第83話 海賊船長ラビ、メイドのアルバイトに精を出す

「いらっしゃいませ~っ! 探検家船舶組合ボート・コンパニオン公認のカフェレストラン『マゴット&ビスケッツ』へようこそ!」


 ウルツィアの街中にある飲食店。店の扉が開けられ、カランカランとドアベルが鳴ってお客が入ってくる度に、ラビの元気な声が店内に響き渡る。


 ドックの管理人であり、この店のオーナーでもあるオヤジの話によれば、ここには探検家船舶組合ボート・コンパニオンの関係者だけではなく、通りすがりの町の人々や旅行者なども立ち寄る人気のお店であるらしい。


「ねぇねぇ、そこのおにーさん! 私たちのお店に寄ってかな~い? 来てくれたらぁ、お礼にコーヒー奢っちゃうんだけどな~?」


 メイド服で着飾ったニーナも、自分の可愛さを存分にアピールして、お店の外で宣伝活動に精を出している。そのおかげもあってか、ラビたちの働く店「マゴット&ビスケッツ」は、開店して間もないうちから大盛況を見せていた。


「コーヒーセットひとつ。セットのケーキはチョコムースパイで」

「極厚パンケーキセット二つお願いします!あ、あとクリムベリージュースも」

「荒地ウサギのシチューひとつ。妻にはサンドイッチを」

「メタルビーク肉のステーキまだ来ないの~?」


「はぁい、只今お持ちしますっ!」


 ラビが急いで厨房からお客の座るテーブルへと料理を運んでゆく。


 一方で、別のテーブルでは……


「チーズオムレツと、黒海鳥のスープが二点、コーヒーが三点で、うち一点はケーキとセット。セットのケーキはバタースフレ、以上でよろしいでしょうか? ……かしこまりました、少々お待ちください」


 メリヘナがお客の注文を聞いて周り、手元の票にサラサラと注文された品を書き込んでゆく。元々の本業がメイドということもあり、お客に注文を聞いて回る動きもスムーズである。


「ラビリスタお嬢様、三番テーブルでお客様が注文されているのでご対応お願いします。私は七番テーブルでご注文の品をお運びしますので」

「了解ですメリヘナさん!」


 ラビと連携しながら、次々と来る注文をこなしてゆく二人は、息もぴったりだった。


「すみませ〜ん! 注文いいですか〜?」


 すると、遠くの方でお客の一人が手を上げてラビを呼ぶ。


「はいっ、今行きまーす! ……でも、今手が離せないや……クロムさん、対応お願いできますか?」


 ラビは厨房に居たクロムを呼んで、彼女に注文票を渡す。


「はいこれ。お客さんのテーブルに行って、この注文票に注文の品を書いてきてください」

「クロム、これよく分かんない。あそこ行って、これ、書けばいいの?」

「そうです! 何事もまずやってみることから始めましょう!」


 そう言って、ラビはクロムをお客の座るテーブルの前まで連れていく。


 しかし、テーブルに座るお客は、クロムの姿を見た途端、驚いて言葉を失ってしまっていた。そりゃそうだ。俺だっていきなりシャチ顔のウェイトレスに注文を聞かれたら、同じリアクションを取るだろう。


「えっと………注文、何?」

「クロムさん、そこは『ご注文をうけたまわります』ですよっ」

「ご、ご注文、タマワル? ご注文、ウケタワマリマス」


 酷くカタコトで言い方も間違ってはいたが、なんとか注文を尋ねる文句を口にできたクロム。


「あ、あの……コーヒーセット一つ……セットのケーキはベイクドチーズケーキで……」


 恐る恐るお客が注文を口にすると、クロムはツルツルな頭を掻きながら首を捻る。


「コーヒー? ……クロム、あれ苦くて嫌い。チーズは臭いからヤダ。他のにしてほしい」

「ちょ、ちょっとクロムさんっ⁉︎ これはお客さんの注文であって、クロムさんが食べるものじゃないですから!」

「……? クロム食べる、違うの? ……こいつ、とっても美味しそう。食べていい?」


 そう言ってお客に指差し、口元から牙を覗かせるクロムを、ラビは慌てて引き止めた。


「だからお客さんは食べ物じゃありませんってばっ‼︎」


 おかげで注文したお客はすっかり青ざめてしまい、ラビは何度も謝っては頭を下げ、クロムの代わりに注文を聞いてあげたのだった。



 それから、主にお客の注文を聞いて回るのがラビとメリヘナの仕事。注文された品をテーブルまで運ぶのがクロムの仕事。店の外で客引きや宣伝をしつつ、お客が多い時は中で品運びを手伝うのがニーナの仕事。というように作業分担され、各々自分の仕事を懸命にこなしていった。


 一方、そんなラビたちの働きぶりを見て、管理人のオヤジも鼻高で彼女たちを称え、給仕の仕事だけでなく、料理の出張販売や材料の受け取りなどの仕事も任せてもらえるようになった。



 ――そうして、カフェレストランで働き始めて一週間ほど経ったある日、ラビとニーナは馬車に乗って町の各地を巡り、お店の料理を売って回っていた。


 俺もラビの首から下がるフラジウム結晶ペンダントに意思転移してお供していたのだが、ここウルツィアの港町は本当に美しかった。色とりどりの壁に緑の屋根で統一された街並みは、まるで海外旅行のパンフレットに乗っているような外国の街を見ているようだった。建物と建物の間には水路が網の目に走っており、透明感あるサファイアブルーの水面の上を、ボートやゴンドラが盛んに行き来していた。


 そんな水路の上に渡されたアーチ状の石橋の上で、出張仕事を終えたメイド服姿のラビが頬杖を突き、ボーッと水路の上を滑ってゆくゴンドラを眺めていた。


「何一人でたそがれちゃってんの~」


 すると、背後で馬車の点検を終えたニーナが、ラビに声をかけた。


「いえ、あの……私たち、本当はこんなことをしてる場合ではないんじゃないかって思って……この町へは、働くためでも観光するためでもなくて、ポーラさんを助けるために来ているんです。……今もポーラさんがあのお城の中で拷問を受けていると思うと、居ても立っても居られない気持ちになってしまって……」


 ラビは表情を曇らせ、少し声を落としてニーナにそう言葉を返した。


 確かに、ここへ来たのはポーラを助けるためだと、サザナミ大大陸へ向かう前に意気込んでいたラビだったが、紆余曲折(特にあの白黒頭が押しかけて来たこと)があって、今はこうしてメイド服に着替えて忙しく街中を駆け回る日々が続いている。そんな現実にもどかしさを隠せない様子だった。


 しかし、そんなラビに向かってニーナが言う。


「でも、んなこと言ったってさ~。あの船無くちゃ、いざ救出作戦を決行して敵に追われた時逃げられないし、すぐ出航できる状態にしておかないと、いざという時ヤバくない?」

「た、確かにそれもそうですけど……」

「こうして出張仕事も任せられるようになったんだからさ、町を回る中で情報集めとかして、しっかり計画立てた方がいいと思うな~。そのポーラって子も、獣人なんでしょ? 獣人なら過酷な環境でも耐えられる体をしてるし、拷問受けてすぐにへたばったりはしないと思うな~」


 「だから、今は私たちにできることを精一杯やるっきゃないっしょ」と前向きなニーナの意見にラビも勇気付けられたようで、「そうですね!」と開き直ったようにラビの表情にも笑顔が戻った。


 すると、ラビたちの居るアーチ橋の下を、一艘いっそうのゴンドラが高速で通り抜けていった。漕ぎ手は船尾でハンドルを握っているだけで、漕いでいる訳でもないのにかなりのスピードが出ている。


「あっ、ニーナさん! あのゴンドラ、漕いでもないのにあんなにスピードを出して走ってます!」

「あ~、あれは『魔導走行』って言ってね、魔術を使って舟を動かしているんだよ。ほら、舟を操る船頭せんどうが、小さなフラジウム結晶を手に持っているでしょ? あの結晶が生み出す磁力を魔術で操って一方向のみに向けることで、ああいう感じで小さな舟を高速で動かすこともできるんだ」

「そんなこともできるんですか⁉ 凄い! 一回乗ってみたいなぁ~」


 そう言って目を輝かせるラビ。これまで自分の家の庭しか知らなかったラビにとって、この町で出会うものはどれも新鮮に映るようで、町へ出かける時、ラビはいつも胸を躍らせていた。仲間であるポーラを助けるという大事な任務を抱えてはいるものの、この町に居る間は、ラビにはなるべくこうして楽しんでいてほしいと、俺は思った。


「じゃあ今度ラビちゃんもあれに乗せてあげよっか?」

「本当ですか⁉ 嬉しいですっ!」


 ニーナの提案に、喜んでぴょんぴょん飛び跳ねるラビ。


「でも今日はまだ仕事残っちゃってるし、早くお店に戻らないと怒られるよ~」

「そうですね。急いで戻りましょう!」


 そう言って、二人は再び馬車に乗り込み、お店に向かって馬を走らせた。

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