第36話 見えざる奇襲

 急いで仕事着であるセーラー服へと着替えて砲列甲板ガンデッキに走り、大砲へ弾を込め始めたラビ。作業する彼女に、俺は事の経緯けいいを説明してやった。


『最初、ニーナは俺のことを捨てて行くと言っていた。そんな彼女が、いきなり考えを変えて俺を連れて行くと言い出したこと、ラビもおかしく思わなかったか?』

「で、でも師匠も一緒に連れて行ってくれて結果的に良かったじゃないですか」

『まぁ、その点については俺も本当に感謝しているよ。ああでも言ってくれなきゃ、俺はあそこに置き去りにされていただろうからな』


 だが、ニーナの言動も含めて、不審な点がいくつかあった。まずはニーナたちの乗っていた船、カムチャッカ・インフェルノ号がやけにボロボロだったことだ。


『船体の傷をよく見てみたが、あれは長年使い古してできたような傷じゃない。明らかに傷が新しいんだ。それに、船体には無数の穴も開いていて、穴の周りには何かの焼けた跡のような黒い焦げ目が付いていた。船体をこすったりして付いたような傷であれば、普通あんな風にはならない。だとすると考えられるのは……』

「――大砲を撃ち込まれたことによる傷、ってことですか?」


 ラビの言う通り、あの損傷そんしょうは砲撃によるものだった。つまり、何者かに攻撃されたのだ。では、一体どこの船に?


『そこで不審点の二つ目だ。ドックで船から下ろされていた積み荷に印字されていた紋章。図書室で歴史本を読んでいたとき、偶然あの紋章が目に付いたから、見覚えがあってもう一度調べてみたんだ。あの紋章は、間違いなくロシュール王国「王家」のものだった。その歴史本によれば、王家へ贈られる積み荷は、必ず王国直属の輸送船により運ばれる決まりがあるそうだ。だが、そんな王家宛ての積み荷が、なぜか狩猟船であるニーナの船に積まれていた。ニーナ本人も、自分たちはどの国にも所属しない「野良のら」だと言っていた。そんな野良船のらぶねが、どうして王家の紋章が刻まれた荷物なんかを運んでいたんだ?』


 そこまで言ったところで、ラビも事の真相に気付いてハッとし、ショックのあまり両手で口を押えた。


「そ、そんな……ニーナさんが、王家の船を……」

杞憂きゆうであれば良いと思ったんだが、どう推理してもそれしか考えられないんだ。ニーナの指揮するカムチャッカ・インフェルノ号は、王家の輸送船を襲って、積み荷を奪った。船体に負った傷は、おそらく輸送船の攻撃を受けて付いたものだろう』


 そして、他国の船を襲って積み荷を奪うような非道な蛮行ばんこうをやらかす者たちの集団といえば、転生前の世界でも今の世界でも一つだけだ。それは――



「―――ラビっち、みーつけたっ!」

「へっ?」


 そのとき、突然どこからともなく聞こえてきた声に俺とラビが驚いた、次の瞬間――


 ドンドンドン! と連続した破裂音が左舷から響き、どこからともなく飛んで来た砲弾が、上砲列甲板アッパー・ガンデッキ下砲列甲板ロワー・ガンデッキ炸裂さくれつし、船体に穴が空いた。細かい木片が弾け飛び、側面に並んでいた大砲数門が吹き飛ぶ。


「きゃああああっ!」

『ラビ伏せろっ!』


 俺は砲弾の飛んできた左舷へ目を向けた。しかしどこへ目を向けても、俺の四方に敵船らしき影はない。夜ということもあって闇に紛れているのかもしれないが、俺のスキル「夜目」のおかげで、陽が昇っているときと同じ感覚で周囲を見ることができている。


 では、雲の中に潜んでいるのか? いや、違う。砲撃音がすぐ近くで聞こえたことから察するに、敵は至近距離から砲撃してきている。しかも、俺の周りに雲はなく晴れ渡っていて視界は良好。


 なのに、俺の他に船影一つも見えないとは、一体どういうことだ?


「ハイ! じゃあここでもんだ〜〜い! 私たちはどこにいるでしょ〜〜か⁉︎」


 再び聞こえてくる叫び声。その声は間違いなくニーナのものだった。


『畜生、どこにいやがるんだ! ラビ、見えるか?』

「いいえ、何も見えません師匠!」


 ラビも甲板デッキの上を駆け回って声の主を探しているが、見つからずに困り果ててしまっている。


 ドンドンドン!


 すると、再び砲撃音が鳴り響き、今度は右舷船体に砲弾が炸裂さくれつ最下甲板オーロップデッキ下砲列甲板ロワー・ガンデッキに命中し、床に破片が散らばった。


(今度は右舷からだと⁉︎ あのギャルエルフ、一体どこから攻撃を?)


「あれあれぇ〜? 分からないっぽいカンジ〜? じゃあ、答え合わせといこっかー!」


 再びニーナの声が聞こえた、次の瞬間――


 右舷側、それまで何もなかったはずの場所に、突如として一隻の船が、まるで現れたのである。俺とラビは一瞬自分の目をうたがった。何もないところから浮き出るようにして現れたその船は、間違いなくニーナの指揮する狩猟船カムチャッカ・インフェルノ号だった。スリムな船体に二本マストを持つブリッグ。その船腹からは、全部で八門の大砲がその砲口をのぞかせている。


『ちょっと待て! 前にこの船のステータスを見たとき、これほどの武装は記載されていなかったぞ?』


 俺はもう一度あの船を鑑定してみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【船名】:カムチャッカ・インフェルノ

【船種】:ブリッグ(2本マスト)

【用途】:海賊船 【乗員】:105名

【武装】:12ガロン砲…16門 旋回砲…6門

【総合火力】:790

【耐久力】:770/770

【船長】ニーナ・アルハ

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『ステータスが変化してる⁉』


 見間違いかと思ったが、そうではない。それまで「狩猟船」だったはずの用途が、「海賊船」に書き換わっているではないか。ご丁寧に、それを証明するかのごとく船尾に海賊旗までかかげてくれている。


『ちくしょう、フェイクか! あのギャルエルフ、俺に偽のステータス情報を見せていたってのか?』


 驚いているのもつかの間、再びカムチャッカ・インフェルノ号の砲門が一斉に火をいた。放たれた砲弾は修復したばかりの帆布を引き裂き、索具を撃ち壊し、帆桁ヤードをへし折った。折れた帆桁ほげたが甲板の上に音を立てて落下したが、ラビは辛うじて下敷きになるのをまぬがれる。


「あははっ! 私はここでした~! ざんね~~ん!」


 相手の船の甲板デッキ上にニーナの姿を見つける。船から身を乗り出し、弾けるような笑顔でこちらに手を振ってくるニーナ。側から見れば無邪気で可愛らしくみえるだろうが、攻撃を受けている俺たちにとっては狂気的な笑みを浮かべるサイコパスにしか見えない。


『くそっ! こうなったら仕方ない、応戦するぞ!』


 俺は、先ほどの奇襲攻撃でまだ壊れていない大砲を念動で押し出し、次々と撃ち放った。


 しかし、放たれた砲弾は相手へ命中する直前、船を守るように現れたいくつもの魔法陣によって弾き返されてしまう。よく見ると、甲板上のエルフたちが両腕を広げ、何やら呪文のような言葉を唱えていた。どうやら防御系の魔術を使っているらしい。


『おいおい、バリアまであんのかよ! そんなのチートだろうが!』


 思わずそう叫んでしまうが、本物の戦場にチートも何もない。相手は勝つためならどんな手段も問わない冷酷非道な海賊共だ。こうなれば、残る手は一つ……奴らに俺自身を乗っ取られるくらいなら、逃げるが勝ちだ!


「はぁ? そんなショボい攻撃で終わりなワケ~? じゃ、そろそろそっちへ乗り込んでくよー!」


 すると、ニーナの船はいきなり減速し、俺の船尾へスルリと滑り込むと、船首にある追撃砲を放ち、船尾にある舵板かじいたを粉々に吹き飛ばしてしまった。


 クソ、あのギャルエルフめ! 俺が動くより前に先手を打ってきやがる! チャラい見た目をして、意外とよく頭が回るやつだ。


 こうして舵も効かなくなり、逃げることすらできなくなった俺。こうなるともう万事休す。ニーナたちの思うつぼだ。


『ラビ、武器を持て! やつらが乗り込んでくるぞ!』

「は、はい師匠!」


 ニーナの船は速度を上げて俺の左舷側へ滑り込むと、またたく間に船を横付けさせた。エルフの乗組員たちが素早くかぎ爪の付いたロープを投げ入れ、板を渡してゆく。


 そしてニーナの合図と共に、武器を持ったエルフたちが、雄叫おたけびを上げながら次々と俺の中へなだれ込んできた。


 こうなると、もう俺も止められない。ラビの他に乗組員のいない甲板デッキはあっという間に占拠せんきょされ、ラビはエルフの海賊たちに取り囲まれてしまい、逃げる場所を失った。


 怖がりながらも剣を構えるラビの前に、コツコツと靴音を響かせながら、ダークエルフのニーナが歩いてくる。


 そしてラビの前までやって来た彼女は、意地悪な笑みを浮かべて言った。


「あははっ! 世に知られる伝説の海賊「八選羅針会はっせんらしんかい」の一人である私から逃げようとするとか〜、マジで草生えるんだけど〜〜wwwww!」

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