第84話 お客様困りますっ!
それから、陽が落ちる前にラビとニーナが店に到着すると、何やら店内が騒がしくなっていた。
耳を澄ませてみると、店の中から聞こえてくるのは男性の怒鳴り声のようだ。トラブルメーカーのクロムがまたお客に対して何かやらかしたのだろうか? 真相を確かめるべく、俺たちは急いで店に入る。
すると、怒鳴っていたのはとある一人の男性客で、前の床にはメリヘナが倒れており、その周りには運んできた料理が無残に散らばってしまっていた。
「この店では獣人に運ばせたものを食わせているのか! ふざけた真似しおって! 獣臭くて食えやしないだろうが!」
男はそう言って足元に転がっていたお盆を蹴飛ばした。そのお客は夫婦で来ているらしく、女性の方は倒れたメリヘナを虫でも見るような目で見下し、持っていたハンカチで鼻を覆っていた。
どうやら、二人はメリヘナが運んできた料理を、「獣人が運んできた」という理由だけでぶちまけてしまったらしい。……やれやれ、いけ好かないお客様に当たってしまったみたいだな。と、俺は内心で溜め息を吐く。
「たっ、大変申し訳ございません。直ちに作り直して別の者に運ばせますので――」
メリヘナは慌ててお客に対し頭を下げるが、相手の男はさらに激怒して言い放つ。
「うるさいっ! この店で獣人が働いていること自体が目障りなんだ! お前らなんて豚箱の中に放り込まれていた方がまだマシだ。この家畜風情がっ!」
すると、二人の間にラビが割込み、メリヘナの前に両腕を広げて立ち塞がった。
「メリヘナさんは奴隷なんかじゃありません! 彼女は私たちと同じ、このお店で働くウェイトレスの一人です。獣人だからって、このお店で働いては行けないなんて規則は無いはずですよ」
「なっ、なんだお前! 小娘は引っ込んでろ!」
割り込んできたラビに向かって、男は凝りもせず怒号を飛ばしてくる。こいつら、高級そうな身なりからして、何処かの富豪なのだろう。どうして金持ち連中は、こうも根が腐り切った差別主義者たちばかりなのだろう?
しかしラビは、憤怒する男を前にしてもひるまず言い返した。
「同じ仕事仲間にそんなことを言われて、引き下がるなんてできません! もしどうしてもメリヘナさんに運ばせるのが嫌なのでしたら、今度はクロムさんに運ばせますよ」
すると、自分の名前を聞き付けたシャチ顔のクロムが、厨房からドスドスと足音を鳴らしてラビのところへやって来た。
「おチビちゃん、クロム呼んだ?」
「ひっ! な、なんだその化け物はっ⁉」
男は登場したクロムを見た途端、血相を変えて縮こまってしまう。
「魚人のクロムさんです。彼女は働き者で、私たちもとても助かっているんですよ。……でも、この子はいつもお腹を空かせているので、あなたのようなマナーの悪い人を見かけたら、怒ってガブッ! とやっちゃうかもしれませんけど……」
男はラビの言葉を聞いてさらに顔を青くした。
「ねぇラビ、この
「ええ。せっかく作った料理が台無しになってしまったので、もう一度ご注文からやり直しましょうか?」
背後に居たクロムがズラリと並んだ白い歯を剥き出し、前に立つラビが男にそう問いかけると、男はたまらず声を上げた。
「ひぃっ! よ、寄るな化け物っ!! 魚臭さが移るわっ! この店にはこんな人外な奴らばかりしか居らんのかっ⁉ も、もういい! こんなところもう二度と来るかっ!」
その男は、ラビやメリヘナ、そして迷惑そうにしている周りの客に対して謝ることもなく、散々怒鳴り散らした後、同じく顔を真っ青にした妻を連れて店を出て行ってしまった。しかし、ラビとクロムの脅しが効いたのか、恐れをなし尻尾を巻いて逃げる姿は、傍から見ていて何とも清々しい気分だった。ナイスラビ! 俺は心の中で親指を突き立てた。
ひと悶着あった後、ラビは慌ててメリヘナに駆け寄った。
「メリヘナさん、怪我は無いですか?」
「……ええ、私は大丈夫です。ですが……申し訳ありません、お嬢様。私が起こした粗相のせいで、お嬢様を怖い目に遭わせてしまいました」
「気にしなくていいわ。あんな礼儀を知らない相手には、恐れることなく一言ガツンと言ってやればいいんです。あんな奴にちょっと怒鳴られたくらいで怯えてしまっては、海賊船長は務まりませんから」
落ち込むメリヘナに、ラビはにこやかにそう言ってウインクして見せた。そんなラビを見たメリヘナは、ぽおっと頬を赤くして、驚いたように目を見開いた。
「お嬢様……以前まで御屋敷で一緒に遊んでいたラビリスタお嬢様が、今ではこんなご立派になられて………私、感動ですっ!……」
感激するあまり涙を流し始めてしまうメリヘナの背中に手をやりながら、ラビは彼女を立ち上がらせると、次に周りに座っているお客たちの方を向いて、ぺこりと頭を下げた。
「皆様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした! ですが、騒ぎは収まりましたので、またいつものように、元気一杯営業させていただきます。よろしくお願いいたしますっ!」
ラビの誠心誠意な謝罪がお客の心にも響いたのか、彼らの表情には安堵が戻り、緊迫した雰囲気も解けて、再び賑やかないつもの店内に戻っていった。
『よくやったな、ラビ。それでこそ、俺を任せられる船長だ』
「あっ、師匠……えへへ、ありがとうございますっ!」
俺がそう褒めてやると、ラビは少し照れながらも、明るい笑顔で答えたのだった。
「それじゃ、閉店まで頑張りましょうクロムさん! ……って、あれ? クロムさん?」
ラビは周りを見回すが、店内にクロムの姿が見えない。
「ニーナさん、クロムさん見かけませんでした?」
「あれぇ? 白黒頭なら、さっきまでラビと一緒に居なかったっけ?」
ニーナもクロムが居ないことに気付き、不思議そうに首を傾げる。
「本当に、どこ行っちゃったんだろう?――」
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