第46話 護衛船団襲撃作戦④◆

 輸送船セイント・ハウル号の甲板上はどこも大混戦で、ニーナ海賊団と輸送船の乗組員たちが剣を交え、血を血で洗う見るも混沌カオスな戦いがあちこちで繰り広げられていた。


 そんな中、ラビはセイント・ハウル号の船尾楼甲板プープデッキの上で孤立してしまい、周りを敵たちに囲まれて絶体絶命の状況だった。以前一度ゴブリンたち数匹を相手にしているとはいえ、まだろくに剣術も習得しておらず、おまけに魔法も使えない。そんな彼女が戦闘の渦中かちゅうに放り出されて戦えるはずもなく、ラビはただただ混乱して逃げまどうしかなかった。


 しかし、隅に追い詰められてしまい、もう後がない。逃げ場をなくしたラビは、かつてゴブリンたちと剣を交えた際、師匠から言われた言葉を思い出した。


『――あの憎い商人と対面したときのことを思い出せ!』

『――お前を散々こき使ったあの不細工な小太りジジイに踏み付けられてののしられたとき、お前は何を感じた?』

『――その煮えたぎった怒りを剣に込めて、目の前の奴らにぶつけてやるんだ!』


 ラビは、師匠から教わったことを再び実践しようと、湧き上がる怒りの感情を腕に込めて、思いきり剣を振りかざす。


「えぇいっ!」


 しかし、その刃先は相手に届かず空振りしてしまう。逆に敵の放った斬撃を腕に受けてしまい、ラビは痛みに顔をしかめて剣を取り落としてしまった。


「あっ! しまっ――」


 慌てて落ちた剣を拾おうとするも、相手に剣の柄で殴られ、突き飛ばされてしまうラビ。体中に激痛が走り、立ち上がることもできない。


「この海賊のガキがっ! 覚悟しやがれっ!」


 宙高く振られた剣の刃先がキラリと光り、ラビは死を直感するあまり、その場で小さくなって叫んだ。


「しっ、師匠ぉ――――――っ‼」


 剣が振り下ろされようとした、次の瞬間――


「はいそこまでっ!」


 船縁の下からニーナの声が飛び、巨大なクリーパードラゴンが翼を広げて船の真下から現れた。慌てふためく敵乗組員たちを前に、ニーナが技名を叫ぶ。


「必殺! 『斬刃旋風カマイタチ・スラッシュ』!」


 キィン! とドラゴンの口から高音域の声が放たれた次の瞬間、見えない刃が喉奥から放たれて甲板をなぎ払い、ラビを取り囲んでいた敵乗組員たちは、全員上半身と下半身を真っ二つに切り裂かれた。


 噴き出す血しぶきと共に崩れ落ちてゆく敵影。その場に伏せていたラビにも返り血が飛び、血まみれになった彼女は、目を見開いたままその場に硬直してしまっていた。


「ラビっちおまたせ~~っ! ダークエルフ最強の竜騎士ドラゴンライダーニーナ・アルハ、ただ今参上っ!」


 「とぅ!」と声を上げてドラゴンの背中から飛び降り、甲板の上にスタッと華麗な着地を決めてみせるニーナ。


 すると、周りに残っていた敵乗組員たちは、伝説の海賊であるニーナ本人の登場に恐れをなし、下の甲板へ転げ落ちるように逃げていった。


「あ~あ、せっかく相手できると思ったのに逃げられちゃった。これじゃ戦いにもならないじゃん。ねぇ?」


 そう言ってニーナがラビの方へ振り向くと――


「……うぅっ、ぐすっ………ひっく……うぅ……」


 ラビは返り血にまみれたまま嗚咽おえつを漏らし、ポロポロ涙をこぼして泣いていた。戦う術も何も知らないまま戦場へ放り出されてしまい、彼女の中には様々な感情が怒涛のように押し寄せて、もはや自分の中で処理しきれなくなっていた。自分の無力さと死の恐怖を思い知った彼女は、もうどうしようもなくなって、ただ泣くことしかできなかったのだ。


 その様子を見たニーナは、大げさに肩を落として項垂れ、あきれたように息を吐いた。


「はぁ~……あのさぁ、ギリセーフで助けに来れたのは良かったけど、そうやって湿っぽく泣かれると、こっちもマジでテンション下がっちゃうんだよね~。ないわ~」


 そう言いながら、ニーナは泣いているラビの腕を引いて立ち上がらせる。ラビは左腕に剣を受けた傷も含めて、顔や腕、脚にも無数の擦り傷や打ち身を負っていた。


「ほら、泣いてないで、ちゃんと立って。傷を見せてよ。癒してあげるから」


 ラビと正面に向き合い、傷を負った腕や顔に治癒魔法をかけてゆくニーナ。その様子を涙目で見ていたラビは、ふと以前にも一度、これと同じような光景を見ていたことを思い出す。


 ――まだレウィナス侵攻事件が起きる前、戦争が終わって両親と平穏な暮らしを送れていたときのこと。家の庭を駆け回っていたラビは、よく転んで泥だらけになって泣きながら帰ってきていた。出迎えてくれた母親が、そんな彼女を見て、ニーナと同じように傷の手当をしてくれたのだ。


「――泣くのはおやめなさい。あなたに涙は似合わないわ」


 亡き母親からかけられた言葉を思い出し、そのときの光景とニーナの姿が重なって見えたラビは、思わず目の奥が熱くなって、また泣き出してしまう。


「うぅ………お母様っ……」

「だから、もう泣くなっての!」


 パァン!


 そこへ、とうとう耐えかねたニーナが片手を振り上げ、ラビの頬をはたいた。


「ウザいんだよ! こんくらいのことでいちいち泣くなっ! 私はアンタの母親なんかじゃないし、ここは戦場なんだよ! メソメソして可愛い子ぶってれば命が助かるなんて思ったら大間違いだっつーの!」


 ニーナは声を荒くしてラビにそう言い付けると、彼女の傷が全て治ったことを確認し、肩にかけていた弓を手に取って立ち上がる。


「私たち海賊は、そんな弱さを少しでも見せた途端に、周りの仲間からの信頼を失う。海賊の上下関係は弱肉強食によって成り立っているの。強ければみんなそいつに付いて行くし、弱ければ見捨てられるか殺されるかのどちらかしかない。私だって、泣きたいのを必死にこらえて、弱い他のヤツらをみんな蹴落としながら這い上がって、こうして船長になった。……だから、一滴でも涙を落とせば、そいつはもうそこで船長失格なの」


 ニーナは泣いているラビから目を背けつつも、彼女にそう言い聞かせる。


「だから、どんなときでも常に船長は悠々ゆうゆうと構えて胸を張っていなければならないってワケ。嵐のときも、戦いのときも……そしてたとえ、死が間近に迫ってきたときも、ね」


 背中で語るニーナの姿を前にして、ラビは言葉を失いその場に立ち尽くした。ここで彼女は思い出す。自分がどうしてここに立っているのか。そして、どうして師匠である「クルーエル・ラビ」号に乗ると決断したのか、その理由を。


 ニーナは床に落ちていた剣を拾うと、ラビに向かって投げ渡した。


「さ、戦いはまだまだこれからだよ未熟者ラバー。準備はオッケー?」

「………は、はいっ!」

「うむ、良い返事だ! では新入り君、私の背中にピッタリ付いて来たまえ! 私の傍から離れなければ、まぁ多分死ぬことはないっしょ!」


 そんな適当で軽々しい言葉に戸惑いながらも、ラビはぐっと剣を握りしめ、再び戦いの中へ身を投じてゆくニーナの後を、必死になって追いかけていった。

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