船を奪ってやることも容易い。これは私から彼女へ贈る”復讐”という名の恩返しなのです。……くっくっ、大公閣下には本当に感謝していますよ。私に恩返しの機会を与えてくださったのですからね。これで、私の長年願い続けてきた夢も果たせるという訳だ!」

「……こいつ、狂っているのか?」


 豹変するヴィクターの態度を見て思わずそう呟くライルランド。「あぁ、私にとって最高の誉め言葉をいただき至極恐縮です、閣下」と、ヴィクターは感無量と言わんばかりに深くお辞儀をして見せる。


「幸い、王子の婚約者であるエルフの娘に施した追跡魔術のおかげで、逃げた奴らの位置は容易に特定できる。何処へ逃げようと我々の手からは逃れられません。その点はご安心を。……しかしながら大公閣下、今この無敵艦隊アルマーダを指揮しているのは貴方ではなく私だ。ラビリスタ君に少しコケにされたくらいで凹んでしまっている貴方に用などない。引っ込んでいろ、が」

「なっ! 貴様っ……」


 顔を真っ赤にして憤慨するライルランドだが、ヴィクターはそんな彼を無視して甲板の方へ向き直り、冷たく命令を言い放った。


「艦隊全艦、魔力を魔導機関へ注入。二度目の瞬間転移航行に移る。……次に会敵した時が、奴らの最期だ。総員、心してかかれ」

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