第82話 馬鹿にならない修理代

 こうして、予期せぬ形で招かれざる客を乗せてしまった俺たちは、土手っ腹(船底)に風穴を開けたまま、港に着水することができずにウルツィアの上空を漂う羽目になってしまった。これでは常に魔力を消費してしまうし、第一空の上では目立って仕方がない。一応海賊旗は下ろしてあるし、見た目は普通の貿易船を装ってはいるのだが、敵の居城を目の前にして、こうも目立ってしまってはマズいだろう。


『おいニーナ、どこかに身を隠せる安全な場所はないか? 水上以外で船を停泊できる場所とか』


 俺はこの町に詳しいニーナにそう尋ねてみる。


「え〜、そんな町中に船を置く場所なんてそうそう無い……あ、ちょい待ち! そういえば、ここの探検家船舶組合ボトパは乾ドックを備えてたはずだから、一旦はそこに降りてみれば? そこならシューセンもできるし~。ドックの管理人には私が話を付けておくからさ」


 ニーナがそう言ってくれたおかげで、ようやく腰を落ち着けられそうな場所を見つけた俺は、彼女にドックのある場所を教えてもらい、急いでそこへ向かった。



 この港町の探検家船舶組合ボート・コンパニオンドック管理人である中年のオヤジは、突然俺たちが押しかけて来たのを見て、大層迷惑がっているようだった。どうにかニーナが説得してくれたおかげで、オヤジは渋々了承してくれたが、その代わりに高い入港税と停泊代を支払うことになってしまった。


 しかも、支払いはこれだけではなかった。


「ありゃりゃ……こりゃまたデカい穴を開けられたもんだな。何処の船にやられたんだ?」


 俺の船底にぽっかり空いた大穴を見たオヤジが、いぶかしげな顔でそう尋ねると、ラビは苦し紛れに愛想笑いして誤魔化した。実はこれが船ではなく、によってこさえられたなんて、言えるはずもない。


「これの修理に、どれくらいかかりそう?」


 ニーナがオヤジにそう尋ねると、オヤジは算盤そろばんらしき計算道具を取り出し、それを弾いて計算し始め、「締めてこんくらいかな?」と計算した結果をニーナに見せる。


「はぁ⁉ ちょっとこれマジで言ってる? 穴一つ直すのに何でこんな高いワケ? 意味分かんないんですけど~」


 かなり法外な値段だったらしく、ニーナは呆れて首を横に振っていた。


「仕方ないだろう。穴が空いた衝撃で、船のあちこちにもガタが来てるし、船底の継ぎ目も開いちまってる。穴の他にも修理しなきゃいけないところがあるし、第一この町じゃ、船体に開いた穴一つ直すのにもこれくらいかかるんだよ」


 オヤジはそう言い訳していたが、おそらく請求された金額には、修理代とは別に俺たちが勝手に押しかけてきた迷惑料も含まれているのだろう。その証拠に、オヤジの顔には陰湿な笑みが浮かんでいた。


「お金足りそうですか、ニーナさん?」

「無理! これじゃ、今ある貯金を全部叩いても足りないよ。ワンチャン、ルルの港町まで戻ればアクバのジジイが安く修理してくれるかもだけど、行ってまた戻るじゃ超メンドいし〜」

「それは困りましたね……」


 ラビとニーナが困って頭を抱えていると、管理人のオヤジが横から話に割り込んでくる。


「金が足りないってんなら、俺の店で働いてみないかい? 丁度アンタらみたいな可愛い子を客引きとして雇っていたところなんだ」


 そう言われて、ラビとニーナは互いに顔を見合わせる。


「……だってさ〜。どうするラビっち?」

「師匠を修理するためにも、ここは引き受けましょう! お金になることなら何でもします!」


 フンスと鼻を鳴らして声を上げるラビ。……って、いやちょっと待て! ラビ、その言い方はマズくないか? 過去にブラック企業に勤めていた俺には分かる。その言い方はご法度なヤツだ。


「本当かい! そいつは良かった。じゃあ早速、今日から働いてもらうとしようか」


 ラビの快い返答に、有頂天になるオヤジ。ニーナも「ま、船長が言うなら仕方ないか〜」と乗り気満々なご様子。……え? とんとん拍子で仕事をする流れになっちゃったけど、嫌な予感がしているのは俺だけなのか?



「あ、あの……似合っていますか?」


 弱々しい声を漏らしながら、更衣室から出てくるラビ。その姿を一目見たニーナは、「いや、可愛いかよ!」とキレのあるツッコミで親指を立てた。


「あっ、ニーナさんも着替えたんですか? 凄い! とてもよく似合ってます!」

「ふふーん、こう見えても私、こういう仕事には慣れてるんだ〜。ルルの港町でよくルミちゃんの手伝いさせられてたからね〜」


 そう言って、腕を組み得意げに笑うニーナ。


 二人とも、お店の制服であるおそろいのエプロンメイド服に身を包み、姿見の前に立っていた。膝より少し丈の短いスカートの裾は白いフリルで飾り立てられ、胸元には大きなピンク色のリボンが結ばれている。同じく頭にもフリル付きのカチューシャ、手にはカフス。綺麗に着飾ったラビとニーナは、まるで西洋の人形のように美しかった。


 それにしても、最初二人が働く話を聞いて、一体どんなブラックなことをやらされるのか? 風俗でもやらされるのかとヒヤヒヤしていたのだが、普通に飲食店のウェイトレスを任されると聞いて、俺は密かに安堵していた。


 しかし、ウェイトレスなのに何ででわざわざこんなメイドの格好をする必要があるんだ? ひょっとして、この異世界にも「メイドカフェ」という概念が存在するのだろうか? もしそうなら、いかがわしい仕事であるような気も拭えないのだが……


「あの……師匠も、私の恰好どうですか? 似合っていますか?」


 ラビは自分の衣装を姿見に映しながら、首にかけられたフラジウム小結晶(俺)にも意見を求めてくる。


 ……いや、似合う似合わない以前に、ラビのような美少女にフリフリのメイド服を着させるとか、完全に俺の性癖に刺さり過ぎて、見惚れるあまり返す言葉すら失ってしまっていた。


『……あ、あぁ……よく似合ってるぞ、ラビ』

「おやおや、さてはオジサン、ラビの可愛さにキュン死にしちゃったな~?」


 ウザ絡みしてくるニーナを鬱陶しく思いつつも、俺はラビに向かって本心を口にしたつもりだった。そのメイド服は、ラビにとても良く似合っているし、ラビを可愛く魅せてくれていた。


「――あ、あの……わたくしまでこのような格好をさせていただいて……よろしいのでしょうか?」


 すると、今度は更衣室のほうから、同じメイド服に身を包んだメリヘナが登場する。


「あっ! メリヘナさんも着替えたんですね! とても素敵です! ……でも、本当に良いんですか? 私とニーナさんが引き受けたお仕事なのに、メリヘナさんにまで手伝ってもらっちゃって」


 ラビがそう言うと、「な、何を仰るのですか!」とメリヘナは声を上げる。


「ラビリスタお嬢様のお役に立てるのなら、私はどんなことだってやります! ホワイトベアーズ副メイド長として、ラビリスタお嬢様のお手伝いをするのは当然の使命です。それにメイドとして、今回のような給仕仕事は私たちの十八番おはこでもありますから」


 そう意気込むメリヘナ。ラビは嬉しそうに微笑んで「……分かりました。よろしくお願いします」と深く頭を下げた。


 ――そして更衣室からは、さらにもう一人の人物が姿を現す。


「……なんで、クロムこんな格好しなきゃいけないの? これ、ゴワゴワで気持ち悪い。この服ずっと着てるなんてヤダ。脱がせて」


 ぶつぶつ文句を言いながら現れたのは、シャチ人間――もとい、白黒頭のクロムだった。魚人であるにもかかわらずフリフリのメイド服を着させられて、本人はかなり不満気な様子。いつも裸で、服なんて着ることのない彼女にとって、衣服なんて邪魔なものでしかないのだろう。女性らしい体付きが幸いしてメイド衣装が似合うには似合うのだが、ツルツルとした白黒顔が可愛らしい衣装と相反して、完全に人外である顔だけが浮いてしまっている。頭にカチューシャを付けたとしても、シャチ顔であることはいなめない。


「もう、いちいち文句言わないの! 大体、こうして私たちが働かなきゃいけないくなったのも、全部アンタのせいなんだから、一番しっかり働いてもらわなきゃ困るんですけど~?」


 クロムにそう言い付けるニーナ。そもそもの話、クロムにもこの仕事を手伝わせようと最初に言い出したのはニーナだった。馬鹿高い修理代を払わされる元凶となったクロムにも働いてもらわなければ不公平だとニーナが言い出して聞かず、仕方なしに俺は、人間やエルフたちを食らわないことを条件に、クロムを開放させてやったのだった。


 しかし、知能の低いクロムが、人を食わない条件を守ってくれるとは信じ難い。アイツが店の客を食ってしまわないよう、目を離さないようにしておかないと……


「あ、そうだクロムさん。この仕事を依頼した管理人から聞いた話によれば、ここで働いてくれた人には、まかないとしてオーク肉の丸焼きが食べられるそうですよ」


 ラビがクロムに向かってそう言うと、クロムは「お肉、食べられるの⁉」と、途端に目を輝かせる。


「……お肉のために、クロム、頑張る!」

「その意気です! 一緒に頑張りましょう!」


 互いにガッツポーズして意気投合するラビとクロム。


 色々と不安な要素がてんこ盛りではあるが、取りあえずはラビたちの働いている様子を、ここから見物させてもらうことにするか……

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