第19話 役立たずな子

 ラビはそれから一晩中眠り続け、朝になってもまだ起きなかった。きっとかなり疲労がたまっていたのだろう。肉体的にも、精神的にも。


 結局、ラビが目を覚ましたのは、一晩明けて昼過ぎの午後になってからだった。ラビは自分がベッドの上に寝かされていることに気付くと、どうして自分がここにいるのか、その経緯をさとって表情に影を落とした。


『――よく眠れたか』


 俺が声をかけると、ラビはビクッと肩を震わせ、体を縮こませる。……やっぱり、昨日俺のしたことが原因で、彼女に余計なトラウマを与えてしまったようだ。唯一の乗組員である彼女との関係がこんなぎすぎすした状態では、船を動かすどころの話ではない。そう思った俺は、まずは彼女の俺に対する恐怖心を解き、関係を修復することから専念することにした。


『気分はどうだ? 体に不調はないか?』


 俺の問いかけに、ラビは小さくうなずく。そして恐る恐る口を開くと、か細い声でこう言った。


「………私を、ここから追い出すの?」

『追い出す? どうして?』

「だって、私……あなたの言うことに逆らったから……」

『お前はこの船でたった一人の乗組員だ。そう簡単に手放したりなんかするかよ』


 そう言葉を返してやるものの、ラビの表情は暗いままで、項垂うなだれるように顔をうつむけた。彼女のつかんでいるシーツの上に、ぽたぽたと水滴が落ちてゆく。


「ぐすっ……ごめんなさい………あなたの言うことを聞けなくて……ごめんなさい……」


 しゃくり上げながら、ひたすら同じ言葉を繰り返すラビを前に、俺はいたたまれない気持ちになった。


(だから、涙を見せるなって言ってるだろうがよ……)


『おい泣くな。涙をいて顔を上げろ』


 思わず強い命令口調になってしまうが、ラビが泣いている姿を、これ以上見ていたくはなかった。ラビは小さくうなずいて手の甲で涙をぬぐうと、赤くなった顔を上げた。


『その……悪かった。俺も少しやり過ぎた。別にお前に罰を与えて苦しませたいとか、そんな気持ちは微塵みじんも無かったんだ。俺が自分のスキルの特性をもっと理解していれば、こんなことにならずに済んだかもしれないんだ』


 俺は自分の過ぎた行いを彼女の前で謝罪する。――が、謝るつもりで放った言葉も、ただの言い訳にしか聞こえなくて、俺は思わず舌打ちした。


『ったく、俺ってサイテーだよな……俺がお前に選択肢を与えておきながら、魔法も使えず、マストにも登れないお前を、俺の乗組員になんかするんじゃなかった――なんて無責任なことを思っちまったんだ』


 そうして、気付けばそんなことまで口走っていた。一度素直になってしまうと、心の芯まで素直一色に染まってしまい、思わず言わなくていいことまでポロリと口から出てしまう。これでは、余計にラビを傷付けてしまうだけじゃないか。


「………ふふっ」


 ――しかし、そんな心にもない言葉を吐いてしまったにもかかわらず、なぜかラビは笑っていた。


「やっぱり、そう思いますよね……私、小さいときからそう言われていたんです。立派な領主の親を持った娘が、どうしてこんな基礎魔法すら使えない役立たずに育つんだ、って。……私、学園にいた頃はろくに勉強もできなかったし、運動も苦手だったし、剣術や弓術きゅうじゅつも下手で……こんな弱くて何もできない私なのだから、そう思われて当たり前です」


 そう言って肩を落としたが、「でも――」とラビは言葉を続ける。


「でも私のお父様とお母様は、そんな役立たずな私をしかることもせずに、優しく笑って見守っていてくれたんです。上手くいかなかったり、失敗したときも、『大丈夫、次があるから』って、なぐさめてくれたんです。『あなたは役立たずなんかじゃない。あなたは、私たちのほこれる立派な娘だ』って、いつも私に言い聞かせてくれて――」


 両親と共に過ごした日々を思い返しているのか、ラビは暖かな笑みを浮かべながら、言葉を弾ませていた。


 ――それが、彼女にとっての日常だったのだろう。あかりのある暖かな部屋の中、彼女が両親と共にテーブルを囲み、楽しく団らんしている様子が容易に想像できた。


 しかし、幸せだったはずの彼女が、今では奴隷となり果て、あのクソ商人たちのいいようにこき使われていた。彼女の周囲を取り巻く環境がここまで悪化してしまった事実に、俺は何か陰鬱いんうつとした事情を感じずにはいられなかった。


『……お前の両親に、何かあったのか?』


 俺がそう問いかけると、ラビの表情に影が差す。


「……私の両親は、強欲で汚い権力者たちの手によって殺されたの」


 ――そして、彼女は自分が奴隷に落ちぶれてしまった経緯を語り始めた。

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