第174話 ここがお前の地獄だ

 躍り出るように宙へ飛び上がったラビ。

 俺はすかさず念動スキルを使って、重力に従い落ちてゆくラビの小さな体を受け止めた。


 そしてそのまま、俺の本体であるクルーエル・ラビ号の甲板へ移動させ、床の上に慎重に体を下ろしてやる。


『怪我は大丈夫か、ラビ?』

「いたた………もう、師匠が無茶言ったせいで、傷口開いちゃったかもですよ」


 そう言って、額に脂汗をにじませながらも、俺に向かってはにかんで見せるラビ。

 いや、マジでごめん。あのフラジウム小石に転移したままだと魔力が制限されてしまうから、仕方なしにこうせざるを得なかった訳で……


 なんて言い訳をつらつら並べてる暇なんかない。俺はクルーエル・ラビ号本体に意志転移すると、治癒(大)ヒール・マキシマを使ってラビの怪我を直してやった。


「ありがとうございます師匠、もう大丈夫です!」

『気を抜くなよラビ。敵はすぐにでもこっちに――』


 と、俺が忠告するが早いか――


 ダンッ!!


 床が震えて、クルーエル・ラビ号の甲板上にヴィクターが盛大な着地を決めていた。


 おいおいマジかよ。二隻が並んで接舷しているとはいえ、デスライクード号からここまで一発で飛べるような距離じゃないってのに……


 おそらく、奴は肉体強化系の魔法を使っているのだろう。でなければあの距離を跳躍するなんて人間離れした力、持てるはずがない。


「くっくっくっ……逃げても無駄だラビリスタ君。黒き一匹狼ブラック・マーベリックはとことん執念深い。標的を狩るためなら、例え地獄の底までも獲物を追いかけ、骨まで貪り尽くす。それが私の流儀でね」


 そう言って、ヴィクターは手に持った波打つ長剣に舌を這わせながら、気味の悪い笑みを浮かべた。


「デッドエンドだよ、ラビリスタ君」


 ヴィクターは、硬直するラビを前にニヤリと嘲笑を浮かべる。

 俺はこっそり鑑定スキルを使って、ヴィクターのステータスを覗いてみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】ヴィクター・トレボック

【種族】人間 【地位】提督 【天職】策略家ストラテジスト

【HP】540/540

【MP】1200/1200

【攻撃】1500 【防御】900 【体力】980

【知性】380 【器用】100 【精神】640

【保持スキル】能力奪取スキルテイカー(U)、無詠唱、鑑定:Lv9、治癒(大)ヒール・マキシマ:Lv10、剣術:Lv10、双剣術:Lv9、短剣術:Lv7、投擲:Lv6、火炎魔術応用:Lv8、未来予知:Lv8、たかの目:Lv6、陰密:Lv5、魔力視認:Lv7、魔法攻撃力大上昇:Lv7、体力大上昇:Lv5、斬撃耐性:Lv7、魔法耐性:Lv6、物理防御力上昇:Lv7、魔法防御力上昇:Lv8、気配感知:Lv7

【アイテム】魔力増大の魔石(右目)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 見るまでもない、圧倒的な戦力差。持っている武器も、魔力も、全てがケタ違い。


 ラビは魔素拒絶体質症候群アンチ・マナ・シンドロームで魔法が使えない。持っている武器は短剣だけ。おまけに、今クルーエル・ラビ号の甲板には助っ人どころか、乗組員は全員デスライクード号に乗り移って白兵戦をしているせいで、人っ子一人居ない状況。


 まさに絶体絶命。

 その状況をヴィクターも既に理解しているのか、完全に舐めくさった態度でラビに近付いてくる。


「さぁ、その美しい顔を存分に絶望で歪ませてくれ! 私の剣を受けて苦痛に悶えてくれ!」


 ヴィクターは波打つ長剣の刃先を指でなぞると、剣は瞬く間に赤い魔法の炎に包まれた。

 パチパチと爆ぜる火花が、ラビの顔元にチラつく。あんなの一撃でも喰らえば、治癒する間もなく黒焦げにされてしまうだろう。


「ここが君の地獄だよ、ラビリスタ君」


 そう言って、ヴィクターは炎をまとった剣を大きく振りかぶる。



 ――なるほど。確かにお前から見れば、今のこの状況は俺たちが圧倒的不利であるようにしか見えないかもしれない。


 だが……


『いーや、それは違うね』

「っ⁉︎ 誰だ⁉︎」


 突然聞こえてきた声に驚き、声の主を探して辺りを見回すヴィクター。

 けど残念、そこに俺は居ないんだよなぁ。


『……ラビ、合図したら近くに垂れ下がったロープにつかまれ』


 俺はラビにそう指示を飛ばすと、再び念話スキルを使ってヴィクターに語り掛けた。


『おいおい、どこ目ぇ付けてんだよ節穴野郎』

「誰だ貴様は? 私の頭に直接話しているのか?」

『ご名答。察しが良くて助かるぜ旦那。……俺はこの船に取り憑いた名も無き亡霊さ。海賊船クルーエル・ラビ号のね』

「亡霊だと?」


 咄嗟の思い付きでそう名乗ってしまったが、こういうオカルト的な設定の方が、相手も少しは畏怖の念を抱くはず――


「……ふん、おふざけも大概にしてほしいのだがね?」


 でも、まぁいきなりそう言われて信じる訳ないよね〜。


『信じるも信じないもお前次第だ。俺は亡霊としてこの船と共にこの広い空を彷徨っていたが、偶然にもこの子ラビを拾ってね。今はこの子が俺の船の船長であり、主人マスターだ』

「くっくっ、なるほどね。……しかし、たかが小娘相手に亡霊一人が味方に付いたところで一体何が変わるというのかね?」


 そう言ってニヤリと笑うヴィクター。


 ――こいつ、天職は策略家ストラテジストのくせして、冷静さを失うとムキになって周りの状況が分からなくなっちまうらしい。これじゃあ提督失格だな。


『どうやらお前は勘違いしているようだから一つ忠告しておいてやるがな。今ヤバい状況にあるのは、

「……何だと?」


 剣を構えたヴィクターの眉が歪む。


 俺は、そんな未だにこの状況を理解できてないクソ野郎に向かって、怒りを込めた声で言い放った。


『……お前は、俺の大事な主人マスターを傷付けた。その上、俺の船へ許可なく土足で上がり込んだ。散々好き勝手やってくれやがって。このままタダで帰れると思うなよ?』


 カッ――


 刹那、ヴィクターの目の前に電撃の閃光が瞬く。


 一瞬だけ目が眩み、次に目を開けた時、ラビは奴の前から消え失せていた。


 この船は俺の分身であり、俺のテリトリーそのもの。

 そこへ、何も知らない野ウサギが一匹飛び込んできた。するとどうなるか? 答えは言わずとも分かるはずだ。


 ヴィクターは警戒することも無く罠の中へ自ら飛び込んで来てくれた。ならば後は、俺の中で好き放題に弄んでやる。かつて、ラビを奴隷にした商人たちを懲らしめた時のようにな。

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