第85話 思わぬ収穫
それから、お店が営業時間を終えて閉店し、お客さんが全員帰ってしまった後も、クロムは戻って来なかった。
「ほんっとにあの白黒頭、何処で水売ってんのよ? 私たちが頑張って働いてるのに一人だけサボっちゃうとか、マジないわ~」
お客が誰も居なくなった店内を掃除しながら、ニーナはあきれて溜め息を吐く。
「……でも、こんな遅くになっても戻らないなんて心配です。ニーナさん、メリヘナさん、クロムさんを探しに行きましょう」
ラビから言われてニーナは嫌そうな顔をしていたものの、「まぁ船長がそう言うなら仕方ないか~」と重い腰を上げた。
――外は既に陽が落ちて、暗くなった街並みには明かりが灯り、昼間の鮮やかでカラフルな街風景は一変して、窓から漏れる明かりが寄り集まった煌びやかな夜の街へと変化していた。
しかし、街に出たは良いものの、一体どうやってクロムを探せば良いのだろう?
とりあえず、俺たちは町の住人や通りすがりの人たちに聞き込みを行い、「メイド服を着たシャチ顔の魚人族の少女」を見かけなかったか尋ねて回った。その言葉だけを聞けば、むしろ外見のインパクトが強過ぎて誰の目にも留まるのではないかと思ってしまうのだが、意外とクロムの姿を見た者は無く、尋ねられた誰もが首を横に振った。
けれども聞き込みを続けてゆくうち、運河を回るゴンドラのとある漕ぎ手から、こんな目撃情報を聞くことができた。
「姿までは見えなかったが、ゴンドラを漕いでいたら、水路の中を黒い影が猛スピードで横切って行くのを見たな。三角形の黒いヒレを水面に突っ立てて、あまりのスピードで真横を通り過ぎていくもんだから、こっちはゴンドラをひっくり返されそうになったんだぜ!」
ゴンドラの漕ぎ手によれば、その黒い影は、人通りの少ない水路の方へ泳いでいったという。なるほど、目撃情報が少なかったのは、人目に付かない水路の中を移動していらからという訳か……
俺たちは漕ぎ手の男に礼を言い、それから人通りの少ない区画へと走って移動した。この辺りは街の大通りと違って人気が無く、周囲を照らすのは外灯のみで、走ってゆくラビたちの姿が建物の壁に巨大な影を投げ、辺りに響くのは三人の足音だけだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
『大丈夫かラビ?』
「め、メイド服を着てこんなに走ったのは初めてで、ちょっと息が切れちゃいました……」
「お嬢様、少し休憩なされますか?」
心配するメリヘナに「ええ、お願い」と答え、建物の壁に寄りかかり息を整えるラビ。建物と建物の間には細い水路が通っていたが、排水を流しているせいか、水は緑色に濁って酷い臭いを放っていた。
「ゴンドラの運転手の証言からして、クロムの通っていった水路の先は、ここへ行き着くはずなのですが……」
メリヘナがそう言って辺りを見回すが、排水の放つ酷い臭いもあってか、辺りに人影はなく、しんと静まり返っている。
――が、そこへニーナが、尖ったエルフ耳をピクピクさせて、警戒するようにその場で構えを取った。
「気配感知が反応してる……ほらあそこ、
ニーナが、水路に掛かったアーチ橋の下を指差す。流れる水路の横に伸びた通路の上、橋桁の下に広がる暗闇の中から、まるで亡霊のように、一人の影がぬっと現れた。
その人影を見た瞬間、ラビは思わず悲鳴を上げそうになる。
「……あれ? みんな、どうしてここに?」
警戒するラビたちの前に現れたその人影は、俺たちが探していたクロム本人だった。水の中を移動してきたせいか、せっかくのメイド衣装がびしょびしょに濡れている。
しかも、彼女のメイド服を飾る白いエプロンには、真っ赤な血がべっとり付いていて、クロムの口元も血でまみれていた。
そして、彼女の手にはあるものが握られており、地面を引きずってこちらへやって来る。
「く、クロムさんっ⁉ ……あ、あの……そそ、それって……」
「ん? ……ああ、ひょっとして、お前たちもコレ、食いに来たの?」
まるでシリアルキラーメイドのように凄惨な格好をしたクロムは、手元に
それは、上下を引き裂かれた人間の下半身部分で、裂け目部分からは内臓がぶら下がり、血が滴り落ちて地面に大きな血だまりを作っていた。
あまりにサイコホラー過ぎる現場を目の当たりにしてしまった三人は声も出せず、ついにはラビがその場で卒倒してしまったのだった。
〇
「―――いやいや、あのさぁ……確かにラビっちはあの時、店での騒ぎを治めるために、アンタに向かって『悪い奴にはガブッとやっちゃえ』的なことを言ってたかもしれないけどさぁ~……」
血まみれになったクロムから、こんなことになってしまった
「でも、だからって
ニーナが
店であれだけ迷惑行為を働いた二人は、哀れなことに、今ではすっかりクロムの胃の中に納まってしまい、クロムはお腹いっぱいになって満足げに舌なめずりなんかしている。
クロムの話によれば、その迷惑夫婦が店を出た後、彼女は二人の放つ臭いを覚え、スキル「
「ちょ、ちょっとクロムさんっ! あの時の言葉はあくまで建前であって、本当に食べちゃっていいなんて私は一言も言ってませんよっ! 言うこと聞かない子には、めっ! ですからねっ!」
さっきまでショッキングな光景を前に気絶していたラビも、起きた途端にクロムに向かって叱り付け、白いアイパッチのある額にコツンとデコピンをかましていた。
「……でもこいつら、メリヘナのこと家畜って言った。クロムのことも、魚臭いって馬鹿にした。クロムは魚臭いなんて名前違う。クロムはクロムなの。だから、噛み付いて分からせてやった。へへ……」
そう言ってにんまり笑顔を見せるクロム。……いや、噛み付くどころか、しっかり完食しちまってるじゃねえかよ。
思わずツッコミを入れたくなったが、正直に言うと、内心では密かに「ざまぁみろクズ共」と声を上げている自分が居た。あいつらは獣人や魚人を動物以下だと見下すような人間のクズだ。そんな奴らには、クロムの胃の中でしっかり反省してもらわないとな。
「あぁもう! もしお店のお客さんを食べちゃったなんて知られたら、私たち即クビになっちゃうどころか、犯罪者扱いされちゃいますよっ! 一体どうしたら……」
ラビが唸って頭を抱えてしまっていると、離れたところで、犠牲になった夫婦の持ち物を調べていたニーナが、あるものを見つけたらしく、ニヤリと笑みを浮かべてラビを呼ぶ。
「ねぇラビっち~、ほらこれ見て見て! 白黒頭がこいつらを襲ったのも、案外名案だったかもしれないよ」
そう言って、ニーナは夫婦の持っていたバックの中から、見つけたあるものを取り出してラビに投げて渡した。
それは二枚の白い封筒で、開け口には
「これは……タイレル侯爵主催の、闇奴隷市への招待状じゃないですか!―――」
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