第61話 ウラカン様がお怒りな理由◆
「ちょ、ちょっと待ってください! 人間たちがグレンちゃんの仲間たちを皆殺しにしたって……一体誰がそんなことを? 何のために?」
ラビがそう尋ねると、ウラカンは憤った声で答えた。
『理由ナド知ラヌワ。数年前、我ノ眠ッテオル地上ニ、多クノ人間共ガ突然押シカケ、勝手ニ木ヲ切リ倒シ、湖ヲ汚シ、要塞ヲ築イテシマッタ。ソシテ奴ラハ、コノ大陸ニシカ存在シナイ黒炎竜ヲ、見境ナク襲イ始メタノダ』
どうやら、グレンたち一族を殺したという人間たちは、数年前からこの大陸にやって来ていたらしい。その者たちが何者なのか、ラビは答えが聞きたかった。
『残虐ナ奴ラハ、殺シタ黒炎竜ノ皮ヲ
そこまで言って、再びウラカンは蹲って苦しみ始めた。辺り一帯がぐらぐらと揺れ始め、あの不愉快な音が、地下全体にこだましてゆく。
ぐぅるるるるるるるるるるるるうぅうううううう………
ウラカンの腹から鳴り渡るその音は、その場の空気をビリビリ震わせ、地震となって大陸全土を揺さぶった。先ほどから繰り返し続いていた不可解な地震は、瘴気に当てられたウラカンの腹鳴りが原因だったのである。
『ウゥ、苦シイ………マッタク……愚カナ人間共ノセイデ、我ハ自ラノ魔力ヲ制御スル力ヲ失イ、暴走シテユクバカリ。コノママデハ、大陸全土ガ嵐ニ飲ミ込マレ、完全ニ崩壊シテシマウダロウ』
「そ、そんな………力の暴走を、抑えることはできないんですか?」
『我ダケデハ、モウ手ニ負エヌ……』
瘴気のせいで完全に弱り果ててしまったウラカンは、そう言ってがくりと頭を下げてしまった。
このままでは、リドエステ中大陸全土が崩壊する……そんなことになれば、自分やグレン、ウラカン様はもちろんのこと、地上に居るであろう師匠やニーナさんまで巻き添えになってしまう。そう考えたラビは、どうにか打開策を見出そうと、必死に頭をひねった。
「………あの、ウラカン様。その黒炎竜が捨てられている場所がどこなのか、分かりますか?」
『アァ……ソノ場所ナラ、我ノ背後ニアル岩ノ裂ケ目ヲ、サラニ奥ヘ進ンダ所ニアル。近寄リタクモナイガナ』
ウラカンから場所を聞いたラビは、背後で縮こまっているグレンの方へ振り返る。
「………もしかして、そこへ行きたいの?」
ラビの言葉を予期していたかのように、グレンがそう問いかける。
「お願いできるかしら?」
「……ボクは絶対に嫌……だけど………」
グレンはラビの顔を見て、言いかけた言葉を止める。ラビの表情は悲し気で、けれども、その真っ直ぐな蒼い瞳には、どうにかしなければいけないという強い決意と覚悟が現れていた。
グレンは大きなため息を一つして、それからこう言葉を続ける。
「……でも、嫌だって言ったところで、ラビちゃんは聞いてくれそうにないよね……」
「無理を言ってごめんなさい」
「……別に構わないけど、もしボクも瘴気に当たったときは、最期を看取ってくれると嬉しいな……なんて」
そんな弱音を漏らすグレンにラビは駆け寄り、低く下げている彼の頭を優しくなでて慰めると、鱗に脚を掛けて背中に跨った。
「私たちのコンビなら、きっと何とかなるわ。――さぁ、飛びましょ!」
ラビの合図で、グレンは翼を左右に大きく広げ、一気に飛び上がる。
「ウラカン様、もう少し耐えていてください! 私たちがどうにかしますから!」
グレンを乗りこなすラビの姿を見て、ウラカンはあきれたように『……フン、生意気ナ小娘メ。オマエ一人デ、何ガデキルト言ウノダ』と不満を口にしながらも――
『……ダガ、ソノ危険ヲ
「はいっ! ありがとうございますウラカン様っ!!」
『ダカラ叫ブデナイ! 耳ガ痛イワ! ……モウヨイ、サッサト行ケ』
そう言って「シッシッ」と腕を払うウラカンを前に、ラビは大きく手を振り、ウラカンの背後の先にある岩の裂け目へと向かって飛んだ。
「……確かに、この先瘴気が強くなっていくのを感じる……ラビちゃんも、大丈夫そう?……」
「ええ、まだ大丈夫。……あなたの一族をみんな殺してしまうなんて、とても許されたことじゃないわ。早く犯人を見つけ出さないと」
広大な地下空間の先、急こう配な崖の一部に、巨大な裂け目が見えていた。あの奥に、瘴気を放つ元凶が待っている。そう考えるだけでラビの背筋には寒気が走り、この先は危険だと、自分の第六感が警鐘を鳴らすのが分かった。
でも、大陸にいるみんなを救うためにも、もう後には引けない! ラビはぐっと歯を食いしばり、しっかりとグレンにつかまった。
「あの裂け目の奥ね! グレンちゃん、急降下して!」
「うん……振り落とされないようにね……」
グレンは首を下げ、翼の角度を変える。すると、体が一瞬宙に浮いた感覚が走り、次の瞬間、まるで落ちてゆくように急降下して、勢いを保ったまま、真っ暗な岩の裂け目の奥へと突入していった。
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