第9話 お前らはお呼びじゃない

 それから数日が経ったある日――それまで恐竜親子にエサやりしながら経験値を稼ぐだけの生活だった日々に、転機が訪れる。


 夕暮れ時になり、陽も落ちて辺りがかげり始める中、湖畔に広がるなだらかな丘の上から、小さな影が現れたのである。


『あれは……魔導船、だよな……』


 その影は間違いなく船影で、こちらへ向かって近づいて来ているようだ。俺はスキル「遠視:Lv5」を使って船を観察してみる。ついでに、つい最近Lv7に上昇した「鑑定」スキルも併せて使ってみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【船名】アプセット

【船種】キャラベル(2本マスト)

【用途】商船 【乗員】38名

【武装】:8ガロン砲…6門 旋回砲…2門

【総合火力】:175

【耐久力】:300/300

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『なるほど、他の船だとステータスはこう映るのか……』


 ちなみに、これが今の俺のステータスだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【船名】なし

【船種】ガレオン(3本マスト)

【用途】無指定 【乗員】0名

【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門

【総合火力】750

【耐久力】500/500

【保有魔力】640/640

【保有スキル】神の目(U)、閲読えつどく、念動:Lv6、鑑定:Lv7、遠視:Lv5、夜目:Lv7、水魔術基礎:Lv3、火魔術基礎:Lv3、雷魔術基礎:Lv4

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ちょくちょく船内にのさばる害獣どもを駆除くじょしていたおかげで、経験値もだいぶ稼げた。鑑定スキルのレベルも上がったおかげで、より詳細な情報まで表記されるようになっている。相手船の保持スキルがないのは、まぁ意志のない船だから当たり前として、武装は大砲6門程度……総合火力ではこちらが圧倒的。耐久力もそれほどではない。ただ問題は――


 俺の中に載っている40門の大砲に、弾を込められる乗組員が誰一人として乗船していないことなんだよな……


『せっかくこれだけの大砲を備えてても、肝心な時に人手がいなくて使えなきゃ、ただの飾りも同然だ。ここは黙ってやり過ごすしかないが――』


 どうやらそうもいかないようだ。相手の船はどんどんこちらへ近付いてくる。商船だからか、見た目も華やかで、鮮やかな茶に赤のラインが入った船体、甲板上に建つ二本のマストには、紅白のしま模様をした三角帆が張られていた。


 あんなに目立つ外装をして不用意に近付いてくるということは、どうやら相手に攻撃の意志はなさそうだ。両舷の砲門も閉じられている。おそらく興味本位で接近しているのだろう。不用心な奴らだ。どこの馬の骨かも分からない相手に警戒もなく近寄ってくるとは。もし俺の中に乗組員が隠れたりしでもしていれば、あの船を攻撃することも可能だろう。


 まぁ、今の俺にそれだけの力はないから、近付いてきても手の打ちようがないのだが……


 アプセットと呼ばれる商船は、丘を越えて湖に侵入すると、湖面を滑るように着水し、俺の右舷へ接舷した。そして商船に乗っていた乗組員たちが、次々にかぎ爪の付いたロープをこちらに向かって投げ入れ、手すりに引っ掛けて固定した。


『こいつら、俺の船に乗り込むつもりなのか?』


 乗組員たちは渡されたロープを伝って俺の中へ乗り込んでくる。乗り込んできた奴らは、全員腰に剣を下げて武装しており、頭にはターバンのようなものを巻いて、口元はバンダナで隠していた。


『こいつらが商人? にしては、姿格好はまるで盗賊みたいだが……』


 俺は、自分の船に侵入してきた奴らを注意深く観察していた。誰も俺の気配に気付く者はいない。奴らも、まさか自分たちの乗り込んだ船そのものが、「俺」であるなんて思いもしないだろう。


 俺に乗り込んできた商船の奴らは、各甲板デッキへ散らばって船内を調べ始めた。俺の中で人間たちが動き回っている感覚は、何とも奇妙で落ち着かない。まるで胃カメラを飲んだときのような感覚だ。


 奴らは一通り俺の中にある全ての甲板を調べ終わると、商船と俺の間に長い板を渡した。


 すると、渡された板の上を一人の男が歩いてくる。狡猾こうかつな目をしたその大柄な男は、でっぷりと肉の付いた体に高級そうな衣装をまとい、両手の太い指には宝石の付いた指輪がいくつもはめられていた。いかにも裕福そうな商人という感じだ。


 その商人は俺の甲板上に降り立つと、口元にたくわえたチョビ髭をいじりながら、物色するように俺の甲板を見回した。周りにいた乗組員たちが商人に向かって頭を下げ、調べた結果を報告する。


「船の中を調べましたが、誰も人は乗っていないようですぜ、おかしら。放置されてずいぶんと時間が経ってるみたいで、どこもかしこもひどく汚れてやがるし、下の方は水に浸かっちまってます」

「国旗も見当たらねぇし、どこの国籍こくせきの船なのかもさっぱり。おまけに無人ときやがる。気味がわりぃですよ」

「やっぱ、こいつが噂の『紅き幽霊船』じゃないですかね? こんな辺境の誰も来ねぇような大陸の湖にポツンと浮かんでるなんて、どう考えてもおかしいですぜ」


 乗組員たちが口々にもの言う中、商人の男は、それらの意見を一掃するように声高々と言い放つ。


「それで? 何か金目になる物は積んでいたのかね? 宝石や金貨、無ければ衣服や酒、食料、武器でも構わん。吾輩わがはいの手腕にかかれば、どんなゴミのような物ですら売りさばいて金にできるのだからな」


『……あ、こいつ、俺が一番嫌悪するようなタイプの人間だわ』


 俺の第六感がすかさずそう警告した。


 ――なるほど、この商船の船長はアイツらしい。プロの船乗りでない、商売と金儲けのことしか脳がないような商人が船長であるというなら、正体不明の船に不用意に近付いたりするのもうなずける。それに話を聞いたところでは、コイツは商人でありながら他人の物を奪って売り払う姑息こそくな手を使ってこれまでもうけてきたようだ。ハッキリ言ってクソ野郎だ。それじゃ盗賊とやっていることが同じじゃないか。そんな奴が俺の上に立っていると考えるだけで胸糞むなくそ悪くなる。


「で、でもよぉ、お頭……」


 すると、乗組員の一人が商人に向かって意見する。


「この船がもし本物の幽霊船だって言うなら、下手に物を取らない方が良いんじゃないすか? 俺たち、呪われちまうかもしれませんぜ」

「そうだよお頭。それに、さっきから誰かに見られてるような気がしてならねぇんだ。この船、何かおかしいですよ」


 どうやら乗組員の中には、俺のことを「幽霊船」だと信じている奴も多いらしく、警戒している奴らの一部は、俺が視線を向けている気配すらも薄々ながら感付いているようだ。


 しかし、太った商人はそんな慎重派な乗組員たちの意見を一蹴いっしゅうする。


「幽霊船だと? ふん、馬鹿馬鹿しい! そんなおとぎ話を信じていては商売にならんではないか。さぁ、この船内をくまなく調べて、金目になる物はさっさと吾輩の船へ積み込みたまえ」


 商人がそう皆へ指示を出していた、そのときだった。


「おっ、お頭〜〜〜っ‼︎」


 下の甲板を調べていた乗組員の一人が、息を荒らげて階段を駆け上がってきた。


「ええい、うるさいな。一体どうしたというのだ?」

「ちょっと来てみてくだせぇ! とんでもねぇ物を見つけちまったですよ!」


 男は興奮気味にたかぶりながらそう話す。一方で、その様子を見ていた俺は不思議に思った。


『はて?……俺の中にそんな驚くような物、積んでたか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る