第20話 権力争いの渦に飲まれて

 ラビは、つい数ヶ月前まで、ロシュール王国と呼ばれる国の一部を統治する領主の娘だったらしい。父親の名前は「シェイムズ・Tティーグ・レウィナス」公爵。国王に仕え、王国の土地を管理していた貴族の一人であり、文武ぶんぶ共に優れた才人であったという。


 ロシュール王国は厳格な封建ほうけん制を取る国家であり、王国の貴族たちは、国王に兵役へいえき貢納こうのうを約束をする代わりに、割り当てられた土地の管理を任せられていた。


 しかし、今から約六年ほど前に「三大陸間戦争トライアングル・ウォー」と呼ばれる大きな戦争があり、国王に仕える五人の領主が、他国からの侵略軍を撃退するのに活躍した。これを理由に終戦後、力を持った領主たちが、国王へ負担する貢納や兵役義務を免除めんじょする条約を取り付けたことで、ロシュール王国は事実上分裂。国王の力は弱まり、今では五人の領主が分断された王国領土をそれぞれ支配している状態であるらしい。


 ラビの父親であるレウィナス公爵は、その五人の領主のうちの一人で、戦時中に王立飛空軍おうりつひくうぐん魔導艦隊指揮官としていくつもの戦果を挙げ、その戦績に応じて領主たちの中で最も多くの領土を得ることができたという。戦う際は率先して先頭に立ち、勇猛果敢ゆうもうかかんに立ち向かってゆく姿はたみたちの尊敬の的となり、国を救った英雄とまでうたわれたそうだ。


 その反面、終戦して「レウィナス公爵領」の領主となってからは、レウィナス公爵は他の領主たちのように権力を振りかざすような真似はせず、常に国民に寄りい、会話と交流により争いを収めようとする平和的解決を好んだという。



 ――これらの話は、娘であるラビの口から聞いたことだから、父親の功績についていささか美化が過ぎているところもあるかもしれない。


 けれど、民を率いるリーダーとしての手腕はしっかりと持ち合わた人物であったらしく、ゆえに国民からの人気も高かったのだろう。さっきのラビの話からも分かるように、家族関係も良好で、良き父親としての一面も持ち合わせていたようだ。


 ――しかし、そんな幸せな家庭に、あるとき突然悲劇が襲う。


「お父様の管理する領地のことで不満を持った一人の領主――フョートル・デ・ライルランド男爵が、自ら兵を挙げてレウィナス公爵領に侵攻したの。皆が寝静まった夜を狙って、一斉に攻撃してきて……私たちの屋敷は、瞬く間に地獄と化したわ」


 どうやら、そのライルランドという領主がクーデターを起こし、ラビは領主同士の争いに巻き込まれてしまったらしい。


「お父様とお母様は、私を信頼できる一人のメイドに託して逃げるように言ったの。『私たちも後で行くから』って……でも、それはうそだった。逃げてゆく背後で銃声が聞こえて、そのときにはもう――」


 そこまで言葉にしたところで、ラビはショックに耐えられなくなったのか、口を手で押さえたまま目からポロポロと涙をこぼした。


『それから、ラビはどうなったんだ?』

「私は……メイドと一緒に屋敷の外へ逃げたけれど、敵の兵士に追われて、がけのふちまで追い詰められた。その崖は足がすくむほど高くて、崖の下には真っ黒な湖が広がっていたの。夜の闇を映したそれは、まるで地獄への入り口を見ているようで……」


 そのとき感じた恐怖を鮮明に思い出してビクッと身を震わせるラビ。それは多分、敵に追い詰められて危機的状況におちいった彼女の思考が、夜の湖を恐ろしいものに見せていたのだろう。


「そうして気付けば、私の手はメイドの手から離れて、闇の中に吸い込まれていた。絶対にい上がることのできない奈落ならくの底に突き落とされて、私は全てを失ったの……」


 ラビはそこまで言うと、回想するのに疲れたのか、大きく息を吐いて舷の手すりに体をもたれた。


 ――それから、湖に落ちたラビは、男爵の率いる兵たちによって引き上げられ、奴隷商の手に渡って、最終的にあの鬼畜な商人に買い取られたのだという。


 これまで家族に囲まれ、暖かで何不自由の無い暮らしを送ってきた娘の元に、突如とつじょとして訪れた災難。家族も失い、帰るべき場所も失った彼女にとって、「全てを失った」という言葉は確かに的を射ているのかもしれない。そして、彼女が高所恐怖症でマストに登れないのも、きっと崖っぷちまで追い込まれた過去のトラウマがよみがえってしまうからなのだろう。


(畜生……やっぱり一筋縄ひとすじなわにはいかないもんだな)


 精神やメンタル的に問題有りのラビを乗組員として迎えてしまった俺は、そのしわ寄せにどう対処すればいいのか、頭を抱えてしまう。


「あの、本当にごめんなさい。私にもっと力があれば……私がもっと強ければ、あなたを困らせることも無かったし……私の家族も、救えていたかもしれないのに……」


 ラビはそう言ってその場に座り込み、目に涙を浮かべたまま、悔しげに唇を噛んだ。


 しかし、今さら悔やんだところで、状況が好転することはない。


『――そう、今さら後悔しても遅いんだよ』


 俺は、誰にともなくそう声に出していた。かく言う俺自身も、この世界に転生する前、何度同じ言葉を唱えたか分からない。現状を変えられなかった自分の無力さを痛感し、何度悔やんだことか分からない。


『……力が欲しいのか?』


 そうして気付けば、俺は甲板に崩れ落ちたラビに向かって問いかけていた。


『強くなりたいのか?』


 俺の問いかけに、ラビは顔を上げ、拳を強く握って答え返した。


「ええ、強くなりたい……もっと強くなって、こんな何もできない私自身を変えたい。両親にすがってしか生きられなかった、これまでの弱い自分を変えたい! どんな権力にも屈さず、辛い過去にも縛られないで、今を自由に生きるアウトローな女に、私はなりたい!」


 少女の碧眼へきがんがキラリと光る。その眼は本気マジだった。こいつは本気で、自分を変えたいと心から願っているのだと、俺には分かった。


『……なら、俺がきたえてやるよ。この船でお前をみっちり仕込んで、どんな困難にも平然と立ち向かえるような強い女にしてやる。生半可なまはんかなことはナシだ。しっかり働いてもらうからな』


 俺の言葉に、少女は強くうなずき返す。


「はいっ! よろしくお願いしますね、師匠!」


 そう言って、ニコッと微笑ほほえんでみせるラビ。その笑顔には、強い女性というより、むしろお嬢様らしい健気けなげな可愛さがあふれていた。


(……いや、そうは言ったものの、やっぱり一筋縄にはいかなそうだよなぁ……)


 俺は自分のことを「師匠」と呼ぶあどけない少女を前にして、大きなため息を吐くのだった。

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