第53話 決意と信頼
俺の表情で、おそらく何かを察したのだろう。
ミランさんが申し訳なさそうな顔になる。
「分かっています。こういうのがあると困るから、Bランク以上の能力があるのにランクを上げていない事は」
実際にはそのせいで貴族と関わるような事になると困るからランク上げをしなかったのだが、結局のところすべては自分たちの生活を脅かすものと相対する事態を避けるためだ。
現状の苦しさと大差はない。
「でも今、B級以上の人数が少ないんです。先発隊にB級も同行していたのですが、彼らが負傷してしまって、一層」
そういえば、先程そんな話をしていた人がいた。
それがB級だったらしい。
しかしB級が戦線に復帰できないような負傷する現場となれば、やはり危険だ。
俺は未だしもクイナを連れていくわけにはいかない。
かといって、自分だけ逃げるなどという選択肢も俺にはなかった。
もうここは俺の居場所なのだ。
俺を受け入れてくれたこの街とここに住む人々を守りたい。
そのための人手が足りなくて自分に白羽の矢が立っているというのなら、俺は自分にできる事をしたい。
となれば、選択肢は一つ。
「クイナ――」
俺も腹をくくらねばならない。
そう思って彼女に目を向ければ、俺が言葉を続ける前にクイナは声を上げた。
「クイナ、やるの! アルド居なくても!!」
こちらを見上げて必死にそう言ってくる姿は、まるで俺に反対でもされているかのような真剣さだ。
俺は別に、クイナの決断を拒絶ずる気なんてなかった。
俺だってB級たちの中に入って未知の領域に行こうというのだ。
自分だけ好き勝手にしてクイナの行動は制限するなんて、あまりに不公平が過ぎる。
そこまでクイナを縛る権利は俺にはないし、実際にそうしたくもない。
俺は、もしクイナも行くのならB級の一団には連れていけない。
俺とは別れて動く事になるが、それでもいいかと聞こうと思ったのだ。
しかし聞くまでもなかった。
クイナは自分の意思で、ある意味の覚悟を持って選んだ。
「アルドは、クイナがいなくても大丈夫なの。いなくなっちゃったりしないの!」
続いた彼女の物言いに一瞬キョトンとしてしまったが、すぐに思わず笑ってしまった。
自分じゃなくて俺の心配か。
この街で離ればなれで住むかという話になった時はあれだけ「離れたくない」と言って泣いたのに、思えば強くなったものである。
しかしそれも当たり前か。
あの後クイナは色んな事を経験して、人に出逢って。
たしかにそういう日々の積み重ねをしてきたのだ。
ある程度の自信もついたのだろう。
もしかしたら日々の中で俺がクイナを置いていなくなる事はないと、信頼してくれたというのもあるのかもしれない。
俺は中腰にしゃがみ、クイナとまっすぐに目を合わせる。
「クイナ、俺は森の奥に行く」
「うんなの」
「クイナは森の手前の方で、出てくる魔物たちを狩る。やる事自体は、いつもの冒険と変わらない」
「うんなの」
「結界の魔道具は躊躇なく使え。万が一の場合は、結界の中に籠って空に、火魔法を上げる。見えたらすぐに助けに行く。他の冒険者たちとも、そういう取り決めをしよう」
「分かったの」
ミランさんの方を見れば、彼女がしっかりと頷いてくれた。
おそらくこれで、C級以下の冒険者たちにも「危険な時には空に向かって火魔法を上げる事。上がったのが見えたら、周りは加勢に行く事」というルールができる筈だ。
「C級冒険者につく結界魔法術師の中には、マリアさんがいます。クイナちゃんの顔見知りですし、同じ班になるように手配しておきます」
「ありがとうございます、ミランさん」
あの教会の結界を長期間保っている術師に一緒にいてもらえるなら、俺としても安心だ。
彼女の気づかいに、感謝する。
「アルドは強いの。大丈夫なの」
「うん、ありがとう」
「でももし怪我したら、クイナ泣いちゃうの」
想像でもしたのだろうか。
耳が頭にペタンと伏せられ、尻尾もシュンと垂れさがる。
どんな脅迫よりも、俺にとってはこれが一番効く。
「分かった、大丈夫。俺は怪我しない」
ハッキリとそう伝えれば、クイナは約束が嬉しかったのか。
「うんなの!」と声を高くする。
「クイナ、知ってるの! アルドの『大丈夫』は本当なの。嘘はないの! 絶対なの
!!」
絶大すぎる信頼に、俺は小さく苦笑した。
もちろん怪我をしに行くつもりはないが、もしかしたら軽い擦り傷・切り傷くらいはするかもしれない。
その時は、帰ってくる前に必ず忘れずにポーションを使っておこう。
そう肝に銘じる。
と、そこに声を上げて割り込む者が一人。
「お、俺も! 俺もクイナと一緒に行くからな!」
「ダメです」
「何でだ?!」
どうやら、まさか断られるとは思っていなかったらしい。
マーゼル様が、ガーンとひどくショックを受けた顔で俺に食い下がる。
が、当たり前だ。
「貴方は貴族でしょう。冒険者登録もしていない」
「私共といたしましても、マーゼル様の同行はご遠慮いただきたく……」
ミランさんも申し訳なさそうに言う。
マーゼル様は尚の事ショックを受けたようだったが、当たり前だ。
誰が好き好んで戦闘区域に貴族を送り出して、面倒な問題を勃発させたがるというのだろう。
執事が、肩を落とすマーゼル様を「まぁまぁ」となだめる。
マーゼル様はシュンとしてしまったが、執事は心なしかホッとしていた。
こちらも当たり前だ。
みすみす主人を戦闘区域に送り出して怪我でもさせようものなら、絶対に執事の責任問題だ。
が、まぁ俺たちの言葉に不服ながらも従うあたり、少々我が儘な貴族とはいえ、可愛らしいものである。
せめてもの抵抗なのか「俺はクイナとアルドが帰ってくるまで、ここで待ってるぞ!」とギルド内への残留を決めた彼を置いて、俺たちはいざ森の中へ。
初めての緊急招集であり、初めての冒険者家業でのクイナとの別行動が、ついに始まる。
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