第178話 自分に勝てずして、国を勝利へ導くことはできない
俺ことクルーエル・ラビ号は、エルフの里ウッドロットに戻って修理と補給を終えた後、装備を整えてロシュール王国王都へ進路を取った。
そして俺の後からは、伝説の海賊、八選羅針会のメンバーたちの乗る海賊船団が続いた。
羅針会リーダーのヨハン船長が操るサイレント・ウェイ号を筆頭に、ニーナ船長のカムチャッカ・インフェルノ号、シャーリー船長のウィッチ・ハント号、ルベルト船長のドナ・リー号、アスキン船長のファット・ブラックバード号、グレゴール船長のリバーライズ号、そしてルシアナ船長のソウル・シャドウズ号。
彼らは各々に自分たちの船団を持っており、部下たちを率いて次々に俺たちと合流していった。
集まった船の数は合計で三十隻にものぼった。王国最強の五百隻から成る
そして、俺たちが王都へ入った際、通りを行く国民たちは、自分たちの住む街の上を悠々と通り過ぎてゆく海賊船団を、驚いた表情で見上げていた。
ある者は興奮した声を上げて俺たちを指差し、ある者は俺たちに恐怖して家の中に逃げ込み扉に鍵をかけた。
ある者は俺たちに「帰れ! 非国民の蛮族め!」と罵声を浴びせ、ある者は俺たちに「よくやった! 俺たちの英雄だ!」と称賛の声を贈っていた。
どうやら王国の中でも、俺たち海賊のやった行いについては賛否が分かれているらしい。王国防衛の要であった
まぁ、俺たちより王国側の犠牲の方が大きかったから、俺たちを擁護する声はごく少数だったのだが。
そう思っていると、上空を飛んでゆく俺の真下を、数人の子どもたちが駆けてゆく姿が見えた。彼らは好奇心と尊敬の眼差しを向けて、こちらに手を振りながら通りを走り、俺の影を追いかけてくる。
俺たち海賊を恐れもせず、自分たちの憧れと理想を追い掛けようとするその姿は、今のラビの姿を映す鏡だ。彼らもいずれ、この腐った国を立て直す有望な大人になれるだろう。
ロシュール王国の王都アステベルに入り、マイセンラート城に到着するまでの間、王立飛空軍からの攻撃は一切なかった。おそらく国王も、自国の艦隊をほとんど失った状態で俺たち海賊と戦うのは無謀であると判断したのだろう。しかも王都上空で海戦をやらかせば、国民の犠牲がどれほどになるかも分からない。
城の港への入港を許され、地上に降りたラビ一行は、国王と謁見するため、応接室へと案内された。
玉座に座った国王――レーンハルト・バルデ・マイセンは、酷く瘦せ細り、顔色が悪かった。どうやら
国王は崩壊してしまった王国軍を立て直すのにすっかり神経を擦り減らしてしまい、病まで患ってしまったという。
ラビは、そんな弱り果てた国王に対して敬意を払いつつ、彼に三つの条件を提示した。
①エルフの里ウッドロット上空に撒いた
②レウィナス公爵領の先住民である白熊族への差別を無くし、再び融和対策を推し進めること。
③レウィナス侵攻事件の黒幕として関わった王国貴族や諸侯を厳重に処罰すること。
なお、これら三つの条件が受け入れられなかった場合、俺たち海賊は王国国籍の船舶を優先して襲うだろうと脅迫も付け加えておいた。
国王は渋った顔をしていたが、国の軍事力が弱っている現状で、新たに目の上のたんこぶを作りたくない気持ちが優ったようで、三つの条件を飲むことを約束してくれた。
「まったく……我が王国の全てを賭けて敗北を喫し、蛮族共が王国の政策に口を出される日が来ようとは、なんたる失態……長らく続いた王国の輝かしい歴史に、泥を塗る形で私の名を残してしまいたくはなかった」
玉座の手すりに置いた拳をわなわなと震わせ、涙にむせながら声を漏らす国王。
もはや王としての尊厳も誇りも、全て失ってしまった老人を前に、ラビは問い掛けた。
「国王様、どうして私の両親を………どうして、レウィナス侵攻事件に加担されたのですか?」
ラビの言葉に、国王の痩せた肩がピクリと震える。
老人は少し黙り込んでから、やがて口を開いた。
「………嫉妬と恐怖だよ。私は恐れていたのだ、シェイムズ・
「えっ?」
国王の答えに、疑問の声を上げるラビ。
「シェイムズは才のある男だった。
そこまで言ったところで激しく咳き込み、ぜぇぜぇと息を荒らげる国王。脆弱になり思うように動かせない自分の体に歯噛みしながらも、彼はこう続けた。
「私はそんな彼を見て……怖くなったのだ。レウィナス公爵の好待遇に惹かれて公爵領に移住する国民も増え、奴は更に地位や名声を自分の物にしてゆく。……だが私はどうだ? かつて私が統治していた頃に残した功績は瞬く間に遠い過去のものとなり、体は老いて、力も衰えてゆく一方。このままでは奴が――シェイムズが私から全てを奪い取ってしまう! そう考えただけで怖くてたまらなくなったのだ!」
「……だから、ライルランド男爵の肩を持ったのですか? 私のお父様とお母様を殺すように」
ラビの問い掛けに、国王は項垂れた。
「仕方がなかったのだ……ああでもしなければ、私はいずれ全てを奪われていた。まだ私の時代は終わらない。いや、終わらせてはならんのだ!」
再び咳き込んでしまう国王。
ラビは暫くの間、無言のまま口を閉じていたが、やがて玉座に座る国王に向かって、声を上げた。
「――国王様、あなたが抱いている恐れは、全て間違っています。お父様は国王様を尊敬していましたし、あなたから地位を奪おうなんて全く考えていませんでした。……それどころか、お父様は与えられる地位や名誉なんてものを酷く嫌っていたんです。持つことによって、いつか自分たちにも災いが降りかかるのではないかと恐れて」
ラビの言葉に、国王の濁った目が見開く。
「私たちが欲しいのは、貴方の据わる玉座でも、王国の土地でも、そこに暮らす民からの尊敬でもありません。………ただ、私たち家族が、これからもずっと幸せに暮らしたい。……本当に、ただそれだけが、欲しかったんです」
ラビの目から溢れた涙が、頬を伝って流れてゆく。
国王は放心したまま、玉座の上で体を斜めに傾けた。頭上に乗せていた煌びやかな王冠が、音を立てて床に転がり落ちる。
「国王様が、その時自分の中にある恐怖に打ち勝つことができれば、結末は今よりもっと違ったものになっていたのかもしれません。……でも、あなたはライルランド男爵の方を持ち、あの悲惨な事件を起こしてしまった。……だから、今の私が居るのです。海賊となって、あなたから全てを奪った、この私が」
「……あ……あぁああああああ……」
国王は言葉にならない声を漏らしながら、玉座から崩れ落ち膝を付いた。
「あぁああああああああっ! 私は……私はなんということをっ………!!」
両手に顔を埋め、頰に爪を立てて悶える国王に、控えていた家来たちが慌てて駆け寄ってゆく。
『やれやれ、これもまた自業自得だな。後悔先に立たず。どうやら俺たちの出る幕はここまでみたいだ。早いとこお
「そうですね、師匠。………さようなら、国王様。もう会うことはないでしょう」
倒れた国王を前に大騒ぎする家来たちを残し、ラビはくるりと向きを変えて応接室を出て行った。
――つかつかと客間を去ってゆくラビ。
その姿を、遠目から眺めている一人の人影があった。
「……これでツケは清算されたぜ、シェイムズ」
その人影――
「……もう一度、誘ってみるかな」
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