第18話 こんな奴を乗組員になんかするんじゃなかった

 ――と、そのとき、船がぐらりと揺れたので、俺は視線を外へ向ける。ラビが食事している間、ずっと外で待っていたレイクザウルスの親が、また俺を揺さぶりにかかっていた。俺もこいつらと長く居たせいか、奴らの行動が何を意味しているのか大体分かるようになってきた。こうして俺の船体を揺すってくるときは、俺に何かをしてほしいとねだっているときだ。


『ったく、今度は何だよ? まさかお前らまで腹が減ったとか言うんじゃないだろうな?』


 駄々をこねてくる恐竜親子を前に、一体何をしてほしいのか分からず手を焼いてしまっていると……


「……この子たち、あなたにも来てほしいんだと思う」


 船長室から出てきたラビが、まるで恐竜親子の心を読むようにポツリとつぶやいた。


「私たちが見て回った場所に、あなたも連れて行きたいって」

『俺を? 何で俺まで……あのな、残念だが俺はここを動けないんだ。重いいかりが湖の底に刺さったままじゃ、どこにも行けやしない。乗組員がもっと居れば、ある程度自由も利くんだがな』


(まぁ、コイツにそう言ったところで通じる訳ないんだが……)


 こんなことなら、あの商船の乗組員たちを殺さずに脅して、この船で無理やり働かせた方が得策だったかもしれないな。今更いまさら後の祭りすぎるけれど……


「じゃあ、私がそう伝えてみるね」

『……は? お前、コイツらと会話できるのか?』

「何となく分かるの、この子たちの思っていることが。……だから、私の思いもきっと分かってくれると思う」


 ラビはそう言って、恐竜親子の前に歩み出ると、ゆっくりと手を伸ばした。すると親の方が長い首を曲げてラビの手が届く位置まで頭を下げてくる。ラビはその巨大な鼻先に手を置き、祈るように目を閉じた。


(本当にそんなことできるのかよ……)


 俺は半信半疑のまま様子を見ていると、やがてレイクザウルスは頭を持ち上げ、そのまま子を引き連れて湖に潜ってしまった。


『ほら見ろ、やっぱり聞いてくれなかったじゃないか』

「………いや、違う」


 ラビは駆け出して、船首側の前甲板フォアデッキへと移動すると、左舷の手すりから湖の水面をのぞき込む。俺も目線をそこへ移すと、それまで穏やかだった湖面から白い泡が立ち上り、泡の中からレイクザウルスの母親が再び姿を現した。しかも、何か巨大な物体を口にくわえて――


『おい、まさか………』


 それは、両端にかぎ爪の付いた鉄製の重り――俺のいかりだった。錨の先にはロープが結わえ付けられ、俺の船首へと繋がっている。この恐竜親子、わざわざ湖の底に引っかかっていた錨を取ってここまで運んでくれたのか?


 驚きのあまり声も出せずにいると、甲板の上に立つラビが、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらつぶやいた。


「ほら、やっぱりちゃんと聞いてくれていたでしょ?」



 恐竜親子は、まるで置き土産のように錨を前甲板フォアデッキに載せると、ラビに頭をよしよしされて、満足げに湖の中へと帰っていった。


 俺はもう一度、ラビのステータスを見てみる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】ラビリスタ・S・レウィナス

【種族】人間 【地位】なし 【天職】錬成師アルケミスト

【HP】50/50

【MP】0/0

【攻撃】25 【防御】35  【体力】35

【知性】75 【器用】100 【精神】40

【保持スキル】錬成術基礎:Lv1、剣術:Lv2、鉱物学基礎:Lv1、裁縫:Lv2、歌唱:Lv3、宮廷作法:Lv2、以心伝心:Lv1、騎乗:Lv1

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 いや、なんかしれっとスキル増えてるし。下の二つなんて、この前見たときには無かったぞ……


 恐竜親子と遊んでいる間に、知らず知らず獲得したのだろうか? おそらく恐竜親子がラビの言うことを聞いてくれたのも、この「以心伝心」というスキルのおかげなのだろう。彼女、魔法系スキルは使えないが、それ以外のスキルは獲得しやすいようだ。


 しかし、いかりが外れて自由になったときの感覚は、まるで生まれたばかりの赤ん坊がへその緒を切られたときのような、そんな感覚に近いと思う。自由とはなんと素晴らしいのだろう。早く水面を切って進む感覚を味わいたいものだ。そうして帆走にある程度体を慣らしたら、今度は空へとぎ出してやる――


 と、気がいてしまうが、抜錨ばつびょうはできても展帆てんぱん(帆を広げる)ができなくては進む船も進まない。――そこで、ラビの出番だ。


『おいラビ、お前にもう一つ仕事だ。マストに昇って帆を固定しているひもを解いて、帆を全部広げるんだ。マストから上に伸びている縄ばしごを使え』


 俺がそう命じると、ラビは高くそびえるマストを見上げ、顔を真っ青にさせる。


「えっ……あそこまで、上るの?」

『そうだ。心配するな、落ちても俺が「念動」スキルを使って受け止めてやるから』


 そう言ってやるものの、彼女は肩を震わせて首を横に振った。


『上るんだ! 普通の帆船にしろ魔導船にしろ、帆を広げないことには自力で動けない。お前どんなことでもするって言ったよな? 俺に乗ったからには、俺の言うことにはしたがってもらうぞ』


 そう言い付けると、ラビは戸惑とまどいながらも小さくうなずき、マストへと伸びる縄ばしごに脚をかけた。そして一歩一歩、恐る恐る上ってゆく。


 しかし、半ばほど登ったところで、ラビははしごにしがみ付いたまま動けなくなってしまった。


『だから、落ちても俺が受け止めるって言ってるだろ。下を見るな』

「駄目、無理……怖い………」


 ラビは首を横に振って弱々しい声をらす。


『お前にしかできないんだ。このままじゃ俺もお前も、この湖から出られないままなんだぞ』

「………う、うん」


 ラビは勇気を振りしぼり、再び一歩を踏み出し始める。しかし、それをはばむように吹き付ける強風が船を揺らし、冷たい風を背中に受けたラビは、たまらず体を縄ばしごに押し付けた。


「大丈夫……怖くない、怖くない、怖くなんか……」


 必死にそう自分に言い聞かせ、縄に足をかけてゆくラビ。しかし、つい足元に目が行ってしまい、はるか真下に遠く映る甲板が、彼女の恐怖を加速させた。


「ひっ!!――やっぱり駄目っ! 降りさせてっ!」

『駄目だ! 上るんだっ!』


 と、俺が叫んだそのときだった。ラビの胸に刻まれた乗船印ボーディング・サインが赤く発光し、紅の電撃が彼女の体にほとばしった。ラビは雷に打たれたように体をのけ反らせ、悲鳴を上げてもだえる。


 しまった――と思ったときにはもう遅かった。ユニークスキル「乗船印ボーディング・サイン」のスキル説明に記されていた「使用することで相手の体に印を刻み、主人に隷属させることができる」とは、このことを言っていたのだ。主人の命令に逆らった場合、隷属する相手に苦痛を与え、強制的に従わせる――これじゃあ、あの商人が使っていた魔法の首輪と同じじゃないか!


 電撃を受けもだえ苦しむラビ。彼女の蒼い瞳の中を、振りかざされた剣のごと閃光せんこうが駆け抜け、血のように赤い炎が弾けた。それはまるで走馬灯のようで、彼女が過去にその目で見た地獄絵図を、赤裸々せきららに映し出しているようだった。


「―――お父様っ! お母様~~っ!!」


 ラビは涙を流しながら自分の両親の名を叫び、襲い来る電撃の苦痛と恐怖のあまり気を失ってしまった。縄ばしごの縄と縄の間から手脚をだらりと垂らして宙ぶらりんになってしまった彼女を、俺は「念動」を使ってそっと下に降ろしてやった。


『少しやり過ぎたか……』


 俺の方も感情的になり過ぎてしまったようだ。いち早くこの船を動かしたくて気がいていたあまり、ラビに嫌がることを無理矢理押し付けてしまった。ここまでするつもりはなかったのに……こんなこと、転生前の世界じゃ立派な犯罪行為になるだろう。


 いや、犯罪云々うんぬんより前に、俺は人として最悪だな。――いや、今はもう人でもないのか。


『ちくしょう……マジで外道はどっちなんだよ………』


 俺は胸の内でくすぶる自分への怒りに舌打ちして、未だに起きないラビを抱えて、船長室のベッドへと運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る