第58話 頑張れる理由◆

「はぁ、はぁ………ちょ、ちょっとグレンちゃん、待って……」

「あ……本当に来てたんだ………」


 洞窟の中を進んでいたグレンは、自分の後ろを頑張って付いて来ているラビの姿に気付き、申し訳なさそうに首をすくめてボソッとつぶやいた。


「まぁ、別に付いて来てもいいけど……」


 そう言って、グレンは再びのっしのっしと洞窟の先へ歩みを進めてゆく。


「……あ、でも、ボクらはあまり余所者が好きじゃないから、あまり歓迎されないかもしれないけど……怒らないでね?」


 心配そうにラビの方をチラチラ見ながら恐る恐るそう伝えるグレンに、ラビは「それならきっと大丈夫!」と元気良く答えてみせる。


「グレンちゃんがこんなに優しいんだもの。他の仲間たちだって、きっとみんな優しいはずだよ」

「ハハ……だといいけどね……」


 グレンが気まずそうに小さく笑った、そのとき――


 ズズズズズ……


 突然洞窟が大きく揺れ始め、地鳴りのような音が閉鎖空間に響き渡った。


「なっ、何⁉︎ 地震っ⁉︎」


 突然の揺れに驚くラビ。しかし一方のグレンは、特に焦る様子もなく言う。


「……あぁ、別にこれくらいの揺れはよくある事だから、気にしなくていいよ……」

「『これくらい』って、結構揺れてるけど、本当に大丈夫なの?」


 ラビの言う通りで、並の人間でも立っていられないほどに地面がグラグラと揺れ動き、洞窟左右の壁には大きな亀裂が走った。亀裂はとうとう天井まで達し、つららのように垂れ下がっていた鍾乳石しょうにゅうせきが崩れ、鋭い石の槍となってラビの上に落ちてくる。


「きゃあっ!」


 そこへ、グレンがサッとラビの上に翼を広げて、落ちてくる石の槍を全て防いだ。


「あの……大丈夫? この辺、天井がもろくて崩れやすいんだ……だから、気をつけてね」


 ラビは慌ててグレンの元へ駆け寄った。グレンの近くに居れば、彼が落石を全て翼で防いでくれた。けれど、近付き過ぎてうっかりグレンの巨大な足に踏み潰されてしまわないよう、ラビは距離感を考えながら慎重に歩みを進めた。


「さっきの揺れは一体何だったの?」

「ああ、あれはね、ウラカン様が怒って暴れているんだよ。さっきも言ったけれど、ここ最近ウラカン様の機嫌が悪くてさ……それで、いつも暴れ回っているせいで、この大陸は地震もしょっちゅう起こるんだ……ボクらはもう慣れっこだけどね……」


 どうやらグレンの話によれば、先ほどの地震も、グレンが「ウラカン様」と呼ぶ魔物の仕業であるらしい。あれほどすさまじい地震を引き起こしたり、船がひっくり返るほどの大嵐を吹かせたり、一体どんな力を持った魔物なのだろうと、ラビは不思議に思った。


「特にこの辺は、ウラカン様のねぐらが近いから、かなり揺れも激しいんだ……だから早いとこ、ここから抜けた方がいいよ」

「えっ? この近くにウラカン様がいるの?」


 ラビの問い掛けに、コクリと頷くグレン。するとラビは、何を思い立ったのか、走ってグレンの目の前までやって来ると、こう言ったのである。


「そのウラカン様っていう魔物に、会うことはできないかしら?」



「えぇ……ウラカン様に会いに行きたいの?」

「私、そのウラカン様って魔物が、どうして機嫌が悪いのかを知りたいの。もしその原因が分かれば、この大陸に吹き荒れる嵐を鎮められるかもしれないわ!」


 そう提案するラビだが、グレンは乗り気なさそうに「う~~~ん」と唸って首をひねる。


「……確かに、いつも温厚で優しかったウラカン様が、どうしてあそこまで怒っちゃったのかは気になるけど………でも、怒ったあの方はとっても怖いんだよ……ボクらなんて比じゃないくらいにね……」


 そう言って、恐れるあまりその場に縮こまってしまうグレン。


「グレンちゃんくらい強ければ、きっとウラカン様を抑えることだってできるはずよ!」

「えぇ……それは冗談キツいよ。ボクなんて、あの方を前にしちゃ、きっと何もできずにひとひねりで殺されちゃうかもしれないんだ……」


 グレンはそう言って、小さな手で自分の顔を覆い落ち込んでしまう。


「そんなことないわ! グレンちゃんの持つ力は、あの伝説の海賊である八選羅針会のニーナさんですら真っ青にさせるくらいすごいんだから! もっと自分に自信持たなきゃ!」


 ラビにそう言われて、グレンは少し元気を取り戻したようだったが、それでもラビの提案に乗り気がなさそうなのは変わらなかった。


「わ、分かったよ……でも、どうなってもボク、知らないからね。どうせ君もボクも、あの方に殺されちゃうんだ……」

「大丈夫、きっと何とかなるわ。行きましょ! ウラカン様はどこにいるの?」


 ウラカンの元へ行くことを諦めてくれそうにないラビを前に、グレンは折れたように深くため息を吐いて「………こっち」と洞窟の奥を小さく指差した。



 暗い洞窟の中を、ひたすら奥へ奥へと進んでゆく一人と一匹。洞窟は下ってゆく一方で、かなり地下深くまで続いているようだ。酸素も薄くなり、淀んだ空気を吸って、ラビは途中何度も咳き込んでいた。


 そんな苦しそうなラビを見て、グレンは問いかける。


「あのさ……どうしてそこまでしてウラカン様を止めようとするの? ひょっとしたら、死んじゃうかもしれないんだよ、ボクたち………」


 物理攻撃なら何でも無効化させてしまう鎧に包まれ、炎のブレスで全てを粉微塵に吹き飛ばしてしまう世界最強のドラゴンであるグレン。そんな彼が、自分よりも遥かに小さくて弱い少女を前に、細々とした声で弱音を吐いている。そのあまりのシュールさに、ラビは少し可笑しくなって思わず笑みをこぼしてしまう。


「ふふっ……大丈夫。こういうとき、気持ちを強く持っていれば、案外何とかなるものなの」

「そうなの?」

「ええ。………でも、もし師匠と出会う前の私だったら、きっとグレンちゃんみたいに何もできずに塞ぎ込んでいたかもしれない」


 そう言って、ラビは少し肩をすくめた。


「……師匠って?」

「師匠は、私の命の恩人で、私を人生のどん底から救ってくれた人――じゃなくて、正確には船なのだけれど」

「……あ、ラビちゃんが乗ってた、あの船のこと?」

「そう。師匠と一緒に、短い間だけどたくさん冒険をして、大変なこともたくさん経験して……死ぬかもしれない危機に直面したことも何度かあったけれど……」


 「でも――」と、ラビは言葉を続ける。


「でも、そんな困難を切り抜けて、私は今もこうして生きてる。こんな弱くて魔法も使えないちっぽけな私でも、やれば何だってできることを、師匠が教えてくれたの。……だから、その教えを無駄にしないためにも、頑張らなきゃ……」


 そう言って、ラビは目の前に立ち塞がる岩を、「よいしょ」と声を上げてよじ登り、険しい道をどうにか自分の力で切り開いてゆく。


 そんな健気けなげなラビの姿を見て、グレンも何か思うところがあったのだろう。相変わらず黙ったままだったけれど、彼女の行く手を塞ぐ岩を、手や口でつかんで持ち上げては退かし、ラビが歩けるように小さな通路をこしらえてあげていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る