第2話 現在『恩恵』修行中



 ふっさふさキツネ尻尾が、クイナお気に入りの赤いコートから覗いている。

 頭からぴょこんと生えたキツネ耳、金の毛並みと髪の毛は朝日を浴びて煌めいているが、最も印象的なのは、やはり真剣そのものな薄紫の瞳だろう。


 珍しく眉間に皺が寄せ、難しい顔で「むむむ」と唸る彼女の先には、地植えされた一本の苗。

 先日アルバイト先の果樹園で「一本持って帰ってみるぅ~?」と言われて分けてもらった一株だ。

 彼女は今それと向き合い、持て余し気味な『恩恵』の訓練中なのである。



 少しの間苗と睨み合っていたクイナが、ついに行動を起こした。

 苗にバッと両手をかざし「頑張るのーっ!」と、自分に対する力の発動の合図であり、苗への応援文句を叫ぶ。


 魔力の放出は無い。

 しかし目に見えない力は、確実に苗へと作用する。


 瞬間。

 

 クイナの膝丈くらいまでしかなかった苗が、グンと一気に背を伸ばした。

 腰の高さを越え、背さえ追い越し、枝は横に伸び、葉もワッサァと生い茂る。

 それどころか白い小さな花まで咲いて――までは良かったのだが、すぐに花も枯れ代わりに着いた青い実がすぐさま大きなビー玉大にまで肥大した上、ついには全てが綺麗なオレンジ色に色づくところでやっと成長を止めてくれた。


 神様から授けられるギフト――『恩恵』。

 魔法力を必要としない半パッシブ的能力で、無意識で使える反面意識して使うのが難しく、とりわけ威力の制御にはそれなりの訓練が必要とされるケースが多いとされている。


 まぁ垂れ流しにしたところで普通は特に生活上困る事も無いものの為、実際に訓練をする者もけっこう少ないのだが、クイナに限っては少なからず支障が出るので頑張るしかない。


 珍しくて、強すぎる力。

 それこそが、彼女の抱える問題点だ。

 その上効果はこの通り目に見えて明らかなものなので、悪目立ちした挙句に人身売買の標的になる事がある。


 これは、最早可能性の話ではない。

 つい2か月くらい前に、実際に被害に遭いそうになったばかりだ。


 俺もクイナも普通に冒険者をやりたい。

 平民として普通に楽しく生活したい訳だから、そういったトラブルには勿論遭遇したくない訳で、だからクイナも今、真面目顔で頑張っているという訳だ。


 ……いやまぁもしかしたら彼女の場合、誘拐された事よりも、力を使い過ぎた後のに若干辟易としつつあるという理由もあるかもしれない。

 先日も、実りまくったトマトの収穫に二人がかりで半日を費やしてしまった訳だし。

 

 

「失敗したのぉー……」


 目に見えて耳と尻尾をショボボーンとさせつつ、クイナがこちらを振りむいた。

 上目遣いの薄紫は、残念と失望を素直に前面に出している。


 まぁ確かに失敗だ。

 クイナの恩恵『豊穣』の今日の訓練は『苗の花を咲かせる事』であって、実を鈴なりにする事ではない。

 明らかな恩恵の過剰使用であり、クイナの力の制御の甘さを如実に示している結果だ。



 落ち込むクイナの頭をポフッと撫でながら、「うーん、残念」と苦笑する。


 下手に褒めて現状に満足した結果、能力制御の向上を阻害するような事になっては、彼女自身にとって間違いなく良くないけれど、急いだところで急に上達するでも無し。

 実際にここまで成長してしまったものを、今更どうにかする事が出来る訳でもないのである。

 とりあえず訓練はこれからも頑張っていくとして、だ。


「まぁこの鈴なり、とりあえず収獲するか。確かキャロさん、『キンカンはジャムにできる』って言ってたしな」


 慰めるように言うと、クイナの耳がピピンと立った。


「ジャム! 甘いヤツなの!!」

「そ。パンに塗ると美味しいんだよな」

「クイナ、スライムゼリーにジャムかけるの!!」

「確かにそれ、美味そうだな」


 キャロ曰く、ジャムにすると大量消費が叶うらしい。

 ともなれば猶更、現状には相応しいチョイスだろう。


「よし、じゃぁとりあえず収穫だな。俺は上から取っていくから、クイナは下のを取ってくれ」

「うん、分かったの!」


 突如として湧いてしまった緊急ミッション『キンカン大量収獲』だが、どうやらクイナの気持ちは前向きになってくれたようだ。

 元気よく手を上げて返事をしたクイナは、答えるや否や、早々に実をプッチリプッチリと取っていく。



 トマトやキュウリなどのようにハサミを使わずに収穫できる分、収穫手順は幾分かお手軽な気はするが、問題は量の多さだろう。


「ぷっちんこー、ぷっちんこー、ジャムジャムジャムジャムぶっちんこー♪」


 作詞作曲・クイナな新曲が、リズミカル口ずさまれる。

 尻尾をフヨンフヨンと揺らしながら、収穫の手もリズムに乗って、収穫してはお椀状にした手に実を溜めるという作業を繰り返すため、作業はそれなりに順調だ。


 しかし所詮は子供の手である。

 容量はすぐにオーバーし、それでも器用に限界まで上に積もうとした結果……。


「あわわわつ、キンカンさん、逃げ足早いの!!」


 地面にコロコロと転がったキンカンを、慌てて追いかけるクイナ。

 しかし慌てた所で更に、手の上のキンカンは二つ三つと地面にダイブしコロコロ転がる。


「あぁぁ、ちょっと待て。えーっとどっかに入れるもの……」


 先に準備すべきだったなと思いつつ、容器になる物を探して家に入る。

 

 その後結局全部でキッチン用のボウルを三ついっぱいにする程の、キンカンを大収穫し、思わず口から「どうすんだコレ」と呟く羽目になってしまった。


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