第16話 恐竜号発進!

 こうして、手下たちの死体が全て下砲列甲板ロワー・ガンデッキから消える頃には、ラビはすっかり憔悴しょうすいしていた。床の血をモップで拭いているときも、彼女は何度も吐き気をもよおしながら、それでもどうにかキレイに拭き上げた。元々はお嬢様だった彼女に死体の掃除をやらせるなんて、自分の鬼畜きちく度が知れるな……彼女の両親は、今のラビの姿を見てどう思うだろう? きっと悲鳴も上げられずに卒倒してしまうかもしれないな。


 そんなことを思いながら、俺はラビに声をかける。


『よし、掃除はもういい。次は大砲を元の位置に戻す。これは重くてお前はできないだろうから、俺がやる。お前は大砲を舷に固定してくれ』


 俺は「念動」スキルを使い、大砲を動かして両舷りょうげんへ一列に並ばせた。そこへ、ラビがすかさず大砲に繋がった縄と滑車を壁に引っ掛けて固定し、船体が揺れた際に動かないよう、砲を乗せた台車の後輪に三角のストッパーをかけてゆく。


 そうして、甲板にある全ての大砲を固定し終えたとき、唐突に船が左右に揺れて、ラビはその場に尻もちを付いた。


「痛っ! なっ、何が……」

『ああ、あいつら今頃来たのかよ。例の恐竜親子さ。お前が外へ捨てた死体を食いに来たんだよ。丁度いい。ここらで少し休憩にするか』


 俺は視線を船の外へ移す。すると案の定、レイクザウルスの親子が、ちょうどラビの捨てた死体にあり付いているところだった。


『相変わらず何でも食べるんだな、お前らは』


 豪快に人を食らっている様子を感心しながら見ていると、ラビが上甲板にやって来た。レイクザウルスはラビにもすっかりなついてしまったようで、彼女を見たレイクザウルスの親は、ラビにすり寄って来る。そして、さっきまで人を食らっていた口を開くと、彼女の体をベロリとめた。


「ひゃっ! ちょ……あの、私、今まで掃除してたから汚いよ。血でれてるし、汗もかいてるし……」


 しかし、そんなこともお構いなしにレイクザウルスは彼女の体をべろべろ舐めてくる。……こいつ、そのままラビを食っちまったりしないだろうな?


 すると今度は、恐竜の親がラビを足元からすくい上げるように頭の上に乗せ、そのまま首を持ち上げた。ラビは長い首の上を滑り台のように滑って背中へと落ち着く。ラビはレイクザウルスの突然の行動に驚いていたが、恐竜の背中に乗った彼女は、まるで遊園地のメリーゴーランドに乗った子どものように目を輝かせていた。


(やれやれ……ちょっとは息抜きもさせなきゃ駄目か)


『おい、遊んでもいいが、あんまり遠くへ行くなよ』

「え? いいの!?」

『ああ。――ただし、どこか湖の向こう岸に降ろされたら、泳いでここまで戻って来い。俺は迎えに行けないからな』


 遊んでいい許可はしたものの、最後にそうくぎを刺しておく。


「うん! ありがとう!」


 ラビは笑顔でそう答えると、彼女を乗せた恐竜号は、広い湖の上を滑るように船出していった。


 ラビが恐竜親子と遊んでいる間、俺は乗船印ボーディング・サインによって得たスキル「錬成術」についての知識を得ようと、「鑑定」でスキル内容を確認していた。


【錬成術基礎:素材構成を読み解き、分解・再構成させる能力。魔力を追加することで、物質量を増減させたり、物質を複製させることも可能】


『なるほど、増減を操れるってことは、地面に手を付いたら土の壁ができるようなアレか? 試してみるが早いか』


 とはいうものの、錬成術を発動させるための呪文が分からず、一旦いったん図書室へ移動し、「閲読えつどく」で錬成術関連の魔術本を探した。


『――あった、これだ』


【書籍名:「これ一冊あれば安心! 錬成術入門 ~サルでも分かる錬成基礎~」】


 題名からして少し胡散うさん臭いが、四元素魔術と同じく、いきなり難易度高めなものを読むよりは、こういうものから入った方が良いだろう。


『ええと……どうやら呪文はこれみたいだな。“物質のことわりよ、なんじの構成を読み解き、原子より我の呼び声を聞き入れ、新たにこの手へ再顕現せよ――錬成”!』


 すると唱えた途端、それまで読んでいた本から新たな魔法陣が浮かび上がり、その中から大量の紙が吐き出されて、部屋中に舞い散った。


 しかし、生成された紙は全て白紙で何も書かれておらず、ただの紙ぺらが振りまかれ、部屋を散らかしただけだった。


『なるほど、本に向かって錬成術を掛ければ、本の構成単位である「紙」が生成されるってことか……』


 ちなみに、これが錬成術応用になれば、もう一冊同じ本を複製したり、素材を組み合わせて全く別の素材や新しい道具を作り出せるようになるらしい。これは便利そうだ。そんな錬成術応用の土台となる基礎は、手っ取り早く習得してしまいたいものだ。


 そうこうしているうちに、例の恐竜親子が、背中にラビを乗せて俺のところへ戻ってきた。たった数時間の間に、ラビはレイクザウルスの操り方をすっかりマスターしてしまったらしく、まるで馬を操るように手慣れた様子で帰ってきた。


『お帰り、よく戻れたな。あの恐竜親子に何もされなかったか?』


 そうラビに尋ねると、彼女は首を横に振って答えた。


「ううん、レクちゃんのおかげで、この湖の隅から隅まで探検できたの!」

『レクちゃん? あの恐竜の名前か?』

「そう。レイクザウルスだからレクちゃん! で、子どもの方はレク子ちゃん! 私の付けた名前を、本人もすごく気に入ってくれたみたい」


 いや、こんな恐竜に名前付けるとか、ペットにでもするつもりかよ……まぁでも、それで恐竜親子との仲がより深まったというなら、別にいいか。湖の主である彼らとの関係は良好であるに限るからな。


『そうか。楽しかったか?』

「とても楽しかった! 湖のほとりで水を飲んでる動物の群れが居たり、古い遺跡なんかもあったの! 私、あんな遺跡なんて初めて見たわ! 今まで歴史本の挿絵くらいでしか見たことなかったから――」


 興奮気味にそう話す彼女の碧眼へきがんはキラキラと輝いていて、まるで初めて遊園地に連れて行ってもらって、はしゃいでいる子どもを見ているようだった。きっと彼女が貴族だった頃は、自分の家の庭くらいでしか遊ばせてもらえなかったのだろう。広い世界を目の当たりにして、感激するのもまぁ無理はないか。


『そりゃ良かったな。気分転換できたのなら、またしっかり働いてもらうぞ』

「あ……あの――」


 俺がそう言うと、ラビが少し恥ずかしそうにもじもじしながら口を挟んできた。


「………お、お腹空いた」

『はぁ?』


 ぐぅぎゅるるるる――


 小さなお腹が鳴って、ラビは思わず頬を赤らめる。数時間前まで人の死体を見てひたすら吐いて顔を青くしていたというのに、恐竜親子と遊んで機嫌が良くなったのか、途端に空腹を覚えたようだ。


 はぁ、と俺は内心でため息を吐く。「衣食住の面倒もある程度は見てやる」と言ってしまったからには、彼女に与える食事の面倒も見てやらねばならないだろう。俺の船で働く選択肢に、こんな条件なんて付けなければ良かったと、今更いまさらながら少し後悔してしまう。


『……分かった。少し待ってろ』


 俺は彼女にそう言い残し、船の中へ視線を移した。手っ取り早く俺が作れるものと言えば――アレくらいしかないだろう。

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