第35話 不吉な予感

 こうして、何やかんやありつつも、ルルの港町にあるドックに停泊を許可された俺。ニーナは隣で積み荷を降ろしにかかっているカムチャッカ・インフェルノ号の様子を見に行くと言って、俺から降りていった。


 さっき港を外から見たときは、ドックの入り口がそれぞれ穴で区切られていたが、中は一つの巨大な地下空間を共有しており、俺ことクルーエル・ラビ号とカムチャッカ・インフェルノ号は桟橋さんばしを一つまたいだすぐ隣だった。


「……なぁアンタ――ラビと言ったか? この船にたった一人でいたと聞いたが、他の乗組員はどうしたんだ?」


 すると、唯一俺の甲板デッキに残っていたアクバのジジイが、ラビに尋ねた。


「へっ? あ、あの、それは………」


 突然問いかけられて、言いよどんでしまうラビ。念話で俺がフォローしてやろうかと思ったが、アクバはそれ以上突っ込んで聞くことはせず、「まぁ、話したくないようなことなら無理して話さんでもええぞ」と答えて、俺の甲板デッキ上を興味深げに見渡した。


「この船はなかなか良い船だ。着水した時の水面より下はスリムで、上はどっしり。これなら水上でも空中でも安定して高速で走れる。船体は劣化してもろくなっとるが、厚みがあるから改装すれば砲弾直撃でもビクともしないくらいには頑丈になるだろうな。……確かにあのクソアマの言う通り、捨て置くにはもったいない代物だ」


 アクバはそう言って、懐から木製のパイプを取り出し、煙草の葉を詰め始めた。


「あの、さっき煙草はひかえるようにってニーナさんが……」

「うっせぇ、年寄りの楽しみを取るもんじゃねぇよ」


 パイプに火を点け思い切り煙を吹かすと、まるで煙幕えんまくのように濃い煙がまき散らされ、ラビはたまらず涙目になってき込んでしまう。このジジイ、他人の船の上でも堂々と煙草を吹かしやがる。おかげで俺の甲板にまでヤニ臭さが染み込んでしまいそうだ。


「――まぁ、あのクソアマに拾われたのか助けられたのか知らねぇが、あいつの言うことはあまり真に受けない方がいいぜ。あいつに関わるとロクなことないからな」

「えっ?」


 ラビがその理由を聞こうとしたときには、アクバはすでに船から降りてしまっていた。


「警告はしたからな、嬢ちゃん」


 背中越しに手を振りながら、足早に立ち去ってゆくアクバ。あのジジイが去り際に言い残した一言が、妙に引っ掛かる。


(一体どういうことだ?……)


 俺は疑問に思いながら、隣に停泊しているカムチャッカ・インフェルノ号へ目を向けた。


「あ、そこの荷物も急いで運んじゃって~。ほらみんな早くしてよー、これ終わったらみんなに一杯付けてあげるからさ~」

「「「イェス・マァム!」」」


 積み荷下ろしする部下たちを鼓舞こぶするニーナ。これまで彼女と一緒にいて、別段不審な点も見当たらなかったし、何より遭難していた俺たちを助けてくれた恩人でもある存在だ。疑う理由もない。


(……だが、最初はラビだけ助けてこの船は捨てるつもりでいたはずなのに、すぐに考えを改めて俺も一緒に拾うと言ってくれた。ラビと俺にとって嬉しい限りはあったが、どうしてあのとき、急に態度を変えたんだ?)


 そんなことを考えていると、ふと彼らが船から降ろしている積み荷の木箱に目が行った。


(ん? あれは――)


 エルフたちが運んでゆく木箱。その箱表面に印字されていたものを見た途端、俺の脳内にひらめきに似た感覚が走った。とある仮説が、俺の中でパズルのように組み上げられてゆく。


(いや、まさかとは思うが……もしそうだとするなら、カムチャッカ・インフェルノ号がボロボロなのも――)


 傷だらけになったカムチャッカ・インフェルノ号の船体を注意深く観察し、俺の中に生まれた疑念は、やがて確信へと変わっていった。



 荷物の積み下ろしが終わると、ニーナはルミーネから金貨のたくさん入った袋を受け取っていた。おそらく、降ろした積み荷を全て買い取らせたのだろう。ニーナは金貨がパンパンに詰まった袋を持って船に戻ってくると、部下の乗組員たちへ均等に分け与えてやった。すると、お金を得た乗組員たちは喜んで我先にドックを後にし、夜の街へと繰り出していった。


「あいつらにとって、上陸している間は休暇みたいなものだからさ~。船の修理が終わるまでは仕事も無いし、船に残ってもやることないし。それなら、もらったお金でパリピってた方が楽しいでしょ?」


 そう言ってニーナはニッと白い歯を覗かせると、ラビの肩に手を回し、耳元でささやきかける。


「だ・か・らぁ、ラビっちもさ~、私と一緒にハメ外してみない? 特別に私がおごってあげるから、ね?」

「え、あの、私は……」

「ラビっちに似合うめちゃカワな衣装とかも買ってあげるし、船の上では味わえない美味しい食べ物とかもたくさん紹介しちゃうよ~」

「えと……それなら――」


 そうラビが言いかけたところへ、俺はすかさず彼女に念話で語り掛けた。


『――ラビ、さそいに乗るな。上手く断っておけ』

「えっ⁉ 何で……」

「ん? どうかした?」


 ラビはすぐに俺との会話がニーナには聞こえていないことに気付き、「いえ、何でもないです!」と慌ててごまかす。


「あの、私、今すごく疲れちゃってて……なので、少しここで休ませてください。体調が良くなったら、私も街の方に行ってみます」

「えぇ~付き合ってくれないの~? 私今日誰も付き合う相手いなくてさぁ。マジかまちょなんだけど~」

「ご、ごめんなさい……」


 ニーナはふくれっ面をして「えー、ガン萎えだわ~」とぼやきながら、船から降りていった。


『よくやったラビ。周りに誰もいないのを確認したら、船を繋いでいるもやい綱を解いておけ。今夜中にここを出るぞ』

「えっ! もっと滞在するんじゃなかったんですか? せっかくニーナさんがここの停泊代も支払ってくれたのに……」

『訳は後で話す。取りあえずもやい綱を解いて夜になるまでここで待機だ。いいな?』


 俺の指示に、ラビは納得いかないような表情をしていたが、それでも「……はい、師匠」と渋々頷いていた。


 ……すまないな、ラビ。俺も少しはここで休んでいたかったけれど、どうも胸騒ぎがする。ここにいては危険な気がして仕方がなかった。ラビには悪いが、ここは俺の直感を優先させてもらうとしよう。



 陽が落ちて、夜の時間がやって来た。港の関係者やカムチャッカ・インフェルノ号の乗組員たちは皆街へ出払ってしまっているらしく、ドック内はしんと静まり返っている。誰も人気のないことを確認して、俺は早速さっそく行動を開始した。


『ユニークスキル、「総帆展帆そうはんてんぱん」!』


 ラビに初めて展帆してもらったときに得たスキル。魔力を40%も消費してしまうコスパの悪い危険なスキルだが、いち早く出航したい場合はやむ負えないだろう。


 スキルを唱えた途端、各マストにある帆桁ヤード固定索こていさくがシュルシュルとひとりでに解け、帆が一斉に展帆てんぱんされてゆく。帆布はんぷが大気中の魔素マナを集め、船倉にあるフラジウム結晶へと送られて、結晶が光り始めた。


『よし、前進微速びそく、上昇微速びそく


 俺の操作指示に合わせ、舵がひとりでに回転し、横にある速力通信機エンジン・テレグラフの二本のレバーが勝手に操作され、メーターの矢印がそれぞれ「前進微速」を指し示した。


 すると、俺の体はゴォンと鈍い音を立てて、ゆっくりと宙へ持ち上がった。そのままドックの洞穴どうけつを抜けると、息をひそめるようにして、まだ夜の賑わいを見せているルルの港町を音もなく後にした。


 そして港町を抜け、群島ぐんとう一帯を突破すると、俺は一気に速度を速めた。


「……あ、師匠、もう出発したんですか?」


 すると、船長室からモコモコなピンクパジャマ姿のラビが、眠そうな目を擦りながら枕を抱えて出てきた。……いやお前、ニーナが気に入ってたそのパジャマ着て寝てたのかよ……


 思わずそうツッコみたくなるのを抑えて、俺は彼女に指示を出す。


『ラビ、すぐに着替えろ。そして着替え終わったら、この船にある全部の大砲に急いで弾を込めるんだ』

「ええっ⁉ な、何でそんなことを?」

『取り越し苦労なのが一番だが、念のためだ。訳は準備しながら話す。急げ!』

「はっ、はい師匠!」


 ラビは慌てて着替えをするために船長室へ戻っていった。

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