第27話 旅立ちの日

 ゴブリンたちと激しい戦闘を繰り広げてから数日後、ラビは再び、マストへ伸びる縄ばしごへ足をかけていた。


『ラビ、本当にもう大丈夫なのか?』

「はい! もし足を滑らせてしまっても、師匠が受け止めてくれますから」


 ラビは元気にそう答えて、早々と縄ばしごを上ってゆく。少し前まで怖くて登れもしなかったというのに、ここ数日で驚くほどに彼女は成長していた。


「ひゃっ!」

『突風に気をつけろ。手綱たづなから手を離すなよ!』


 途中風にあおられて少し危ない場面もあったが、ラビはマストの上まで登りきり、帆桁ヤードへ伸びる足場のロープを伝って、帆を固定しているロープを一つずつ順番に解いていった。


 固定を解かれた帆は、吹いてくる風を受けて一気にふくらんでゆく。


 このとき、俺の中であるスキルが解放された。


【スキル「魔素マナ集積:Lv1」が解放されました】

【スキル「結晶操作:Lv1」が解放されました】


 俺は得た二つのスキルについての解説を見てみる。


【魔素集積:魔素マナを集め、蓄積する能力】

【結晶操作:フラジウム結晶へ送る魔力量を調節し、磁力を操作する能力】


 スキル名そのままの説明だが、どうやら二つとも、魔導船が飛び立つ際に必ず必要となるものらしい。


「師匠! 全てのマストの展帆てんぱん、完了しました!」

『よし、ならまず初めに水上帆走すいじょうはんそうからやってみるぞ。風はどっちから吹いている?』

『北西から吹いてます!』


 俺は念動スキルを使って帆桁ヤードを動かし、帆に風が当たるよう調整した。すると、帆が風をはらんで大きく膨らみ、俺の体は水面を切ってゆっくりと走り始めた。


『ラビ、成功だ! 動いたぞ!』

「やりましたね師匠!」

『よし、慣らすために、まずは湖を周回してみよう。ラビ、舵を取るんだ』

「へっ? わ、私がですか?」

『俺の言う方向に舵を回してくれればいい。頼む』

「は、はいっ!」


 ラビは後甲板にある操舵輪そうだりんの前に立ち、機関車の車輪ほどある大きな舵を握った。


 俺はさらにスピードを上げ、湖のきし沿いを滑るように下っていった。風を受けて進むこの感覚は何とも言えない爽快そうかい感があった。これは気持ちがいい。俺は今、初めて自分の力で前に進んでいるんだ。


 こうして、俺たちはしばらくの間、風任せの帆走で湖の周りを一周した。


 そして周回を終えたとき、俺の中で例の声がした。


魔素マナ充填率120%、魔導機関航行まどうきかんこうこうが可能です】


 どうやら帆走している間に、風を受けていた帆が大気中の魔素マナを吸収し、結晶にたくわえてくれていたようだ。


『よしラビ、魔導機関航行に移るぞ。しっかりつかまれ!』


 俺は視線を船倉ホールドへと向けて、フラジウム結晶の様子を確認する。結晶は紫色の強い光を放っていて、みなぎる魔力が自分の中を駆け巡ってゆく感覚が分かった。


 そしてとうとう次の瞬間、俺の体は湖面を離れ、宙高く飛び上がった。甲板が大きく後ろへ傾き、ラビは転げ落ちないようしっかりと舵を握りしめた。


『ラビ! 右に舵を取れ!』

「はいっ!」


 ラビが舵輪だりんを右に振り、俺は湖のある大陸の周りをぐるりと回った。


 飛び立って上から俯瞰ふかんして初めて気付いたのだが、俺の停泊していた湖は、巨大なカルデラのくぼ地の中にあった。湖から見て丘だと思っていた部分は、カルデラの盛り上がった部分だったのだ。


『昔はここに巨大な火山があって、大噴火した後に、中央が陥没してああなったんだろうな』

「えっ? あれって元々全てが一つの山だったんですか? ……凄いわ」


 右舷バルコニーから身を乗り出し、目前に広がる巨大なカルデラ湖を前にして驚きを隠せないラビ。


「……あっ、あれ見て!」


 そして彼女は湖に何かを見つけて、その方向を指差す。


 そこには、あの恐竜親子が水上を泳いでいて、こちらへ向かって手を振るように長い尻尾を高く伸ばして左右に振っていた。


「あの子たち、師匠を見送りに来てくれたんだ!」

『まぁ、あいつらには色々と世話になったからな。手を振ってやれ、ラビ』


 ラビは恐竜親子に向かって大きく手を振り返した。レイクザウルスの親子は、こちらに向かって尻尾を振りながら、大きな咆哮ほうこうを上げていた。最後に俺たちへ「さよなら」を言いたかったのかもしれない。


「さよなら〜〜〜っ! また会いに行くからね〜〜っ!」


 遠く離れてゆく恐竜親子の影を見送りながら、俺は自分が転生して飛ばされた場所であり、ラビと初めて出会った湖を後にしたのだった。



 湖のある小大陸から離れると、今度は前方に巨大な大陸と、その周囲に群がるように集まる群島が遠くに見えてきた。


『とりあえず、この世界のことをもっとよく知るためにも、ここから一番近い村か町のある大陸を目指すとしよう。水や食料の調達も必要だしな』

「はい師匠!」


 ラビが返事をしたそのとき、俺の中でまたあの声がした。


【ユニークスキル「総帆展帆そうはんてんぱん」が解放されました】


 突然解放されたユニークスキルに、俺は驚いて内容を確認する。


総帆展帆そうはんてんぱん:全ての帆を一斉に展帆し、即時に船を出航させる能力。魔力40%消費】


 解説を読む限り、どうやらこのスキルを使えば、いちいちラビをマストへ昇らせなくても、俺だけで帆を張ることができるらしい。魔力の消費量が激しいから、そう何度も使えるスキルではないが。まぁでも、これで少しはラビの負担も減らせるということか。


 けれど、ラビにこのユニークスキルのことを話すと、彼女はなぜか少ししゅんとした表情になり、小さな声でこう言った。


「……全て師匠一人でできるというのなら、もう私は必要なくなってしまうのでしょうか?」


 どうやらラビは、自分がこの船にいる理由が無くなってしまうことを恐れているようだった。俺が彼女を乗組員にしたのは、俺のできないことを彼女にやらせるため。でもこれから先、もっと便利なスキルが増えていけば、いつかは誰の力も借りずに、俺一人だけでこの世界を自由に駆け回れる日が来るかもしれない。


 でも……それでも俺は――


『なぁラビ。俺は、お前をこの船でただ働かせるために雇った訳じゃないぞ』

「……えっ?」

『強くなりたいんだろ? 強くてアウトローな女になりたいんだろ? 前にも言ったはずだ、俺が鍛えてやるって。そう言ったからには、最後まで付き合ってやるさ。お前は俺の乗組員であり、この船はお前の船だ』


 そして俺は、一息置いてから、ラビにこう宣言する。


『今日からお前が俺の船長だ、ラビ。お前の行きたいところに、舵を切ってくれて構わない』


 俺の言葉を聞いた途端、ラビの目が見開く。驚きのあまり声を出せなかったようだが、やがてうるんだラビの目から、涙が伝い落ちてゆく。


「ど……どうして、そこまでして私の面倒を見てくれるんですか? 私なんて、ちっぽけで力も無くて、簡単な魔法すら使えない人間なのに……」


 そう問われて、俺も一瞬「なんでだろうな……」と自分でも分からなくなる。


 ――でも、多分これが本当の理由なのだろうと思い、答えた。


『俺も、お前と同じような体験をしたからさ。俺も一度、奈落ならくの底へ突き落されたんだ。そうして一度全てを失い、この世界に船として転生させられた。神の力なのか何なのかは知らないが』


 まぁ、就職先にあんなブラック企業を選んでしまった俺にも罪はあるのだけれど……


『全てを失う前、俺もお前と同じで弱かったんだ。ミスする度に上司にキレられて、こっちはひたすら頭下げて謝って、先輩の言うことに逆らえずに無理矢理飲み会に付き合わされて、吐くまで飲まされて。パワハラなんてしょっちゅうだったが、俺は何も言い返せなかった。情けないもんさ』

「し、師匠も昔は奴隷をさせられていたのですか?」

『奴隷か……まぁそんなもんだな。……だから、最初にお前と出会ったとき、弱かった昔の俺と重なって見えて、いたたまれなくなったんだ。きっとこいつも、俺と同じ道を辿ることになる。それだけはさせたくないって思った。俺がお前を鍛えてやるって言ったのも、それが理由だ』


 これまで、腐り切った人間たちにばかり奉仕をさせられてきた。だから、これからはもっと違う形で、誰かの役に立ってみたい。例えその相手が、たまたま俺と同じ境遇を辿たどった一人の少女だったとしても――


『だから、俺はお前の船として、お前を強くするために精一杯できることをやるつもりだ。これから先何があろうとも、俺は絶対にお前を見捨てたりなんかしない』


 俺の言葉を聞いて、ラビは涙をぬぐい、満面の笑みを見せてくれた。笑っている彼女の表情は、その美しい蒼い瞳や髪色と相まって、群青の空の中によく映えていた。


「……ありがとうございます。私も、師匠の想いに応えられるように、精一杯頑張りますっ!」

『うむ、よろしい! ……と、その前に、お前が俺の船長になるに当たって一つ頼みがあるんだが……』

「はい、何ですか?」

『その……俺に、名前を付けてくれないか?』


 この世界へ転生する前の名前を名乗ることもできたのだが、この世界じゃ聞こえが悪いだろうし、船に日本人の名前を付ける訳にもいかないだろう。


 ……それに、俺はもう以前の弱い俺とは違う。あのときの俺はもう死んだんだ。これからはもっとクールでカッコいい船名を付けてもらって、この世界に名乗りを上げてやろうじゃないか!


「………では、“師匠号”で!」

『うん、ダサい! 却下!』

「ええっ⁉︎」


 いや、マジでそんな名前付けようとしてたのかよ……毎回名乗る俺の気持ちも考えてほしいな。


「――なら、”クルーエル・ラビ”、はどうでしょうか?」

『クルーエル・ラビ?』

「はい。”クルーエル”はロシュールの古い言葉で『いさましい』を意味します。『勇ましきラビ』、私の到達すべき目標を、師匠のお名前にしてみてはどうかな、って」


 『クルーエル・ラビ』……確かに、この世界の言語ではそう読めるのかもしれないが……


『クルーエル――「狂える」いや、「Cruel残虐なラビ」か……ふふっ、面白い名前じゃないか! よし、それでいこう!』


 こうして、俺は魔導船「クルーエル・ラビ」号として、一人の少女の願いを乗せて、この広い異世界の空へ船出したのだった。







※この時点での俺(クルーエル・ラビ号)のステータス

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【船名】クルーエル・ラビ

【船種】ガレオン(3本マスト)

【用途】無指定 【乗員】1名

【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門

【総合火力】1060 【耐久力】500/500

【保有魔力】1600/1600

【保有スキル】神の目(U)、乗船印ボーディングサイン(U)、総帆展帆そうはんてんぱん(U)、魔素マナ集積:Lv1、結晶操作:Lv1、閲読えつどく、念話、射線可視、念動:Lv8、鑑定:Lv7、遠視:Lv6、夜目:Lv8、錬成術基礎:Lv1、水魔術基礎:Lv3、火魔術基礎:Lv5、雷魔術基礎:Lv5、身体能力上昇:Lv2、精神力上昇:Lv2、腕力上昇:Lv2、治癒(小)ヒール・ミニマム:Lv2

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



<最後に、第一章を最後まで読んでくださった皆様へ>

 はい、ここまでで第一章終了です。やっと主人公が飛びました。お付き合いくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。思ったよりPVが伸びていて、自分でも驚いています。本当に感謝感激雨アラレです。

 第二章もこの調子で頑張りますので、気長に楽しんで頂けたらと思います。ストックが少なくなってきたのもあって、何処かのタイミングで毎日投稿でなくなってしまうかもしれませんが、その時は執筆サボって動画ばっかり見てたお前が悪いということで、先に謝っておきます。スミマセン……

 はい、ということで、第二章もお楽しみに。そして、良い年末を。また会いましょう。


クマネコ 2022/12/29

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