第47話 戦いが終わって――

 ニーナがクリーパードラゴンに乗って敵船へ向かってから数十分後、ようやく長い戦いも雌雄しゆうを決したのか、それまで隣に付けていた輸送船から絶え間無く上がっていた雄叫びや悲鳴も聞こえなくなり、辺りはやけに静かになった。


「よーしみんな! 積めるものみんな積み込んで、とっととズラかるよ!」

「「「イェス・マァム!」」」


 俺と輸送船との間に板が渡され、海賊団たちの手によって略奪された積み荷が次々と俺の中へ運び込まれてゆく。ニーナが俺と輸送船の間に立って、荷運びする部下たちの司令塔になっていた。


『おいニーナ、ラビは無事だったのか?』


 俺がそう尋ねると、「ああ、ラビっちなら輸送船の船尾楼でへたばってるよ」と彼女は答えた。


「別に死んでないから大丈夫だって。けどあの新入りちゃん、今回の戦いで色々と参っちゃったみたいだね~」


 「ま、でも初めて戦場に立ったにしては、中々しぶとく私の後ろを付いて来てたけど」とニーナは言い残し、再び部下の指示出し作業に戻っていった。


 それからしばらくして、ラビは俺の所へ戻って来たのだが、衣服はボロボロで、長い蒼髪は乱れに乱れ、まるで生気を失ったゾンビのような歩き方をしていた。


『おいラビ、大丈夫か?』


 俺が声をかけると、ラビは乱れた前髪の隙間から虚ろな目を覗かせ、かすれた声で答えた。


「あ、師匠……私は、大丈夫です。ニーナさんが船の中をあちこち駆け回るものだから、付いて行くのに必死で、ちょっと疲れただけです……」


 それからラビはぎゅっとセーラー服の裾をつかみ、少し悔しそうな表情を見せて、俺に向かってぺこりと頭を下げた。


「あのっ、師匠ごめんなさい! 私、輸送船に乗り移ったとき、戦えずにただ逃げることしかできなくて。誰の力にもなれなくて、最後にはまた泣いちゃって、それでニーナさんにも叱られて…… 私、師匠と一緒に強くなるって約束したのに、結局まだ全然弱いままで、何も成長してなかったんです……」


 ラビの言葉から、俺は全てを察した。剣術Lvも低く、おまけに魔法も使えないラビが戦場に放り込まれたところで、どうなるかなんて容易たやすく想像できる。きっと今回の戦いで、自分がまだ全然強くなれていないことに気付き、そんな自身に失望してしまったのだろう。ここまで俺と一緒に頑張って苦難を乗り越えてきたというのに、成長を感じられない自分への苛立ちや焦りが、ラビの表情に色濃く表れていた。


『別に謝らなくていい。無事戻ってきてくれただけでも十分過ぎるくらいだ。俺がフォローしてやれなかったこともあるが、今回はお前一人でよくやったよ。ニーナも、お前のことを少しだがめてたぞ』

「えっ、ほ、本当ですか?」


 それまで虚ろだったラビの目に光が戻る。


「ああ。だから心配するな。誰もお前のことを責めてなんかいない。ただ、今回のような戦いがまたいつ起きるとも分からないから、剣術の特訓はしておかないとな」

「はいっ! 私、剣の扱いも上手くなれるように頑張ります!」


 そう意気込んでフンスと鼻を鳴らすラビ。だが、ただ一人で素振りをやるだけでは剣の腕は上達しないだろう。ここは剣術がLv6あるニーナに指南役を務めてくれないか、俺の方から頼んでみるとするか。


 ――海賊団たちはそれからも、輸送船から奪った積み荷を俺の中へ運び続けでいたが、同時に今回の戦いで負傷した者や、不幸にも命を落としてしまった海賊団の同志たちも、積み荷と併せて担架に乗って運び込まれてきた。


「今回の戦いで、人的損害はどのくらい?」

「死者十六名、負傷者二十四名です」


 数字を聞いたニーナは、その数の多さに眉をしかめ、それから「負傷者は私が直すから、そこに並べちゃって。あと、少しでも治癒魔術が使えるヤツがいたら、私の所へ来るように伝えて」と指示を出した。


 ラビは、次々と甲板に運び込まれてゆく、まぶたを閉じたまま冷たくなってしまった乗組員たちを傍らで眺めていた。共に働き、中には少し前まで言葉を交わしていた仲間もいたのだろう、ラビは悲しい目で彼らを見つめ、それから隣で負傷者を治してゆくニーナに向かって、躊躇ためらいつつもこう問いかけた。


「……ニーナさんは、自分の命令によって仲間が失われたとき、自分の判断が正しかったのか、迷ったり後悔したりしないんですか?」


 ニーナはラビの言葉を聞き、「はぁ? もうラビっちったら、変なこと聞かないでよ」とあきれたように肩を落とす。


「ご、ごめんなさい……でも、もし私が船長になって、私の命令が原因で仲間が死んだりでもしたら、絶対に自分の判断が悪かったんだって後悔したり、自信を無くしてしまったりすると思うんです」


 ……なるほど、船長になるということは、言い換えれば乗組員全員の命を預かるということ。それでもし、自分の判断が原因で仲間を失ったりすれば、当然感じる責任も大きいだろう。ラビは船長としての膨大な責任を背負うことに対して恐れを抱いているのだ。


「あははっ! ラビっち大げさに考え過ぎだって~!」


 しかし、ニーナはそんなラビの言葉を簡単に笑い飛ばしてしまう。


「私さぁ、乗組員たちにいつも言っていることがあるの。別に冒険したいとか金が欲しいとかの理由で私に付いて来るのは構わないんだけど、私って神様とかじゃないし、アンタたち一人ひとりまで助けてる余裕なんてないんだわ。一応職業が治癒師ヒーラーだから、私の目に付く少数のヤツらくらいなら救えるかもしれないけど……でも、もし私の船に乗ったことが原因で死んじゃったとしても、それは私の船に乗ろうと決断した自分の責任でしょ? ましてや海賊稼業なんて命がいくつあっても足りるような仕事じゃないんだからさ」


 ニーナの言葉を聞いたラビは、驚いて目を丸くする。――確かに、ニーナの言うことにも一理あるなと、俺は感じた。同時に「褐色の女神ブラウン・グッドネス」と呼ばれてるお前が、そんなことを軽々と口にして良いのか疑問に思いもしたのだが……


「”自分の命は自分で守る”。当たり前の話じゃん。私の命令で大勢の仲間が死んじゃったとしても、それはあいつらの自業自得であって、私の責任じゃないし~。だから、私が命令ミスって死んじゃっても、みんな私を恨まないでね? って部下たちにはいつも言ってるんだ。死んでいったこいつらも、それは分かっていると思うし、私は気にしないな」


 ニーナの考えは、一見すると自分勝手な意見のように聞こえるが、とても理に適っていたし、何より乗組員たちもその考えに同意を示してくれているなら、それで問題ないようにも思える。道理から外れない程度に周りへ責任転嫁し、自分の抱える精神的負担を少しでも減らして指揮に専念できるようにする。これもまた彼女らしいやり方だ。


「ふふっ、だからラビっちも、私の船に乗ったからには、例え『紅き薔薇の監獄クリムゾン・ローゼス・ロッカー』に送られたとしても、私を恨まないでね?♥」


 そうニーナに言われて、ラビは顔を青して怖がった。


『クリムゾン? ロッカー? 何だそれ?』


 俺がそう尋ねると、「えぇ~、船のくせしてそんなことも知らないワケ~?」とニーナから馬鹿にされてムカついたが、ラビが回答してくれる。


「師匠は『クリムゾン・ローゼス』号の噂をご存じですか? 『紅き幽霊船』として船乗りたちに恐れられている伝説の船で、その昔、赤い霧の中から突然現れては、通りかかる船を次々と襲って沈めていたそうです。幽霊船が実在していたかどうかは定かではないですが、船乗りたちが航海中に命を落とすと、『紅き薔薇の監獄クリムゾン・ローゼス・ロッカー』に送られてしまう――という言い伝えだけは今でも残されているんです」


 なるほど、どうやら都市伝説的な話であるらしい。


「ま、そんな世界最強とうたわれたクリムゾン・ローゼス号も、最後は帝国の大艦隊を相手にして沈められたみたいだけどね~。ってかラビっち、船乗りでもないのにそんなことまで知ってたんだ?」

「王国艦隊の指揮官だったお父様が、よくこの話を聞かせてくれていたんです。悪いことをしたら、『紅き薔薇の監獄クリムゾン・ローゼス・ロッカー』に送られるぞ、って」


 そういえば、ラビの父親は船乗りであり、優秀な艦隊指揮官だったという話を以前聞いていた。多分、子どもにいましめとして教えられる怖い寓話ぐうわのような感覚で父親から教わったのだろう。聞いた感じだと、どうやら船乗りの間で「死ぬ」ことの慣用句として使われているらしいから、一応覚えておいた方が良いかもしれない。


 ――と、そのとき、海賊団のエルフが一人、ニーナの元へ走ってくる。


「船長、敵船団のフリゲートがまだ生きてます! 深手を負ったまま逃走を図ろうとしているようです」


 ニーナは即座に望遠鏡を手にして前甲板フォアデッキへ走り、前方へ視線を投げた。俺も船首へ目線を移すと、確かに、先ほど砲撃して沈めたはずの二層砲列フリゲート「ロメリアーナ」号が、折れたマストを引っかけたまま逃げてゆく姿が見える。


「追撃しますか?」

「う~ん、とりあえず拿捕だほしよっか。船長がどんな人なのか、ちょっと興味あるし」


 そう言って、ニーナは意地悪な笑みを浮かべた。

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