第32話 アウトローですっ!

 それから、エルフたちは丸三日間、俺の修理を懸命に続けた。おかげでズタズタだった帆はすっかり修繕しゅうぜんされ元通り機能するようになり、斜めにかたむいていた帆桁ヤードも水平に固定され、ちぎれたロープも繋ぎ直されて、船体はほぼ元の姿を取り戻した。


 ただ、帆はツギハギだらけで、船体にはいくつもの当て木をされ、見た目はかなり痛々しくなってしまったのだが……


「船長! 船の修理、完了しました!」

「おっけ〜。じゃ、さっそくいかり上げちゃおっか」

「「「イエス・マァム!」」」


 俺のクルーエル・ラビ号と、ニーナのカムチャッカ・インフェルノ号、それぞれに分かれて乗組員たちが乗船し、出港準備に取りかかり始めた。メインマストにある巻き上げ機キャプスタンにテコのバーが八方から差し込まれ、全員で息を合わせて錨綱いかりづなを巻き上げた。錨が回収されると、今度はマストに登ったエルフたちが帆の展帆てんぱんにかかり、あっという間に全ての帆が張りめぐらされてゆく。


(ああ、やっぱ船は乗組員が居てこそだよなぁ……)


 俺はここで改めて、マンパワーの重要性を理解した。ラビ一人のときとは違い、人手が多ければ仕事の速さも違う。何もしなくても出航の準備をこなしてくれるのは、こちらとしてはありがたい限りだ。一応俺の存在はエルフたちには隠しているから、逆を言えば俺の側から自由に動くことができない状況ではあるのだけれど……


 ラビの正体のことも、周りにはバレていないようだ。まぁ、一国の王に仕える貴族の娘が、こんな辺境地に一人でいるなんて誰も考えはしないだろうけど……


 ――しかし、俺が修理されている間、時折ときおり下の甲板に目を移してみると、ラビのことについては、本人の目が付かない場所で色々と変なうわさが立っているようだった。


「ニーナ船長が保護したあの娘、本当に一人だけでこの船に乗っていたらしいぜ」

「あぁ、みたいだな。この船を隅々すみずみまで調べたんだが、どこにも人の乗ってた形跡がねぇんだ。不気味だよ」

「この船をあんな小娘一人であやつるなんて無理な話さ。おおかた、乗組員に反乱でも起こされて全員逃げちまったんだろうよ」

「……まさか、ちまたに聞く『紅い幽霊船』とかじゃないよな? あれも小娘一人が舵を取ってるって話だったぜ」

「ありゃ伝説だろ? しかも何百年も昔の話だぜ。信じられるかよ」


(まったく、好き放題にうわさをバラまきやがって)


 俺はあきれながらも、奴らの根も葉もない噂話うわさばなしに耳を傾けていた。……まぁ、どこの世界でも正体の分からないものに対しては必ず何かしらの噂や都市伝説が尾ひれを付けて回るものなのだろう。


 良からぬ噂が絶えず、周りからも注目されてしまっているラビだが、そんな彼女は今、どうしているのかというと……


「いや~~~~ん! この服もめちゃカワじゃ~~~~ん! で、頭にこのチェックのカチューシャをはめれば――はい、一丁上がり~~~!」

「あ、あの………」


 ニーナに船長室へ連れて行かれ、衣装棚にある衣服を片っ端から試着させられていた。ゴスロリからメイド服、チャイナドレス、巫女みこ服――ちなみに今着せられているのはピンクのもこもこパジャマだった。枕まで持たされて、まるで着せ替え人形扱いである。


「この衣装全部そろえたヤツマジ神じゃね⁉ サイズピッタリだし、どれもめっちゃカワイイし~~。この船の船長センスあり過ぎだろ!」


 衣装棚にある服のチョイスをベタめするニーナ。……いや、言っておくが、俺が集めた訳じゃないからな? 俺がこの船に転生したときから、もう既に置いてあっただけなんだからな? と、思わず訂正を入れたくなってしまう。それにしても、どうしてラビのような子どもでも着られる服(コスプレ衣装)ばかりが入っているのか、はなはだ謎である。


「やっぱラビっちは何を着ても似合うんだよな~」

「あ、あの、そろそろ元の服を着させて――」

「あ! 衣装変えたんだったらさ! 髪型も変えた方が良くない? 私、色々と髪のい方を知ってるんだ~。ほら、試してあげるから、鏡の前に立ってみて!」

「あうぅ………」


 ラビは首根っこをつかまれた猫のように連れて行かれ、鏡の前に立たされると、それからまた長い時間ギャルエルフに散々蒼い髪をもてあそばれていた。


 ようやく元のセーラー服(これも立派なコスプレなんだが……)に戻されたラビは、ニーナに連れられて後甲板アフターデッキの舵の前に立つ。


 俺の船の上では、ニーナの仲間である多くのエルフたちが働いていて、皆が各甲板デッキでそれぞれ与えられた仕事をこなしている様子を、ラビたちのいる場所から一望することができた。俺の前にはニーナの船であるカムチャッカ・インフェルノ号が先導するように進んでいて、その船上でもいそがしそうに右往左往している乗組員たちを見ることができた。


 そんな賑やかで活気のある光景を、ラビは興味津々きょうみしんしんな表情で見つめている。


「ラビっちはさぁ、こういう船に乗るのは初めてな感じ?」


 ラビを傍で見ていたニーナがそう尋ねてきた。


「あっ、いえあの……それもそうなんですけど、こうして一隻の船にたくさんの人が乗って、みんなで協力して同じ目的地へ進んでいくのって、なんだかすごいなぁって思って」


 初めて見る光景を前に、湧き上がる興奮を上手く言葉にできないラビ。一方でニーナはそんなラビを見て、「ヤバ……この子めっちゃ初心うぶなんだけど。マジ可愛すぎでしょ……」などと言葉を漏らしながら、オホンと一つせきをして答えた。


「そうだね~。船っていうのは、乗組員一人一人が与えられた仕事をきちんとこなしてこそ動かせるものっていうか、いわゆるチームワーク的なやつ? ……で、あいつら一人一人をきちんとまとめられるようなヤツが船長として適任ってワケなんだけど、これがまた大変でね~。でさぁ聞いてよ、この前なんか――」


 一隻の船を持つ船長として、過去の体験談を語り始めるニーナ。その話はどれも波乱万丈はらんばんじょうで過酷な内容のものばかりで、命懸けの航海であることがほとんどだったようだ。そんな数々の荒波にまれながらも船長として活躍できたことを考えれば、ニーナも船乗りとしての才はかなりある方なのだろう。


「――ってなことがあってさ~。大嵐にって前のマストが一本おシャカになっちゃったワケ。マジ激えだよね~。ただでさえ走り辛いってのにさぁ。んで、さらにそこへ巡回中の帝国のパトロール艦に見つかるわ、艦隊の増援まで現れて挟み撃ちにされるわで、もうメチャクチャ。あのときばかりは本気ガチでチョー焦ったわ~~」


 ……それにしても、いくら優秀な船長であるとはいえ、どれだけ壮絶な体験をしてきたのかニーナが語って聞かせても、まるでバイト先での愚痴ぐちを漏らすギャルのように聞こえてしまうのはどうしてだろう?


「そんなことがあったんですか⁉ 絶体絶命じゃないですか!」

「そ。まぁでも、それでもどうにか振り切って港までたどり着けたから、ぶっちゃけ運が良かっただけだと思うんだけどね~。乗組員半分くらい死んじゃったけど」

「幸運どころか奇跡ですよ! そんな状態で戻って来られるなんて、すごいです!」


 しかし、そんな軽々しい口調で語るニーナの体験談を、ラビは目をキラキラ輝かせながら聞き入ってしまっていた。尊敬の眼差しを向けるラビに、ニーナも得意顔である。


「私も、あなたみたいな強くてアウトローな女性になってみたいですっ!」

「あははっ、ウケる。それだと私たちは法をおかす悪者ってことになっちゃうんですけど~。まぁでも、私たちはどの国にも所属してない野良のらだから、同じようなものかもだけどね」


 笑いながら言葉を返すニーナ。そういえば、俺の乗組員になると願い出てきたときも、ラビは同じことを口にしていたっけ。強くてアウトローな女性を目指したいラビにとって、いくつもの困難な旅を乗り越えてきたニーナは、自分の理想的な姿を体現した存在として目に映るのだろう。


「でも、何だかうらやましいです。信頼できる仲間に囲まれて、自分の船まで持てて、それで世界を自由に駆け回れるなんて、夢みたいです」


 そう言って、ラビは俺の前を進むカムチャッカ・インフェルノ号を眺める。


「そうは言ってもさ~、船長も楽じゃないよ。あいつらの食い扶持ぶちも稼がないといけないし、船の修理代だって高くつくし……私の船ももう大分古くてガタがきちゃってるからさぁ。そろそろ新しいやつに買い替えたいと思ってるんだよね~。でも、んな暇も金もある訳ねーし、仕方なくずっとアレをシューセンして乗り続けてるってワケ」


 そこで俺はふと気になって、前を進むニーナの船を鑑定で確認してみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【船名】:カムチャッカ・インフェルノ

【船種】:ブリッグ(2本マスト)

【用途】:狩猟船 【乗員】:105名

【武装】:旋回砲…6門

【総合火力】:150

【耐久力】:770/770

【船長】ニーナ・アルハ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 なるほど、火力は低くて小型な分、耐久力が高く、小さな船なのに大勢の乗組員が乗り込んでいる。小型であれば速度も出るし、人員が多ければそれだけ機動性も高くなる。「狩猟船しゅりょうせん」という名前は初耳だが、図書室にある本から得た情報によれば、世界各地で生き物を狩ったり、薬草や鉱物を採取して運搬うんぱんする船のことを言うらしい。


 これまでニーナと共に過酷な航海を続けてきたせいか、船体は所々破損しているところもあり、俺と同じような応急処置をほどこされた跡も残っていた。自分の船を修理する資材を、わざわざ俺のために使ってくれたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。


「まぁでも、ルルの港へ行けば、またシューセンする資材も手に入るだろうし、とりまリベナント小大陸まで急ごっか~」


 こうして、俺はニーナに連れられ、再び別の新しい大陸へと移動することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る