第52話 墓荒らしは罰当たり

 洞窟の中にあった数多あまたの船の残骸は、どうやら全て軍艦のようで、大きさの違いはあれど、両舷にいくつも大砲が並んでおり、全ての砲門が開いていた。中には、三層の砲列甲板を持つ大型艦もあった。


『洞窟内で海戦でもやらかしたのか?……』


 そう思ってしまうほどに混沌とした洞窟内を、俺はおそるおそる前進してゆく。


「師匠……一体ここで何があったんでしょうか?」


 暗闇の中で沈黙する船の残骸を見て、ラビが不安そうな表情でそう尋ねてくる。


『そんなの、俺の方が知りてぇよ……だが、どうも妙だな』


 と、俺が引っ掛かりを覚えていると、ニーナが横から口を挟んできた。


「ねぇおじさん、どっかに着陸できるような場所ないかな?」

『はぁ? お前何言って……って、ニーナお前、また何か企んでるな?』

「うふふ、分かっちゃった?」


 ギャルエルフが悪戯気いたずらっけにはにかむ。お前がニヤケ顔をするときは、大抵いつも悪いことを企んでいるときと相場が決まっているんだよ。


「沈没船を発見した時にやることと言ったら、一つに決まってるじゃん。ずばり、トレジャーハンター!」

『お前なぁ……船の墓場でトレジャーハントするとか、墓荒らしと同義だからな?』

「え~、別にいいじゃん。ここを最初に発見したのは私たちなんだから、使われずに眠り続けているお宝があるかもしれないでしょ? こういうのは早い者勝ちだよ~」


 まぁ確かに、気にならないと言えば嘘になるのだが……これだけたくさんの船があるとなれば、積み荷が無傷のままで残っている可能性も高い。トレジャーハンターは俺も昔憧れて、イ○ディージョーンズの映画を何度も見返したりしていたけれど、まさかこんな形で実現することになるとは思わなかった。……まぁ、俺は船だからニーナたちがトレジャーハントするのを眺めることくらいしかできないんだけれど。


 仕方なく、俺はニーナの言う通り、着陸できそうな場所を探して降下した。地面の上にそのまま着陸するとバランスを崩して倒れてしまうので、ここは裏技を使う。


『”錬成”!』


 地面に船底が付いたタイミングで俺がそう唱えると、途端に地面の岩がズズズと音を立てて盛り上がり、船底をかたどるように凹状に広がって船体をしっかり固定した。はい、これで土台の完成。ラビからもらった錬成術が、まさかこんな所で役立つなんてね。


「よし、じゃあここからは待機組と調査組に分かれて行動しよっか。調査組は私と一緒に行動すること。奪えるものはとっとと奪って、次の二点鐘(午後五時)までには船に戻る。オーケイ?」

「「「イェス・マァム!」」」


 こうしてニーナ率いる調査隊が編成され、上陸する流れになったのだが……


「あ、ラビちゃんは留守番よろ~」

「えっ、わ、私は行けないんですか?」

「だって、ラビちゃん絶対迷子になっちゃいそうで怖いんだも~ん。足手まといとかマジ勘弁なんだけど~」

「わ、私は足手まといじゃありませんよっ!」


 不満そうに頬を膨らませるラビだが、そんな彼女に向かってニーナは言う。


「だ・か・ら、私がいない間、ラビちゃんが船長代理ってことで。何かあったらおじさんをよろしくね」

「えっ……わ、私がですか?」

「そ。私みたいなカッコいい女船長になりたいんでしょ? なら経験を積まなきゃ! これが船長への第一歩、良いとこ見せてよね」


 そう言って、ニーナは自分の被っていた三角帽子トリコーンを外し、ラビの頭の上に被せてやる。


 ――このギャルエルフ、基本的にウザいのだが、たまにこういう憎めないところも見せてくるから扱いに困る。弱いラビをただ除け者扱いするだけなら、俺も黙ってはいなかったのだが……


「に、ニーナさん……」

「あ、でももし船盗んで逃げようなんてそぶり見せたら、可愛いラビちゃんでも容赦なくブッ殺すよう、部下たちに言い付けてあるから♥」

「ひっ! そそ、そんなことしませんよっ!」


 前言撤回、やっぱこのギャルエルフ、子どもも平気で手にかけるような正真正銘の悪人だわ。


 しかしラビは、それでもニーナに船長代理を任せられたことが嬉しかったようで、彼女の小さな頭には不釣り合いな帽子がズレ落ちるのを両手で押さえながら、きゅっと唇を引き結び、ビシッと敬礼した。


「はいっ! ニーナさんが留守の間、私がしっかり師匠の面倒を見ます!」


 いや、面倒を見るって、俺は子どもじゃないんだが……


「うむ、良い返事だ。じゃ、後オナシャス!」


 そう言って調査隊のエルフたちと共に、ニーナたち調査隊は船を降りて行く。船に残された待機組の乗組員たちは、こんな小さな子に船長なんて務まるのか、疑わし気な目でラビを見ていた。


「あ、あのニーナさん! もし……もしニーナさんたちの身に何かあったら、私どうすれば……」


 そんな中、ラビは少し躊躇ためらいがちにニーナへ問いかけた。いきなり船長として船と乗組員たちを任され、色々と不安もあるのだろう。問いかけるラビの目には困惑の色が浮かんでいる。


 そんなラビに向かって、ニーナはあきれたように頭を掻き、少し考えてからこう答えた。


「そりゃ、基本は助けに来てほしいけどさ~、船も乗組員も危なくなって超大ピンチ! ってなったときは――”自分の命は自分で守る”ってことで、よろ!」


 そう言い残して、ニーナは船を降りていった。


 ニーナの残した言葉がどういう意味を含んでいたのか、俺にはよく分からなかった。しかし、その言葉を聞いたラビは、これから起こることを恐れるように不安な表情を浮かべ、胸元でぎゅっと手を握り締めていた。

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