第76話 近衛メイド隊「ホワイトベアーズ」

 ――近衛メイド隊「ホワイトベアーズ」。


 かつて、レウィナス公爵領がライルランド男爵によって奪われる前、領主であったシェイムズ・T《ティーグ》・レウィナスは、自分の領地であるトカダン中大陸に古くから居住する先住民である白熊族はくゆうぞくと遭遇した。


 彼らは、獣人の中でも特殊な種族で、男性でなく女性の方が優位な立場にあり、女性が村の中で最も権力ある戦士となって男性を守るという、独自の概念が根付いていた。


 白熊族の少女たちは皆、十歳で成人を迎え、戦士となるための儀式を受けさせられる。その儀式を乗り越えると、彼女らは正式に一人前の戦士として認められ、村の中で最も高い権威に就くことができるという。


 そのため、少女たちは幼い頃からありとあらゆる格闘術を教え込まれ、鍛え上げられた。一人前の戦士となるために、少女たちは日夜特訓に励み、戦士の儀式を受けられるだけの技量を獲得していったのである。


 しかし、そんな特殊な風習がある故に、白熊族は他の人間たちからみ嫌われ、差別の対象となってしまっていた。トカダン中大陸にあるどの町でも、白熊族は立ち入ることすら許されず、顔を見られれば石を投げ付けられ、罵声を浴びせられていた。「異端者」と呼ばれた彼らは、そんな人間たちに対して反抗することもできず、人里離れた森の奥で静かに暮らしていくしかなかった。


 けれども、そんな彼らの現状をあわれみ、少しでも彼らの待遇を良くしようと努めた者がいた。――それが、ラビの父親であるレウィナス公爵その人であった。


 レウィナス公爵は、白熊族独自の女性優位な社会に興味と理解を示し、彼らと友好関係を結んで、待遇を改善する政策を数多く打ち出した。おかげで、彼の統治するトカダン中大陸では、白熊族を差別する者がほとんど居なくなり、白熊族の獣人も町を自由に行き来できるようになっていた。


 白熊族の彼らは、自分たちのために精一杯尽くしてくれたレウィナス公爵に感謝の意を示し、彼に忠誠を誓った。公爵のためなら、命を捧げても構わない。それほどの決意と覚悟が、白熊族の少女たちの中には芽生えていたのである。


 そんな中、突如として王国・帝国・連合王国が三つどもえとなった三大陸間戦争トライアングル・ウォーが勃発し、レウィナス公爵領も、他国からの侵略の危機に晒された。


 戦時中、白熊族はレウィナス公爵の側に全面的に協力する意を示し、領主であるレウィナス公爵を守るため、レウィナス家に忠誠を誓い、かつ戦士の儀式を終えた少女たち五十人で構成された特別部隊が編成された。


 それが、この先多くの戦いで数多の戦果を挙げることとなる、近衛メイド部隊「ホワイトベアーズ」であった。



 ――しばらくして、ラビに抱えられた獣人の少女メリヘナが目を覚ます。


「……あっ、お嬢、様……」

「メリヘナっ! 大丈夫? 怪我はない?」


 心配そうにそう問いかけるラビに向かって、メリヘナはハッと我に返り、慌てて起き上がると、その場で土下座してラビに向かって頭を下げた。


「もっ、申し訳ございませんっ!! ラビリスタお嬢様と知りながら、剣を向けてしまうという愚かな行為に走ってしまったこと、一生の不覚です! どうかお許しください!」


 必死にそう謝罪するメリヘナに驚いてしまうラビだったが、やがて彼女は柔和な笑みを浮かべ、小刻みに震えるメリヘナの肩にそっと手を置いた。


「私なら平気よ。だから、顔を上げてちょうだい」


 メリヘナが顔を上げると、その目には涙が浮かんでいた。ラビはメリヘナの背中に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめる。


「あんな怖い人たちの言うがままにされて、首輪のせいでいつ苦しい思いをするかも分からずに………辛かったよね、怖かったよね……うん、私も同じ思いをしたから、その気持ちはよく分かるわ」

「……お嬢様っ………!」


 メリヘナはとうとう大粒の涙を溢れさせ、ラビの胸の内で、声を上げて泣き出した。ラビと同じくこの子も奴隷にさせられて、ここまで来る間に色々と酷い目に遭ってきたのだろう。そんな二人がこうして巡り合えたのは、ある意味奇跡的であると言えた。


「お嬢様っ、私……私、怖かった……とても怖くて、夜も眠れなくて……こんな弱い私を見て、幻滅しましたよね?」

「そんなことない。あなたはこれまでも、そしてこれからも、私やお父様に仕えてくれる、立派なメイドなんだから」


 そう言って、ラビは泣いているメリヘナを慰めていた。



 それから、ラビとニーナ率いる海賊たちは奴隷船を完全に制圧し、船内の探索を始める。


「メリヘナさん、白熊族はくゆうぞくの奴隷はまだ下の甲板にも居るの?」

「はい、私たち『近衛メイド隊』の他メンバーも、下の牢に囚われているはずです」


 調べてみると、この奴隷船に積まれていた奴隷たちは、皆白熊族の者たちばかりだった。しかも、ほぼ全員がレウィナス公爵直属の精鋭である「近衛メイド隊」のメンバーで、彼らの御主人であるレウィナス公爵の娘が助けに来たのを見て、全員が驚きを露わにすると同時に、再びこうして再会できたことを互いに喜び合っていた。


「あぁお嬢様! ご無事だったのですね!」

「ラビリスタお嬢様、お元気そうで何よりです!」

「レウィナス公爵領が侵略されたと知ったときは、本当にどうなることかと思いましたが……」


 元レウィナス公爵邸のメイドである白熊族の少女たちに囲まれたラビは、彼女たちに向かって声高々に宣言する。


「皆さん、私たちが来たからにはもう心配ありません! 私たち『ラビリスタ海賊団』が、あなた方全員を奴隷の身分から解放し、保護することを約束します!」


 獣人の少女たちは、ラビの放った「海賊」という言葉にざわめいた。どうやら皆、レウィナス公爵の娘であるラビが、海賊としてここに立っていることに驚いているようだ。


「ラビリスタお嬢様は、もしや海賊に囚われてしまったのですか? それでこうして無理やり略奪の手伝いを?」

「そんな……私たちの敬愛するラビリスタお嬢様が、賊の手に落ちるなんて……」


 そう口々に声を漏らすメイドたちに向かって、ラビは慌てて「そ、それは違いますよっ!」と声を上げ、彼女らに現状を説明してやる。


「別に私は無理やり海賊をやらされてる訳じゃありません! ちゃんと自分の意志でやりたいと思っているし、海賊にも頼れる仲間がたくさんできたし……それに、私は今こうして海賊をやれていることがとても楽しいの。だから、みんな心配しないで」


 ラビの言葉に、目を丸くする獣人メイドたち。そんな彼女らのやり取りを隣で聞いていたニーナが、「あのさぁ、海賊だからって誰も彼も悪人にしないでほしいよね~」とメイドたちに向かって文句を垂れる。


「とっ、とにかく! 私のことなら大丈夫だから安心して! さ、みんな早くここから出て! 私の船に案内してあげるから!」


 ラビはそう言って、解放した白熊族の少女たちを従え、陽の当たる船の外へと彼らを誘導していった。

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