第79話 ウルツィアの港町
『転移魔術の使い手だって?』
俺が驚くあまり声を上げると、
「そうです。ポーラさんは、世界で数人と持たない珍しい能力『瞬間転移』を使いこなせるんです」
ポーラ・アルテマ――近衛メイド隊「ホワイトベアーズ」のメイド長である彼女は、どんな場所にでも一瞬のうちに移動できてしまう「瞬間転移」スキルの使い手だった。おそらく、誰もが欲しいと思う理想の能力トップ5に入るだろう。
『そのメイド長であるポーラを、ライルランドはホワイトベアーズの誰よりも早く、タイレル侯爵の居るサザナミ大大陸へ運んだ。……一体何のために?』
「それは分かりません。……でも、メリヘナたちの話によれば、ライルランド男爵は
『なるほど、その線が濃厚みたいだな……』
「瞬間転移」スキルを悪用しようと思えばいくらでも思いつきそうなところなのだが……ヤツらがどんな悪巧みを考えているのかについても、探ってみる必要がありそうだ。
「……あっ、師匠! 前方に大陸が見えますっ!」
すると、望遠鏡を覗いていたラビが声を上げて前方を指差す。
指差した先には、青い空を流れる雲の中に、うっすらと大陸らしき黒い影が浮かび上がっていた。さらに進んでゆくと、雲が晴れて陸地全体を見渡せるようになり、目の前に開けた壮大な光景を前に、俺は思わず声を上げた。
『………こりゃ、スゲェな!』
それは、今まで見てきたどの大陸よりも大きく、広大な土地の大半は湖……いや、広大な海が大陸のほとんどを占めていた。大陸の
「あれが、サザナミ大大陸です! 進路そのまま、ヨーソロー!!」
ラビが声を上げると、乗組員たちは歓声を上げ、彼女の声に応えた。
〇
その大陸は、陸地の約九割を海が占め、その海上中央に、ウルツィアの港町が広がっていた。ニーナが町の方を指差しながら言う。
「ほらあれ、町の中央にあるでっかい建物が、タイレル侯爵の住んでるサラザリア城。そして、城の周りに円を描くようにして広がっているのが、その城下町だね。町より外側の水域は、どの船でも自由に通って平気なんだけど、内側の水域はタイレル公爵の領地だから、立ち入ることができるのは、侯爵が所有してる王国最大の奴隷商船『ゴールデン・スレイヴ』号だけって決まってるの」
『ゴールデン・スレイヴ号? ひょっとして、タイレル商会最大の闇奴隷市が開催される場所っていうのは……』
「そ。侯爵は毎月に一度、夜になるとお城から商船を出して、各国からやって来た権力者や王国の要人を船に乗せて盛大なパーティーを開くの。……でも、それはあくまで表向きの話で、裏ではその日の目玉商品である奴隷を紹介して品定めさせる品評会の場になってるんだって」
ニーナも航海中に何度かここウルツィアの港町には立ち寄ったことがあるらしく、その際に公爵の開く奴隷市についての噂も聞いたらしい。
「でもヤバくない? ああいう金持ちな男連中ってさ〜、外見はピシッとした軍服とか燕尾服とかで着飾ってるけど、実際腹の中はめっちゃドス黒くて、とんでもない変態趣味を持つ人だったりするんだよね~。マジキモいっしょ?」
確かに、初めてラビと出会ったとき、彼女を奴隷としていた商人はとにかく強欲で金に目がないクズ男だった。ああいうろくでなしなヤツらが大勢集まって奴隷を品定めしている様子を想像するだけでも腹立たしく思えてくる。そんな場所にラビは売りに出されてしまったのだから、彼女にとっては忘れたい嫌な思い出なのだろう。
「そんな悪い人たちにポーラさんは絶対渡しません! 何としてでも阻止しないと……」
そう決意して固く拳を握りしめるラビ。かつて自分が受けたあまりに屈辱的な仕打ちを、同じ仲間にも受けて欲しくない。そんなラビの思いに応えるべく、俺も決意を新たにウルツィアの港町へと入っていった。
◯
円状に広がる町の外側の海に着水し、入港する準備に取り掛かり始める乗組員たち。俺は魔導機関航行から水上帆走へと移行し、風の力だけを利用して、水面を滑るように走った。
この帆走こそが帆船本来の走り方ではあるのだが、魔法が存在するこの世界では、主に魔道機関航行に必要な魔力を節約するために用いられる。魔道機関を使って水上を高速走行することも可能ではあるのだが、それだと水の抵抗を強く受けるせいで、空を航行しているときよりも倍以上の魔力を消費してしまうのだ。そのため、基本水上では風の力による帆走を行い、魔力の節約に加えて、受ける風に含まれる魔素を吸収することで、魔力を蓄えているのである。
俺もこの船に転生して早二ヶ月以上が経とうとしているが、ようやく長期間の魔道機関航行を続けるための魔力配分が分かるようになってきた。これは俺が経験を積んだこともあるが、今俺の上でよく働いてくれている優秀な乗組員たちが居るおかげでもあるだろう。彼らが居なければ、俺もここまで早く船として長く飛んでいられるコツを覚えられなかったかもしれない。俺一人だけでこの巨体を動かすのにはかなり骨が折れたが、彼らが居るおかげで、操船がとても楽になったことも事実だ。
(本当に、こいつらには感謝の言葉しか出ないな……)
そんなことを思いながら、蒼い海の上を
ドガガッ!!
突然、俺の腹――船底に、何か強烈な衝撃が走った。
『うぉっ! な、何だ⁉』
俺は思わず声を上げてしまう。その衝撃は相当強かったらしく、甲板に居た乗組員たちも全員その場にしがみ付き、ある者はひっくり返り、ある者は階段から転げ落ち、ある者はマストから落ちて海に放り出された。
ゴンゴンゴンゴン………
聞きなれない鈍い音が、船底から響いてくる。船の浮いている周囲の海面に白い泡がボコボコと湧き上がってきた。
「なっ、何が起きたの⁉」
すると、下の甲板から全身ずぶ濡れになった乗組員たちが昇って来て、ラビに向かって叫んだ。
「大変だ船長!
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