第23話 地獄の船倉掃除
次の日、俺はラビを呼び出すと、今日やりたいことを彼女に伝えた。
「今日は
これも図書室にあった「図解 魔導帆船大全 ~完全版~」から得た知識なのだが、俺のような帆船は木造であるため、船が着水している間に絶えず水が染み入ってきてしまうらしい。それが
しかし、腹の中にいつまでも汚水を抱えていては、いざ空へ飛び立つ際に重荷になるだけだし、この機に全部外へ出して、ラビに掃除してもらうとしよう。
俺の
ギッコ、ギッコ、ギッコ、ギッコ……
単調なリズムで刻まれる音と共に、ラビはひたすらハンドルを回し続けた。ハンドルを回す度に汚水が湖へと排出されてはいるものの、排水量が少ないこともあって中々水量が減らない。ラビはこの日一日、排水ポンプを回すだけの作業を黙々とこなしていた。
そして次の日になり、いよいよ
陽の当たらない
「うっ……酷い臭い……」
『船底に溜まったヘドロの臭いだ。
「はい師匠……うぅ………」
下水のような臭いの立ち込める中、ラビは慎重に階段を下りてゆく。が、途中で足を滑らせてしまい、一気に船底まで転げ落ちてしまう。
「あぅっ!――へぶっ!!」
バシャッ!!
船底にはまだ排出しきれなかった汚水溜まりがまだ残っていて、その中へ頭から突っ込んでしまうラビ。
『おい、大丈夫か?』
ブクブクブク……
少しして、汚水の中からヘドロにまみれたラビが現れる。頭からヘドロを被ってしまったその姿は、まるで沼から現れた
「げっほ、げほっ! うぇえ、臭い……もうこんなとこヤダぁ……」
体に付いたヘドロを払いながら、涙目になって弱音を吐くラビ。しかし、これも修行の一環。こんなところで心折れてしまってはこっちが困る。
『大丈夫だ、気をしっかり持て! こんなことでへこたれてたら強い女になれないぞ。ずっとここに居れば、そのうち臭いに鼻も慣れてくるはずだ。それに、キレイに掃除すれば臭いも少しはマシになるだろ?』
「は、はい師匠……頑張ります」
ラビはヘドロの浮かぶ汚水溜まりの中を、抜き足差し足で歩く。淀んだ水は緑色に濁っていて、足元に何があるのかも分からない。一足踏み入れる度に、粘着質な黒いヘドロが彼女の脚にまとわり付き、ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い音を立てた。
「……ひうっ!」
『どうした?』
「い、今何か、足元にグニュッて当たったような……」
ラビは恐る恐る汚水の中から足を引き抜く。そして、ランタンで足元を照らしてみると――
恐ろしいほどに巨大なまだら模様のナメクジが、彼女の脚にへばりついていた。
「いやぁああああああああああっ!!」
『落ち着け! そいつはウィークスラッグだ。見た目がキモいだけで、ステータスは弱いから害はないぞ』
「見た目だけで十分アウトですよぉ~~~~っ!!」
ラビは錯乱して慌てて上甲板へ昇る階段に向かって駆け出すが、途中何かに
「ひっ!……」
明かりの中に映ったのは、前に
「も、もうイヤ……もうこんなところイヤぁ! ここから出して!! お願い! これ以外のことなら何でもするから! どんな言うことでも聞くからぁ!!」
とうとうラビは発狂してしまい、俺に向かって必死に助けを求めてくる。やはり、彼女にここの掃除は無理か……
――いや、駄目だ。ここで引いてしまっては修行の意味がない。ラビには辛い体験になってしまうだろうが、ここは心を鬼にしてでも、彼女にこの試練を耐えてもらわないことには、きっとこの先もまた同じことになる。俺の直感がそう告げていた。
『駄目だラビ。俺の言うことを聞けないのか? またあのときみたいに苦しい思いをしたくはないだろ? 俺だって「
「でっ、でも……でも私、こんなとこにずっといるなんて無理……私にはできないよっ!!」
『大丈夫、お前ならできる。これまでに俺の課してきた面倒な仕事も、しっかりやり遂げてくれただろ? ――おかげで、俺もどれだけ助かっているか分からないんだ』
俺の言葉を聞いたラビが、ヘドロまみれの顔を上げて、俺の方を見る。顔や体はドロドロに汚れていても、涙の浮かぶ彼女の蒼い眼だけは、なぜが宝石のようにきれいなままだった。
「……ほ、本当に?」
『ああ、あの極悪商人たちを倒せたのも、ラビの手伝いがあったおかげだ。お前がいなかったら、今頃俺は奴らにフラジウム結晶を奪われていたかもしれない。そうなったら、俺はこの湖から一生出られなくなるところだった。ラビがこの船にいてくれたから、俺もこうして不自由な船の姿になっても生きていられるんだ。お前が俺の手足になってくれているおかげでな』
こんなことを言うのは自分でも恥ずかしいのだが、ラビのおかげで色々と助かっているのは紛れもない事実だった。だから、
ラビは、俺の言葉に何を感じたのか、両手をぐっと握りしめると、その場に立ち上がり、ヘドロの中に浮かぶランタンを拾い上げた。
「わ、分かりました……私、頑張ってみます、師匠」
『その意気だ。まずは死体の片付けからだな。それが終わったら床掃除だ。ランタンの明かりだけじゃ作業もやり辛いだろ? 明かりなら俺が魔法で灯しておいてやるよ』
俺は
――と、その途端、ラビが天井を見て「ひぅ」と抜けたような声を漏らし、目を見開いたまま凍り付く。
『……ん? どうかしたか?』
「あ……ああ、あれ………」
ラビが震える指で差し示す先――そこには、炎に照らされた天井に、大量のウィークスラッグたちが塊となって群がっている光景が映っていた。
「いっ……いぃやぁああああああああああああああっ!!――」
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