第60話 ウラカン様との謁見◆

「……確か、この先がウラカン様のねぐらだったはずだよ………」


 先頭を歩いていたグレンが、後を付いて来るラビにそう言って、前方をあごで示してみせる。どうやら洞窟の先は、さらに広い地下空間へと繋がっているようだった。


 ……と、そのとき――


 ぐぅるるるるるるるるるるるるうぅうううううう………


 突然、耳障りで不快な音が聞こえてきて、再び洞窟が揺れ始めた。その振動は凄まじく、瞬く間に天井が崩壊を始め、岩の破片が雨のように降り注ぐ。


「グレンちゃん! このままじゃ洞窟が崩れちゃうよ! 早く逃げないと!」

「そうだね……あ、あの……もし良かったらだけど、その………ボクの背中、乗ってもいいよ?」


 グレンは小さな両腕の人差し指を突き合わせ、恥ずかしそうにもじもじしながら言う。洞窟の天井は崩落寸前で、もはや一刻の猶予もない。ラビは迷うことなくグレンに向かって大声で叫んだ。


「是非とも乗らせて! 超特急でお願いできるかしら⁉」

「う、うん……じゃあ……はい、乗って」


 グレンはラビが自分の背中に乗れるよう、彼女の前で体をかがめてやる。ラビは重なった鱗を足場にしてグレンの背中によじ登ると、彼の首元につかまった。


「いいわ! お願い!」

「うん………あ、あんまり乗り心地とか、期待しないでね……」


 グレンはそう言うと、巨大な翼を広げて一気に宙へ舞い上がる。そして、そのまま目指す洞窟の先へ向かって、矢のごとく突き進んだ。背後では既に洞窟が崩壊し始めており、岩の塊が雪崩となって迫り来る。ラビは振り落とされないようグレンにしっかりつかまり、急加速のGに耐えた。


 ズドドドドドドドドッ‼


 崩落する洞窟から間一髪で逃げ切り、ラビを乗せたグレンは広い地下空間へ飛び出した。


「っ―――!!」


 洞窟を抜けた途端、ラビは絶句する。


 ――その地下世界には、燦然さんぜんと星の輝く夜空が広がっていた。地面から天井まで、まるでアメジストを散りばめたように、キラキラと紫色の星が瞬いている。


 おかしい……ここは地下のはずだ。どうして地下にこんな美しい夜空が広がっているのだろう?


 ラビは疑問を抱いたが、その答えはすぐに分かった。広大な地下空間を形成する地面や壁、そして天井に水晶のように生え伸びた鉱石が、あちこちで紫の光を放っていたのである。そんな小さな光の集合を、遠くから見て星空と勘違いしてしまったのだ。


「すごい……なんてキレイなの……」


 まるで夜の星空の中に放り出されたような幻想的な世界に、言葉を失ってしまうラビ。地面の下であるというのに、どうしてここはこんなにも美しい光で満ちているのか、ラビには不思議でならなかった。


 やがて暗闇に目が慣れてくると、ラビは広大な地下空間の中央に居座る巨大なを見つけてゾッとした。


 最初それを見たとき、ラビは大きな岩の塊かと思った。けれどもよく見ると、それはグレンと同じく全身をうろこで覆われた四本脚の怪物で、体を曲げて猫のように丸くなっていたのである。


 しかし、鱗に覆われてはいるものの、その容姿はグレンのようなドラゴンほどスリムではなく、全体的にのっぺりとして、まるでオオサンショウウオのような見た目をしていた。背中にはナイフのように鋭くとがった結晶の背びれが背中から尻尾にかけて生え伸びており、時折その背びれが紫色に弱く発光しては消えていた。


 その怪物は、どうやら眠っているようだった。時々地鳴りのような呻き声を上げては、寝返りを打つように体を揺すって姿勢を変えている。


「……あれが、ウラカン様?」

「うん、そう。……凄いよね。あんなの見たら、ボクなんかちっぽけなゴミみたいに思えてくるでしょ?」

「そこまでは言わないけど…… でも見た感じ、怒っているというより、何だか苦しんでいるみたい。グレンちゃん、ウラカン様の近くに降ろしてくれないかな」

「別にいいけど……寝相を変えたときにうっかり潰されても知らないよ……」


 グレンは気乗りしないようにそう言いつつ、ゆっくりと高度を下げると、ウラカンの丸くなっているすぐ近くの地面に着地した。


 地面の所々には、数センチサイズの小さな黒い結晶が水晶のようにそこら中から生えていて、まるで何かに反応するように紫色に発光してキラキラと輝いていた。


「この光っている石って……もしかして全部フラジウムの結晶⁉ こんなにたくさん……ここにある分だけでどれくらいの魔力を蓄えているのかしら?」


 グレンから下りたラビは、地面から生えているフラジウム結晶を手に取り、驚きを露わにする。魔導船の原動力であるフラジウム結晶は、元々大陸の地盤に含まれているフラジウムが元であり、大陸が空の上に浮遊しているのも、フラジウムが魔素マナを魔力に変え、磁力を作り出してくれているおかげだ。しかもフラジウムは結晶化させるのが難しく、腕の立つ魔術師でなければ錬成できないという。それが、自然の力だけでこれだけの天然の結晶が出来上がるというのは非常に珍しいことで、ゆえにラビたちの目にはとても神秘的に映るのであった。


 ラビはフラジウム結晶があちこちに生える地面の上を歩いていき、ウラカンの眠る真下までやって来る。全長三百メートルは超えているその巨大な生物を下から見上げると、丸くなっているとはいえ、まるでふもとから山の頂上を見ているようだ。背中から尻尾にかけてノコギリの刃のように伸びた背びれも、全てフラジウム結晶でできていた。あんなに巨大な結晶を背中にびっしり付けていれば、大陸全土を嵐に囲んでしまうだけの魔力を生み出せることも納得できる。


 ラビが近くまでやって来ると、再び巨大な地震が襲い、目の前の山がぐらりと傾く。そして、それまで黒かったウラカンの背びれが、一斉に明るく発光し始めた。


『………誰ダ?』


 脳の奥を揺さぶるような声が響き、ラビは思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。しかしどうにか堪えて、彼女は声を張り上げた。


「あっ、あのっ、ウラカン様っ! はじめまして! 私、ラビリスタ・S《シャロ》・レウィナスと申しますっ!」


 そう自分の名前を名乗ると、ウラカンはうっとうしそうに体を揺すりながらこう返した。


『アァ、ヤカマシイ……声ヲ張ルデナイ、叫バズトモ聞コエテオルワ』

「ごっ、ごめんなさいっ!」


 ラビは慌ててペコリと頭を下げる。「だから、声を張り上げなくてもいいって……」と、後ろでグレンがぼやいている。


 ウラカンは、その巨体を小さな手脚で持ち上げて這うように移動し、まるでウーパールーパーのような顔面をラビの前まで持ってくると、左右に光る小さな紅い目でじっとラビを見た。その瞬間、ラビは自分の中を強烈な視線が通り抜けていくように感じ、思わずぶるっと身震いしてしまう。


『……フン、誰カト思エバ、人間ノ小娘一人ガ、我ガ前ニノコノコト………オヤ? オ前ノ後ロニ居ルノハ……』


 ウラカンは、ラビの背後で小さくなって震えているグレンを見て目を細めた。


『黒炎竜カ……マサカ、黒炎竜ノ最後ノ生キ残リガ、ココニ居タトハナ』

「えっ?……あの、ボクは最後の生き残りなんかじゃないよ……ボクらの一族はこの先に大勢いて、これからそこへ戻ろうとしていたんだけど……」


 グレンがそう答えたが、ウラカンは『フン』とあきれたように鼻を鳴らして言う。


『オ前タチ黒炎竜ノ一族ハ、モウトックノ昔ニ皆死ンデオルワ。地上ニ居座ル人間共ガ、オ前ノ一族ヲ皆殺シニシタノダ。モハヤ残ッテオルノハ、オ前ダケデアロウ』


 ウラカンから衝撃の事実を告げられ、グレンは言葉を失ってしまった。


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